黒の瞳の覚醒者

一条光

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一章~気が付けば異世界~

決死行

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 理由なんてなんでもいいか…………リオを助けるチャンスが貰えただけでありがたい。ここを出て右の突き当たりだよな。部屋の入り口から外を窺う、助けに行く前に他の奴に見つかったらアウトだからな、慎重かつ迅速に。

「? そんなにこそこそしなくても、みんなお酒飲んで寝てるよ?」
 早く言えよ、一人でこそこそしてカッコ悪いわ!
「自分たちの隠れ家だからって暢気なもんだな、見張りくらい立てないのか?」
「どこかを襲うのが成功したら大体こんな感じ、ここが見つかることはないはずだから」
 随分と間の抜けた奴らだな、普通の人間より強い、って過信でこうなのかもな。別に俺には関係ないし好都合だからいいけど、見張りが居ないならさっさとヴァイスの部屋に行こう。俺が居た場所を出ると細長い廊下の様な空間に出た。
「真っ直ぐ行った突き当たり」
「何度も言わなくても覚えてるよ」
 この空間からいくつも枝分かれした通路があるみたいだ。脱出の時に迷ったら袋の鼠だな…………リオがここに来る時に道を覚えてるといいんだけど。

「なぁ、何か武器になりそうな物ってないか?」
「私は協力者じゃない、傍観者」
 …………聞いた俺が馬鹿だった。縄を解いてくれたから助けてくれると勘違いをしてたみたいだ。縄を解いてくれただけでも感謝しないといけないくらいなんだ。

 あそこがヴァイスの部屋か、部屋に近付くと渋くてナイスミドルな感じの声が聞こえてきた。
「これからお前の初めてを奪うぞ、どんな気分なんだ? 自分の家族や町を壊した男に抱かれるってのは」
 部屋を覗き込むと、図体のデカい男が裸のリオに圧し掛かろうとしていた。その光景を見た瞬間、怒りの沸点を一気に超えた。慎重にとか考えてたけど、そんなものはどこかに飛んでいった。部屋に入りヴァイスに突進する。酒で酔ってリオに集中しているせいか、俺に気付いていない、無防備な背後から股間を全力で蹴り上げる。
「ッッ!!」
 いくら身体能力が化け物みたいに高くても、ここは鍛えられないんだろう、あまりの痛みに悶絶して転げ回る。
「ワタル!?」
「リオ! この中の服着てさっさと逃げろ!」
 リオにリュックを投げ渡して、ヴァイスを追撃しに行く。転げ回ってるヴァイスの股間に踵落としをくれてやる。セコいけど、非力な俺がこいつを足止めする方法なんて限られてる、そしてこれが一番効果が有りそうなんだから仕方ない。リオを逃がすのが目的なんだ、卑怯だろうが、セコかろうが、かっこ悪かろうが知ったことじゃない!
「でも! ワタルは!?」
「なんとかする! ほっといてさっさと行け! あの時みたいに言い合いは勘弁してくれよ」
 カイル達の時の様に言い合いをしてたんじゃ逃げれるものも逃げられない。
 なんとかは、ならんだろうなぁ、けどリオを逃がせれば俺にとっては大勝利だ。

「っ! このガキ!」
「お前は黙ってろ!」
 また股間を蹴りつけてから、今度は目も蹴る。
「ぐあぁぁぁ! 目があぁぁぁ!」
 人を、生き物の身体を蹴る嫌な感触がする。喧嘩なんかしたことがない、こんな感触には慣れてない、気を緩めると躊躇しそうになる、力を加減しそうになる。ダメだ! 躊躇するな! 加減するな! そんなことをしてたらリオを逃がす事が叶わなくなる。思いっ切りやれ! こいつは敵なんだ! 目を蹴る、顎を蹴る、顔を蹴る、後頭部を蹴る、喉を踏みつける、股間を蹴る、鍛えられそうにない部分を狙う、嫌な感触が足を伝う、気持ち悪い。足を引きそうになる、躊躇うな! 殺すつもりでやれ!

「ワタル! 本当に――」
 俺のジャージを着たリオが逃げるのを躊躇っていた。
「大丈夫、なんとかするから早く逃げてくれ!」
 こんなのがいつまでもつかわからない。
「絶対ですよ!」
「わかったから早く!」
 頷いてリオがこの場を離れて行く。無事に逃げ切ってくれ! それだけを願う。
「調子に乗るなよ、小僧…………」
 まだ動くな! まだ時間を稼がないとダメなんだ!
「まだ寝てろ! 酔っぱらいが!」
 もう一度蹴りをくれてやろうとした脚を片手で止められ掴まれた。
「この! 離せ!」
 脚を掴んだ手を蹴り、踏みつけるが効果がない。
「ただの異界者の蹴りがそう何度も効くか!」
 俺の脚を掴んだまま立ち上がり振り回し始めた。遠心力で頭に血が上って眩暈がする。不意に手を放し投げ飛ばされた。
「がはっ、げほっ、げほっ、げほっ」
 壁に背中を強く打ち付けて呼吸が一瞬止まった。片手で人間一人を振り回してぶん投げられる程の力……でも、まだやめるわけにはいかない!
「立つのか、結構強く投げ付けたつもりなんだがな」
 当たり前だ、リオを逃がさないと――。



「ぷふぅっ、あっはははははは、くっふ、ふはははははは」
 あー腹痛い、めちゃめちゃ痛い、ヴァイスを睨み付けようと顔を上げてヴァイスの姿を捉えた途端に笑いが込み上げてきた。さっきまで蹴るのに必死でヴァイスの見た目なんて気にする余裕なんてなかった、でも、蹴るのを止められて姿をよく見ると堪えられなくなった。
 ヴァイスという名前、渋い声、盗賊のリーダーという肩書き、これらから想像していたヴァイスは、ワイルドなヘアスタイルで強面のナイスミドル…………それなのに、目の前に居るのは弛んだ胸と腹をした草臥れた感じの醜男、こいつが『これからお前の初めてを奪う』とか言ってたって事だよな。
「ぷふぅ」
「何が可笑しい!」
 ヴァイスがそう言ってこちらに向かって踏み出した時にそれが落ちた。
「へぁ!? あっはははははは、ひぃー、もう勘弁してくれー、いーひっひひひひひ、腹いてぇー」
 落ちたのはカツラだった。カツラが落ちたヴァイスの頭は見事にハゲ散らかしていた。その上ヴァイスは今裸だ、ナニに目が行った。子供サイズ…………ついでに被ってる、なんでその体格でそのサイズ。
「はっはははははは、あーヤバい、腹痛すぎるー」
「どこ見てやがる!」
「どこって、ぷふぅー」
 指をさした時にまた見てしまい吹き出した。

「ふざけやがって、このガキ!」
「やめろ! 動くな! 面白すぎる!」
 怒りや緊張感が途切れたせいで余計に笑いが止まらない。ナイスミドルは俺の勝手なイメージだったけど、ここまで違うとは…………。
「この!」
 裸の草臥れたおっさんが胸と腹を揺らして突っ込んで来る。避けないと、そう思うのに、この光景が異常過ぎて笑いが堪えられない。
「笑うのをやめねぇか!」
 胸ぐらを掴まれてまたぶん投げられた。

「いってぇー、なんで身体能力高いのに、そんなに弛んでるんだよ」
 普通もっと引き締まってるもんじゃないのか? あぁ、でも、どうでもいいか、こいつを馬鹿にして怒らせてる限りはリオの逃げる時間が稼げる。
「やっと笑うのをやめやがったか、異界者だから殺さないように加減しようと思ってたが、お前は許さん、ぶっ殺してやる」
 目的が俺を殺すことに変わったか、その方がいい、ここからは死に物狂いで逃げ回って時間を稼ぐ!
「そんな弛んだ身体で大丈夫かよ?」
「なんの力も持たない異界者なんぞ無力で無価値だ!」
 顔を真っ赤にして殴りかかってきた。見える、ギリギリだけど動きは見えてる、でも、ぷふぅっ、服くらい着てくれ。一発目はどうにか避けた、これならなんとかな――。
「がっ!」
 顎に衝撃が走った。見えなかった、やっぱり腐っても化け物か…………立ち眩みがして膝を突く。まだだ、まだこんなんじゃ時間が足りない、立て!
「もうフラフラだな、これで終わりだ!」
 回し蹴りが来る、逃げるのは間に合わない、せめて頭を庇わないと――。
「ぐぅっ」
 左腕で頭を庇ったけど、吹っ飛ばされて壁に激突した。意識がぼーっとする、まだ気絶するなよ! 漫画なんかで気絶シーンとか見て、気絶なんて本当にあるのかよ? なんて思ってたけど、こっちの世界に来てから気絶を経験してるから、今ヤバいのがわかる。まだもってくれよ…………左腕の感覚がない、壊れたか…………脚は、まだ動く、まだ立てる。あ~、にしてもこんな裸のデブオヤジに殺されるのか、無念だ。

「まだ立つのか、根性だけはあるみたいだが、それだけじゃこの現実はどうにもならないぞ!」
 根性なんてあるかよ、うつ病引きニートだぞ? 痛いの嫌だしこんな所さっさと逃げたいわ! 
 蹴りが来る、速すぎだろ! 避けるのは難しい、悩む暇なんてなくて、ヴァイスの蹴りを右脚の足裏で受けた。左脚だけじゃ踏ん張りが利かなくてまた吹っ飛ぶ、この部屋に来てから俺飛び過ぎだろ……。
「がはっ」
 あぁ、背中が痛い、もうやめてもいいかなぁ、そんな弱気が心に湧く。
「まだ生きてるか、さっさと死ねよ、俺はさっきの女を捕まえに行かないといけないんだ」
 あー、ありがとさんハゲデブ、その言葉のおかげでもう少し頑張る気になった。こいつにリオは触らせたくない……。

「あ~、もう、さっきから何騒いでんだヴァイス、うっせぇぞ! せっかく捕まえてきた女で愉しんでたのに興ざめだ」
 部屋の入り口に黒髪の男が立っていた。黒髪? あいつがツチヤってやつか?
「ああ、ツチヤ少し待ってろ、もう終わる」
 やっぱりこいつがそうか、見た目はチンピラ、もしくは不良、どっちも苦手だ。父方の祖父母の家業が建築業でそういう奴らがとても多かった、仕事終わりに家で酒を飲んでよく騒いでいた。怒号で眠れないなんてしょっちゅうだった。
「終わるって、おい! こいつ拾ってきた異界者だろ! もう処分するのか!? 拾ってきたばっかりだぞ! 覚醒者かゴミかの判断するには早すぎるだろ!」
「こいつが俺の邪魔をしやがったのが悪い」
 俺にとっては俺の恩人を傷付けようとしたお前が悪いんだけどな!

「お前なにしたんだよ? この盗賊団は俺たち異界者にとっちゃかなり居心地のいい場所なんだぜ、その頭を怒らせるとか馬鹿じゃねぇの?」
「女を逃がしやがったんだよそいつは、それに俺を笑いものにしやがった!」
 いや、恩人助けたのは当たり前のことだし、笑ったのは、まぁ、人の外見を笑うのはよくないけど、弛んだ身体は努力でどうにか出来る範囲だろ、色々重なった結果のあれだからな。
「女くらい別にいいじゃねぇか、結構攫って来てんだし」
 そう言いながらツチヤが近付いてきた。
「俺も知った時は爆笑しそうになったから気持ちはわからんでもないが気をつけろよ、この国では俺たち異界者は奴隷にされるか殺されるかなんだ、それを仲間に入れてくれるこいつらは貴重な存在なんだから」
 ヴァイスに聞こえないように小声でそう言われた。なったから、って事は耐えたのか、凄いな、俺には無理そうだ。直視したらまた笑いが込み上げてくる。

「退けツチヤ、息の根を止める」
「まぁ待てって、こいつが前に噂で聞いた能力を使えるようになるかもしれないだろ? もう少し様子を見ても大した損はないだろ」
 能力? なにか欲しい力でもあるのか?
「…………」
 怒り心頭って感じだったのに大人しくなったな、欲しい能力ってのはそんなに凄い力なのか?
「なんでそこまでこいつを庇う?」
「一応同じ異界者で日本人だからな、今までだって使えない異界者を処分する時は多少ショックは受けてるんだぜ?」
 軽薄な笑みを浮かべてそう言う。ショックを受けてる奴のする顔じゃない……。

「はあぁ!」
 ヴァイスが掛け声と共に、壁に回し蹴りを放った。鈍い音がして少し揺れを感じた。壁には深い足形が出来てる…………やっぱ化け物だ。
「気は落ち着いたか?」
「ああ、一先ず処分は保留にする、だが使えないと判断したら惨たらしい死を与えてやる」
 生き延びた、か? 悪運は強いな…………そう思った瞬間緊張の糸がプツリと切れた。景色がぼやける、また気絶するのか。
「俺は逃げた女を探してくる」
 っ! まだ諦めてないのか、ダメだ! まだ気絶するわけにはいかない! そう思うのに意識が翳んでいく。
「なに拘ってんだよ、攫ってきたのでいいだろ」
「行ってくる」
「はいはい、良い女なら後で輪姦まわしてくれ」

 ふざけるな、お前らなんかに――。
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