黒の瞳の覚醒者

一条光

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一章~気が付けば異世界~

異世界の名前はヴァーンシア

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「なんでって、当たり前じゃないですか! こんなに酷い怪我で、放っておけるわけないじゃないですか!」
 意味が分からない……。この女は何を言っている? 手当をする? 放っておけない? なんで? この世界の人間は異界者を嫌って、蔑んで、同じ人間だとは思ってないんじゃないのか? あの町だけが特別だった? そんなはずない。途中の村でも異界者が居た、って騒ぎになったんだ。あれだけ異界者に過敏に反応する人間ばっかりだったのに、こいつの反応はなんだ? これじゃあ、まるで俺を気遣ってるみたいじゃないか? ありえない、信じられない。

 女が傍に寄って来る。嫌だ。
「来るなあ!」
 一瞬躊躇したようだったけど、すぐに傍にやって来る。
「大丈夫。危害を加えるんじゃありません。手当をするだけですから。身体起こしますね」
 そう言って俺に触れようとする。
「っ!」
 反射的に伸ばされた手をはねのける。
「大丈夫。私はあなたにひどいことはしません。助けたいんです」
 女は小さな子供に言い聞かせるようにそう言った。助けたい? そもそもこんな目に遭ってるのはお前らの、この世界の人間のせいなのに! この世界に対する怒りが爆発した。

「ふざけるな! 俺は知ってる。お前らが異界者を奴隷扱いしてるのを! そんな相手を信じられるか! それに奴隷を助けたい? 意味がわかんない! 蔑んでる相手を助けたいと思う奴なんか居るはずがない!」
「私はあなたを奴隷だなんて思ってません! 信じてください! 本当にあなたを助けたいんです」
 そう言って、真っすぐに見つめてくる。
 女の青く透通った真っすぐな瞳に戸惑う。助けてくれる? この世界の人間が? 信じていいのか? でも、俺が知ってる人間ってのは、簡単に裏切り、他者を傷つける、そんな存在だ。最初の町で見た人間の視線が頭にうかぶ、汚いもの、嫌なものを見る目だった。

 だけど目の前の人の瞳からはそういったものを感じない。助けて…………くれるのか? 信じて……いいのか?
「本当に?」
「はい、信じてください」
 俺の手を取りながらそう言った。今度は振り払わなかった。
「わかった……」

「まず傷口を洗います。染みるでしょうけど少し我慢してください」
 その言葉に頷く。
「ッ!」
 本当に染みる! 化膿した傷口を見ているのが嫌で視線がさまよう。その時見慣れた物を発見した。
「なん、で…………?」
 なんで俺のリュックがここにある?
「あぁ、あれ! あなたの荷物ですよね? リアスの町を出てリアス街道をしばらく行った所に落ちてたんですよ?」
「リアスの町?」
「あなたがこの怪我をさせられた町の事です」
 あの町での事、なんで知って? 疑問に思っていると、彼女が答えをくれる。

「私、あの時あの場所に居たんです。父が医者をしていて、リアスの町に往診に行くのに手伝いで付いて行ってたんです」
「そう、なんだ」
 変な偶然があるんだな。
「あの時、助けてあげられなくてごめんなさい」
 なんで謝る? あの状況で俺を助けられる人間なんて居なかった。それに……。
「なんで異界者の俺を助けようとするの?」
「おかしいですか?」
 そう言って、可愛らしく首をかしげながらこっちを見つめてくる。
「…………!?」
 勘弁してほしい、さっきはキレてたから気になんてしなかったけど、すっごい美人なのだ。白く美しい肌、柔らかそうな頬、艶やかな唇、透通った海の様なクリアブルーの瞳がバランスよく配置され、しかもそれらが作り出す柔和な笑み。
 無理、直視出来ない。普通の人とですら目を合わせるのが苦手で、少しでも遮るものが欲しくて前髪で隠してるけど、この美人相手じゃ目を合わせるどころか、恥ずかしくて顔も合わせられそうにない。
 不自然にそっぽを向く、長い引きこもり生活のせいで異性への免疫なんてまるで無いし、あぁ、動悸がひどい。
「大丈夫ですか? 苦しそうですけど」
 あなたのせいです! わざわざ覗き込んでくんな! 近い! 顔が近い! 
「大丈夫ですから…………それと、やっぱり変ですよ。あの町の他に村にも立ち寄ったけど異界者への反応酷かったし。この世界は異界者を奴隷扱いするのが浸透してるってことなんじゃないんですか?そんな中で異界者の味方をするのは異常に見えます」
「異界者を奴隷扱いするのはこの世界、ヴァーンシアがというよりも、この国アドラ帝国での悪習ですね。他の国には異界者を積極的に受け入れている所もあるんですよ? 私はそういう国の考え方の方が好きなんです。異世界に生まれた人達だって心をもった同じ『人間』なんだって考え方が」
「…………」
 この国の悪習? 異界者を受け入れる国がある? だとしたらどんだけ運が悪いんだよ俺は。異世界に来るならそっちの国の方がよかったよ!

「あとはこの薬を塗ったら終わりですよ~」
 水飴色の薬を塗られる。
「ッ!!」
 塗られた箇所がジンジンして焼ける様だった。なんだこれ! こんなの塗って大丈夫なのか?! 不安が顔に出てたんだろう。
「大丈夫ですよ。この薬はよく効くんです。たぶん痕も残らないはずですよ」
「でも、めちゃくちゃ痛いんですけど!」
「男の子なんだから少し位我慢してください」
 そう言って、まぶしい笑顔を向けてくる。ワザとやってるんだろうかこの美人さんは。それに、男の『子』なんて歳じゃないぞ、もう。まぁ、荷物も返って来たし手当もしてもらえた。
 
「えっと、あの!」
 …………あ~、お礼を言おうと思ってようやく気付く、名前知らないし俺も名乗ってない。
「?……どうかしましたか? ……あ! そういえば!」
 美人さんも気が付いたみたいだ。
「全身が痛いって言ってましたけど、他にどこを怪我してるんですか!?」
 違った……。
「あー、全身が痛いのは筋肉痛です」
「筋肉痛? リアスからここまで確かにある程度距離がありますけどそんなに大変でした?」
 そう言われて恥ずかしくなる。すいません。引きこもってたせいで完全な運動不足です。にしても結構な距離歩いたと思ってたんだけど、この美人さんが「そんなに大変でした?」なんて言えちゃう距離でしかないのか? すごいな異世界……。それとも俺がダメ過ぎなのか?
「ってそうじゃなくて、お姉さんの名前教えてください。俺は如月航です」
「あぁー」
 手を合わせて納得のご様子。
「私はリオ・スフィールです。今年二十歳になりました」
 は? 二十歳、って年下!? すごい綺麗で大人っぽいのに四つも下……。年下に子供扱いされた……。

「俺は……二十四……です」
「あら! お兄さんだったんですね!」
 情けなくなってくる。そんなにガキっぽいのか俺は……。

 くきゅぅるるる~。
 腹減ってたんだった。
「すごい音ですね~」
「まぁ、ずっと何も食べてなかったから」
「そうなんですか? 私家から何か食べ物持ってきますね!」
 そう告げて走って行ってしまう。速い……。あれ、俺より速いよな? 引きこもってたんだから上等な運動能力を持ってるわけないんだけど、年下の、それも女の子に負けてるという事実にひどく落ち込む。かっこわるいなぁ、俺。

 それにしても、異世界ヴァーンシアか、名前があるんだな。俺の世界は、名前で言うなら地球、になるんだろうか。でも世界の名前じゃなくて星の名前だよな。

「はぁ~、この世界にもまともな人いたんだなぁ」
 しかもすっごい美人、そのせいでまともに顔も見れやしない。
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