黒の瞳の覚醒者

一条光

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終章~人魔大戦~

決別

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 地図に示されたいくつもの抜け道を使い土人形と魔物を躱し最下層を目指す。今のところどうにか発見されずに進んでいるが道中採掘場所のドワーフ達を見張る為か敵の数が増えて巡回する頻度も上がっているように思う、数は六対四で土人形よりもやや魔物が多い感じだ。言葉を使わずオークなんかと大して意思疎通しないタイプの魔物であれば死体の始末さえどうにか出来るなら倒してしまう事も出来るが……隠れて進まないといけない状況では難しい。
「さっきから気になってたんだけど、ゴルトの長結構あっさりと納得したよな」
「隷属する限りは殺さないという約束は反故にされている。損失はあれど、自分達は助かる、未知の技術や異世界への流通等の利を認めたのでしょう。加工技術を渡すといっても特殊加工はドワーフだけのものですし、そういった加工の仕事の需要にも繋がりますから――ここはこちらの道を行きましょう」
 戸惑いを見せていたソレイユだったが今は確かめる覚悟を決めたのか地図を手に俺たちを先導している。
「ソレイユちゃんどこの鉱山でもすいすい進んでたけど、もしかして道全部覚えてるの?」
「作られて時間が経過しているものは大体、ですが新たに掘り進められた場所などは分からないので地図は必須です。隠れながら進まないといけない今は特に」
 すげぇ……めちゃくちゃ広い鉱山十峰分の道を覚えてるのか。方向音痴ではないつもりだが同じような道の続く坑道内はどこも同じに見えて俺にはどこがどこなのかさっぱりだ。
 体の大きいオークにはやはり狭い坑道内は窮屈なのか見かける魔物は小型のゴブリンが多いように感じる。他にはラミア、それとオーク達がベートと呼んでいた背中に黒い一筋の縞がある赤褐色の毛をした狼のようなものをよく見かける。こいつが結構な大きさだ。百三十センチ前後あるドワーフと体高がほぼ同じくらいにあるのだ。接近前にフィオとアリスが察知して回避を続けているがベートも匂いで何かしら勘付いているようで頻りに俺たちが向かいたい箇所を徘徊して行き先を塞いでいる。
「あいつら邪魔だな。このまま増え続けると接敵もあり得るか?」
「やはり引き返すべきなのでは……私の個人的な目的より同胞を救う事を優先しなくては…………」
「もう大分下りたし、今更確認もせずに戻るの? ソレイユちゃんはそれでいいの? 魔物の回避はフィオちゃんたちの指示に従ってればなんとかなるはずだよ」
 確かにフィオもアリスもよくやってくれてるが、それはまだ逃げ道がある現状だからだ。逃げ道が無くなればいくら察知出来ても……だとしても確認せずに戻るというのは俺も納得がいかない、どうにかする必要があるな。
「はぁ~……仕方ないわね。ソレイユ、地図見せて…………ふんふん、よし! 覚えたわ。それじゃフィオ、あとは任せるから」
「ん」
「ちょっと待てアリス、どうする気だ?」
「ワタルは止まる気ないでしょ? そういうワタルの事、す、好きだし、私はそんなワタルに助けられたから、だからお手伝い。私が魔物を誘き寄せるわ、土人形だけならどうにかなるでしょ?」
「誘き寄せるって……見つかったら駄目なんだぞ」
 アリスは俺の言葉を聞いて自信満々にそんな事は当然だと頷く。
「勿論よ。気配と音と匂いだけでどうにかするわ、私だって凄いのよ? 任せてくれたっていいでしょ」
 考え込んでいると、俺が渋っていると受け取ったのか若干膨れっ面になりながら服の裾を掴んでくる。フィオに意見を求めるように視線を向けたら顔を掴んで引き戻された。首痛い…………。
「信じてくれないの?」
「……本当に大丈夫なのか?」
「当然」
「分かった。任せる、外で合流しよう」
「お姫、見つかったら今やってる準備が全部無駄になる。絶対にへまするなよ」
「誰に言ってるの? そんな事承知してる。豚も蛇も獣も全部釣り上げてやるわ」
 アリスは大鎌を軽く回転させて音もなく走り去った。しばらく待機しているとベートの集団が移動を始め道が開けた。一定の間隔でベートの吠え声のようなものが響き下層から上層へ向かって魔物が移動していく。見つかってしまったんじゃないかと不安になるが見かけたオークの様子からして発見された感じではなくドワーフ達の脱走と思われているようで確認作業に追われているといった様子だ。だが脱走者なんて居るはずもなく下層を確認して上層へ向かうオークは騒ぐベートへの怒りを滲ませていた。
 アリスの陽動が上手くいったおかげで俺たちはかなりスムーズに最下層へと辿り着いた。あとは怪しい空間を確認するだけだったが――。
「これで全部、ですか?」
「他は採掘中ですから拘束されているリュンヌが居るとは考えにくいです……やはりあの娘はもう…………」
 だとするなら亡骸すら見つからないのは変な気がするんだが崩れる程に腐食するならベートなんかに喰われる可能性もないだろうし……移送された? リュンヌは最下層から声が響く程に騒ぎ続けてたそうだしそれなら上層を通過した時にドワーフ達が気付くはず、ここまで何の痕跡もないものか?
「……君、航君」
「へ? あぁ、何ですか?」
「アリスさんの陽動もそろそろ限界でしょうしこれ以上は難しいです。残念ですけど魔物が戻り始める前に脱出しましょう」
 脱出……確かに確認はしたが…………これでいいのか? 何も見つけてないぞ……一人に拘って全てを台無しにする訳にはいかないけど――っ!? 俺が寄り掛かった岩が不意に壁へと沈み込み、俺は岩と共に僅かな傾斜を滑り落ちた。
「いてぇ……あぁくそ、受け身も取れないとか情けない」
 それにしてもなんだこの空間は――うっ……妙な腐臭がする。
「お前……人間か? ははは、この世界にも人間って居たんだな。化けもんばっかりの世界だと思ってたんだけど、な」
 途切れ途切れで咳き込み掠れた声のした方へ視線を向けるとソレイユと瓜二つの顔だがセミロングの蒼い髪をした紅い瞳のドワーフが壁に拘束されていた。本来は鎖で両手を拘束していたようだが左腕は失われ、鎖で繋がった右腕でぶら下がっているような状態だ。叫び声が聞こえなくなったのは腐食が進んだ事と入り口が塞がれたのが原因か。
「航君大丈夫ですかー?」
「平気です。そんな事より、居た! ソレイユさんの妹居た!」
 滑り落ちてきた穴に向かって叫ぶと聞き終わるよりも早くソレイユが滑り下りてきた。それに続いて全員が下りてきた後、異常に気付かれないようにとフィオが岩を押し上げて元の位置にはめ込んだ。
「リュンヌ! あぁなんて事……身体が…………」
 駆け寄ったソレイユは腐食し身体が崩れ始めている妹の前に膝を突いた。
「姉さんまで……これは夢? まだ頭の方は大丈夫だと思ってたんだけど、これは腐食が相当進んでるのね」
「夢なわけないでしょ、私は、あなたを助けに――」
「触るなっ!」
『っ!?』
 妹へ手を伸ばすソレイユの動きはその妹の叫びによって止められた。
「触っちゃ駄目、これが夢でもそうでなくても、あたしに触っちゃ駄目。この腐食は特殊で他より侵食が遅い分触れた相手にも伝染する。あたしの声に苛立った魔物があたしを殴って腐って死んだ。だからあたしに触っちゃ駄目なの姉さん、夢だろうとなんだろうと姉さんが死ぬところなんて見たくない」
「そんな……私は何もしてあげられないの? ごめんなさい、ごめんなさいリュンヌ、私がもっと早く、一人でも戦う決断をしていたら」
「あはは、なんで姉さんが謝ってるの、あたしは自分で抗う事を選んだの。だから姉さんが謝る必要なんてない」
「リュンヌ……タカシさん、タカシさんの仲間に妹を助けられる方はいらっしゃいませんか!?」
「それは…………」
 詰め寄られた西野さんは苦しげな表情で押し黙る。治癒能力者はいるが触れる必要があるし、そもそも怪我ではなく腐食という現象に対処できるかも分からない。最悪治癒能力者も腐食によって死ぬ、そんなもの試せるはずもない。
「姉さん、いいよ」
「よくない! このままだとあなた死ぬのよ!? それなのに――」
「そんな事より、これが夢じゃないなら話を聞かせて、その人間たちは? 大人しく従う事を選んだ姉さんがなんでここに居るの?」
 死を前にしても落ち着いた様子で疑問を溢れさせるリュンヌに涙を浮かべながらソレイユが現状を説明していった。

「へ~、異世界の人間の軍隊に技術、それに能力、面白そうな事になってるじゃん。ははは、それなら姉さんの言う通り大人しくしてればよかったなぁ。ま、あの下衆なズィアヴァロを倒してくれるやつらが居るなら少しは安心かな。みんな、姉さん達の事頼むね」
 窶れた顔で死が迫っているとは思えない程に明るく笑う。俺たちはそれを戸惑いの表情で受けるしかない。見つけた。目の前に居る。なのに助ける事が出来ない……無力感に胸を掻きむしられるようで酷く苦しい。俺ですらこれだ、姉であるソレイユの苦しみは想像を絶するだろう。
「皆さん……あとをお願いしていいでしょうか」
「ソレイユちゃん?」
「私は死にゆく妹を一人には出来ない!」
「ソレイユちゃん駄目だ!」
「姉さんを止めて!」
 二人の叫びも虚しく引き止めようとした西野さんを弾き飛ばしてソレイユはリュンヌに触れた。
「ずっと一緒だった私の半身、一人では逝かせないから」
「姉さんの馬鹿、あたしは姉さんが生きられる場所を守りたかったのに、なんでこんな事するの…………」
 緩やかなリュンヌの腐食とは違いソレイユを侵す穢れは手から瞬く間に進み蝕んでいく。
「そんな……ソレイユちゃん!」
「なにやってんだ西野! お前も死ぬ気か!?」
「でも、だってソレイユちゃんが、そんな……こんな事って……俺はこんな結果の為に彼女を連れてきたんじゃ…………」
「タカシさん、皆さん、私の我が儘ですいません。ですがどうか許してください、私はどうしてもリュンヌを一人には出来ない。一度離れて散々後悔したんです、だから」
 喋っている間にも腐食は進みソレイユの半身は崩れ始め喋る事すら儘ならなくなる。
「遠藤放せ!」
「あっ、馬鹿――」
「嫌だ、こんな結末を望んだんじゃないんだ!」
 遠藤を振り払い、止めに入ろうとした俺やフィオを銃で威嚇して西野さんはソレイユに触れた。その瞬間眩い光がこの空間を包み込んだ。目を開けていられない程の閃光に驚き俺は動きを止めた。瞼を閉じていても突き刺すように感じる強い光は次第に弱まり落ち着きを取り戻し瞼を開けるとそこには腐食に侵される前の元の状態のソレイユを抱えた西野さんが居た。一体何が起こった? ……西野さんの感情は俺たちに銃を向けるほどに昂っていた。そしてこの現象、考えられる可能性としては、西野さんも覚醒者になったという事だ。
「おい西野、お前なにやった?」
「俺にもさっぱり……感情が爆発してその後はよく分かんないけどソレイユちゃんを助けたい一心だった」
 ソレイユの身体は腐食部分が消えて崩れていた半身が完璧に再生している。気を失っている事以外は無事と言っていいだろう。
「これならっ、リュンヌちゃんもすぐに治してあげるから!」
「待っ――」
 本当に覚醒者になったかどうかも分からないというのに西野さんは躊躇う事なくリュンヌに触れた。今度は発光現象は起こらなかったが朽ちて失われたリュンヌの身体が再生して元の形を取り戻していく。完全に再生しきったところで西野さんは地面に倒れ伏した。それと同時にリュンヌの方も気を失ったようだ。失われた部分の再生……相当凄い事だが能力者も対象者にもかなりの負担を強いるのかもしれない。況してや西野さんは覚醒したばかりで能力の連続使用だ。しばらく目覚めないかもしれないな。
「無茶しやがって……如月鎖切れ、用は済んだんだ。とっとと脱出すんぞ」
「切れって言っても……これアダマンタイトだぞ、切れるかよ」
 一応切り付けてみたりしたが傷すら付かない。鍵を探す時間も惜しいし――。
「何とかしろよ――お嬢何してるんだ?」
「掘る」
 フィオがナイフ片手にリュンヌに迫っていったので驚いたが、鎖を繋いでいる杭を壁から掘り返すつもりらしい。鍵を探したりアダマンタイトを切ろうとするより現実的か、俺もフィオに倣って短剣で杭の根本を掘り返し始めた。

「つ、疲れた…………」
 何の嫌がらせか杭は約二メートルに亘って壁に突き刺さっていた。通常の岩なら俺の剣でどうにかなるがアダマンタイトを含んでいたりして掘り進めるのも難儀した。
「相当時間食ったな、お姫が心配してるんじゃないか?」
 西野さんが覚醒者になったり壁を掘り進めたりと色々あって忘れていた……怒るかなぁ……やれやれだ。遠藤が西野さん、俺がリュンヌ、惧瀞さんがソレイユをそれぞれ背負って閉じられていた空間から脱出して複雑に入り組んだ坑道をフィオの先導で上を目指した。
 アリスの陽動から時間が経っている事もあり戻ってきた魔物を避ける為に何度も足を止めながらやっとの思いで地上へと辿り着いた頃には朝日が昇り始めていた。
「遅い! 一体なにやって――見つけたのね……なら、許してあげる。でもすっごい心配したんだからね」
「わかったわかった。心配かけて悪かったって、とりあえずここを離れよう。三人が起きるまで待たねぇとな」
 アリスを宥めて身を隠せる場所に移動した直後に連絡が入り、ゼクトまでは準備が完了したらしく今はズィプトに向かっているとの事だった。
「このままだと追い付かれちまうな。こいつら背負ったまま進むか?」
「坑道内は地図があったからどうにかなりましたけど、案内も無くこの山を進むのは危険じゃないですか?」
「それはそうなんだけど――」
「私が案内……します」
 寝かせていたソレイユが弱々しく目を開け覇気のない声でそう言った。やっぱり失った部分の再生は相当な負荷がかかるのかソレイユは起き上がる事すら儘ならない。
「そんな状態で大丈夫かよ?」
「移動はお任せする事になりますが案内くらいは出来ます」
「悠長にしてられねぇしな……病み上がりで悪いが頼まぁ」
 ソレイユと目覚めない二人を背負ったまま俺たちはズィプトを越えてアハトの坑道入り口に辿り着くと、今までとは違い見張りをしているのはシュタール氏族のドワーフだった。戦士が多いからこういった使われ方をしているのか? 武器まで持たせて? …………他に存在が無いことを確認して彼らに接触してソレイユが現状を伝えた。すると彼ら――左右の髭の三つ編みが長く真ん中が短めのオルドナンツと逆に真ん中が長いメサジェは驚いた様子だったもののすぐに表情を戻し現在シュタールの長シュテルケ・ヘルツィ・シュタールがアハトに駐留中だと言ってきた。なら話が早いと坑道内に侵入しようとすると、呼んでくるからと止められた。しばらくするとドワーフにしては特に大柄の屈強な体格の武装した戦士が仲間と共に現れた。
「ソレイユ様、久しいですな。しかしまた大胆な事をなさる、妹君に似てきたのではないですかな? 我らがどれだけの同胞を失い苦汁を嘗めさせられたかお忘れか!?」
「忘れていません、ですが最早従い続けたところで無駄なのです。弱い者は奴らの憂さ晴らしの為に殺されています。この先武器の供給に魔物が満足したらどうなります? このままではいずれ多くの者が殺されます。私たちはもう一度戦わねばならないのです」
「そのようなもの微々たるものだ。隷属していれば根絶やしにされる事はない。我らがどれだけの思いで奴に膝を屈したか、どれだけの屈辱に耐え今の立場を築いたか……囚われのうのうとしていた貴様や考えなく抗う事しかしなかった馬鹿娘には分からぬ! 我らは既に道を決めた。ズィアヴァロの部下になるという道を!」
『っ!?』
「もう二度と仲間達にあのような無様な死に方はさせぬ、同胞を死に導くこの一団を捕らえろ! ズィアヴァロに差し出し我らの覚悟を見せるのだ!」
 話の間に俺たちを取り囲むように展開していたドワーフ達が一斉に襲い来る。集団で現れた時点で違和感があったがまさか敵に回るとは……全員異常には気付いていたから対応に戸惑う事なく攻撃を躱して逃走する。アリスが殿をして大鎌の峰や柄で敵を転ばせ足止めしているうちに俺たちはズィプトへと引き返すと同時に連絡を取り準備が完了している山の脱出を開始してもらった。これで俺たちの存在は知られてしまった、拠点にも魔物や土人形が襲い来るだろう。ズィアヴァロだけを倒せれば楽だったんだろうがここからは総力戦だ。
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