黒の瞳の覚醒者

一条光

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一章~気が付けば異世界~

女神はご立腹

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「そういえばお礼、言いそびれたな」
 戻って来るって言ってたんだし、また言う機会はあるか。お礼位ちゃんと顔見て言わないとな……。ダメだ、緊張してきた……。
 くぅぅぅ~。ちょっと待ってろ! もう少ししたらなんか食えるんだから! 

 まだ生きられると、安心したせいで気にせずにいたことが気になりはじめる。
「俺、臭いな」
 かなり汚れているし、汗の染み込んだ衣服からは何とも言い難い汗の臭いがしている。七日も野宿な上にかなり汗をかいたし、風呂は疎か水浴びのようなことすら出来てないからなぁ。リオさんは近くに居て臭くなかったんだろうか? もう一度顔を合わせることを考えると憂鬱になる。
 引きこもりをやめられなかった理由に他人からどう思われるのか怖かったというのがある。引きこもっていたことを馬鹿にされ、学校に行っていなかったことで蔑まれるんじゃないかという漠然とした不安があった。

 一度思い切ってバイトの面接を受けに行ったことがあったけど、あの時は酷い目に遭った。履歴書を見て当然今まで何をしていたのか尋ねられる。上手い言い訳なんか出来るはずもなくて事実をそのまま話たら「そんな奴が使い物になるわけないだろ! お前みたいな奴はどこに行こうが使えない! どこも雇うはずがない!」と、長々と一時間近く拘束されて罵倒された。雇わないならその場で不採用です、とだけ言ってくれればよかったのに。
「お前はそれだけ長い時間怠け続けてきたダメ人間だ! そんな屑が今更なにをしに出てきたんだ? お前みたいなのは面接を受けに来るだけでも迷惑だ! 時間を返せ!」
 そんな事を延々と言われ続けた。

 そういった扱いを受けることもあるのだろうと思ってはいた。引きこもり始めた時に母さんに「ウサギとカメ、の話じゃないけど航が休んでる間にも周りの人は進んでいるから動き始めた時に辛い思いをすることもあるよ」って言われてはいた。確かにその通りだった。せめて俺がウサギだったら、動き始めは辛くても、進み続ければカメに追い付いて何れは追い越すことも出来ただろう。
 でも俺はサボった『ウサギ』じゃなくサボった『カメ』だった。もうどうにもならないんだそう思うと、なんとかしないといけないってチェックだけはしていたバイト情報サイトすら見なくなった。

「はぁ~」
 嫌なことを思い出して気分がさらに落ち込む。よく考えたらリュックが返って来たから食料はあるんだ。黙ってここを離れてしまおうか? お礼を言えないのは申し訳ないけど、ここは異界者を奴隷扱いする国なんだ。なら異界者に関わっているとバレたらリオさんに迷惑もかかるだろう。
 そう思うと痛む身体を起こし無理をしてでも立ち上がる。リュックは持ち上げられそうにないから引き摺ることにした。のろのろと動き出す。恩人に、優しくしてくれた人に迷惑をかけたくない、その一心で動く。身体が痛い、このヴァーンシアに来てからずっと痛い気がする。結構頑張ってるよな? うつ引きニートにしては頑張っている、はず。

「あぁ~、歩きづらい」
 リュックを引き摺っているせいでたまに木の根なんかに引っかかる。身体は痛いし汗でベタベタするし臭いし最悪だな。

「ん?」
 何か聞こえる……。なんかこう、「どーっ」って感じの……。聞いたことあるような……。音がする方へ向かう。音が大きくなってきて視界が開けた。

「滝かぁ…………」
 あぁ! 大量の水! 水浴びが出来る! 洗濯も! 気持ちがはやるけどのろのろとしか進めやない。
 ようやく水辺にたどり着く。早速入ろうかと思ったけど先に腹ごしらえすることにした。水に浸かってる時に空腹で倒れて溺死とかしたら笑えない……。汚れてカサカサになった手をしっかり洗う、これだけでも結構気持ちいいな。やっぱり汚れていると気分が悪い。
「久しぶりの食い物~」
 スナック菓子の袋を開けようとしたけど、腕に力が入らなくて開きゃしない。しばらく奮闘して気付く、裂けばよかったんだ……。頭がバカになってる……。
「いただきます!」
 量が限られてるから味わって食べたかったが空腹感から流し込むように食べてしまう。
あっと言う間に二袋を空にしてしまう。足りない……。まぁ、しょうがない、これで多少塩分摂れただろ。
「さっさと水浴びしよっと」
 リュックから着替えを引っ張り出す時にふと気になった。リュックのポケットの中確認してない。何か入ってるかな?ポケットの中にあったのはカミソリだった。なんでカミソリが? でもラッキーかも。自分の顔を触って不快感を覚える、無精ひげでチクチクする。昔の俺ナイス! でも出来ればシェービングフォームも欲しかった! ないものねだりしてもしょうがないので諦める。カミソリだけでも助かった。

 水浴びしようと服を脱ぐが、上はそれほど苦労しなかったけど、ジーンズは汗でベタベタそれに筋肉痛が手伝って脱ぎにくいことこの上ない。しばらく格闘して脱ぎきる。やっとこの不快感を洗い流せる! 飛び込みたいけど今それをやったら溺れかねないのでゆっくり水に浸かる。
「あぁ~、気持ちいぃ~」
 本当は風呂がいいけど贅沢は言ってられない、この不快の原因を洗い流せるだけましだ。少し深い所へ行って潜る。その状態で顔と髪を洗う。最後に無精ひげの処理、これは少し手こずった。
 汗を流してさっぱりして岸に上がろうとして気がつく。
「タオルがない……。あぁ……」
 どうしよう。あるのは着替えだけだ。ジャージで拭くか? ジーンズとジャージならまだジャージのほうが水を吸いそうなような? ジャージで拭こう……。そう思って岸へあがった。
「あっ!」
「へ?」
 声のした方を向くと顔を真っ赤にしたリオさんが居た。なん、で? あの場所から結構移動したはずなのに。
「あ、あの! 食べ物! 持って、来たんですけど……その」
「っ!」
 裸を晒してたんだった! 慌てて水の中に戻る。
「あの! 大変お見苦しいものを見せして――」
「い、いえ! 私のほうこそごめんなさい」
 ものっ凄い気まずい。黙ってあの場所を離れてきたし。
「あー、服着たいんで少し離れててもらえますか?」
 なんとかそれだけ口にした。
「は、はい! じゃあ私向こうに居ますね」
 あぁぁぁ、はっずかしい、鍛えていない貧相な身体ってだけでも恥ずかしのに、それを恩人に晒すことになろうとは……。というか、なんでここに居るんだよ。頑張って歩いたのに無駄じゃん……。

「あのー、もう大丈夫ですかー?」
「もうちょっと待ってください!」
 ジャージで体を拭きはしたけど完全に水分を拭ききれたわけじゃないからジーンズが穿き辛い、足も痛いし。なんとか服を着たけど顔を合わせるのが気まずい。このままこっそり逃げようか? そんなことを考える。
「もういいですかー?」
「っ! は、はい!」
 返事しちゃったよ! 逃げるんじゃなかったのかよ!
「?……なんだか雰囲気が違いますね」
「あ~、無精ひげ剃ったのと髪が濡れてるせいかな?」
「あぁー、確かにきれいになってますね」
 そういって手を伸ばし頬に触れてくる。
「っ!!」
「すべすべですね~」
 それはあなたの手の方です! というか急に触るとかやめてくれ! 心臓に悪いって。
「それはそれとして~。どうして勝手にいなくなったんですか? 心配したんですよ!」
「うっ……。え~っと、水浴びがしたくて?」
「本当に?」
 上目遣いで覗き込んでくる。気まずくて横を向く。
「えいっ」
 頬に触れていた手で今度は頬を引っ張られる。
「勝手にいなくなったのと嘘をついてる罰です!」
 柔和な笑みで優しい罰が執行される。あ~、う~、頬を引っ張って自分の方へ向かせるもんだから顔が逸らせない。俺には刺激が強すぎる……。
 しばらく頬を好きにしたら気が済んだようで――。
「これでゆるしてあげます」
 ようやく解放された。まだ動悸がする……。

「とりあえず腕かしてください。薬を塗り直しますから」
「え!?」
 またあの痛い薬!?
「当然です!水浴びしたなら落ちちゃってますから、ほら!」
 そう言って腕を掴んで薬を塗りこんでくる。
「ッッ!」
 さっきと同じ笑顔のはずなのに少し怖い、これ許してないよね?
「いだだだだだだだだだだ」
「大げさですね~、我慢ですよ、が~ま~ん、男の子なんですから」
 子じゃないし! 俺の方が年上だし! 男でも痛いものは痛いし、絶対許されてないし……。
「ジンジンする……」
「効いてる証拠です。はい、終わりです」
「アリガトウゴザイマス」
 薬を塗られた部分が熱い、これであまり効果がなかったら嫌だなぁ。というか異世界の薬が俺の身体に効くのか? 逆に悪化するとかないだろうか? うぅ、不安になってきた。

「そういえば、どうしてここに居るってわかったんですか?」
 迷惑をかけまいと、せっかくしんどい思いをしてまで移動したのにあっさり見つかったのは納得いかなかった。
「あなたが居た場所からここまでずーっと何かを引き摺ったあとが残ってましたから」
「えぇ…………」
 間抜け過ぎる……。身体も疲れてるけど心も一気に疲れて、その場に座り込む。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ~、平気です。ちょっと疲れが出ただけなんで」
「なにも食べてないって言ってましたもんね。あまりないですけど、これ家から持ってきたのでどうぞ」
 鞄から取り出した物を手渡してくる。これはパンと、?……干し肉だろうか? まだまだ腹は空いてるのでありがたい。

「ありがとう、リオさん」
 そう言った途端に手を引っ込められた。
「え? あ、あの?」
 食べれると思ってたからお預けは辛いんですけど、そう思ってリオさんの顔を見たら。少し頬が膨れてる? なんだかご立腹のご様子、なんで?
「名前」
「名前?」
「呼び捨てにしてください」
 えぇ、長い引きこもり生活のせいで俺の思考は卑屈だ。だから他人の名前を呼ぶ時にさん付けしないとかしないし、他人にさん付けなんてされると、とても落ち着かない、それなのに恩人を呼び捨てにするのはかなり抵抗がある。
「えっと、このままというわけには?」
「だめです。なら食事はお預けにしますよ? キサラギワタルさん」
 フルネーム呼びの上にさん付けですか……。フルネーム呼びなんて通院してた時ですらされたことはない、病院は受け付けで渡される番号呼びだったし。しばらく逡巡したけど空腹には勝てなかった。

「……リ、リオ、これでいいでしょうか?」
「敬語もダメです」
 条件増えた……。うわぁ、ニッコリいい笑顔、まぶしくて真っすぐ見れない。
 …………腹は減ってる、身体が食い物を要求してる。しょうがない。
「わかった。でも条件がある。俺も如月か航のどっちかを呼び捨てにして欲しい。さん付けされたら落ち着かない」
「どちらが名前なんですか?」
「航」
「じゃあ、ワタル、よろしくお願いしますね」
 手を差し出される。これって握手ってことだよな? うぅ、手は……さっき洗ったけど緊張で汗をかいてる。ズボンで手を拭って、恐る恐る手を握る。
「よ、よろしく?」
「なんで疑問形なんですか」
「なんとなく?」
「なんですかそれ、変なひと、ふふふ」
 また柔和な笑みを向けられる、うぅ、やめてほしい、俺は普通の人じゃないからそう真っすぐ見られると辛い。
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