黒の瞳の覚醒者

一条光

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終章~人魔大戦~

怒れる者たち

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「ソレイユ様のお話は分かりましたが……私は再びズィアヴァロに刃向かうというのは反対です」
 手早く状況を説明した上でソレイユが立ち上がる事を呼び掛けたが一人の髭少女に反対され、それに同調する者も多い。見た感じ反対派はレギールの人達が多いか? ……いや、少女じゃないのは分かってるんだが……どう見ても髭の生えた美少女だし……髭があるからではないか? せめて男性と同じに横幅が広い体型ならもう少し受け入れやすかったものを…………ドワーフの氏族の中には女性でも髭のある氏族が居るんだそうだ。ヴァーンシアに召喚された氏族ではゴルトとレギールがそれに当たるらしい。そして髭とは大事なものらしく、氏族毎に編み方が違い、誇りであり重要なおしゃれポイントらしい。だから剃る事は決してないのだとか。アダマントは髭の束を滝のように流すように編むウォーターフォールという編み方、シュタールは三つ編み三本が基本でそこから個性を出してアレンジする。ゴルトは丸四つ編みを二つ、エルツは表編み込み、そしてレギールはフィッシュボーンという編み目の詰まった編み方だそうだ。
「こいつはいつまで呆けてるんだ。おいしっかりしろ、サンタの仮装でもしてると思えばいいだろうが」
「っ! おぉなるほど、なんか受け入れやすい――というか微笑ましい。頭良いな遠藤」
「適当に言っただけなんだが、お前がいいならいいや」
 真剣な場に居るのに髭ショックが抜けきらない俺たち、それだけの違和感がこの絵面にはある。
「人質の中には奴らの憂さ晴らしの為に殺されている者も居るのですよ。貴方方もいつ標的にされるかわかりません。それでも抗わぬ方がよいと? 協力を得られる今が最大の好機なのですよ?」
「しかしソレイユ様、この者達はどう見ても強そうではありませぬ。それに説明にあった能力や兵器というのもにわかには信じがたい、人間が我々以上の技術を持っているなど信じる者は居りますまい。協力を得られたところで無駄でしょう」
 進み出たアダマントの男性が静かにソレイユの言葉を拒絶する。長の娘であるソレイユの言葉に賛同する者はアダマントの中にはもう少し多いかと思っていたがそうでもないらしい。
「信じてください! 私はこの目で見ました。彼らは確かに特異な能力を持ち、私たちでは太刀打ち出来ないほどの軍事力と共にこの地に居るのです。これは私たちが抗う事の出来る最後のチャンスなのです。協力すればズィアヴァロを倒し解放されるかもしれないのにその機会を自ら捨てるのですか? 虐げられ、隷属して、あの時協力して戦っていればと後悔し続けるのですか?」
「抗わなければ生きられる、身体が腐る事もない。儂らは皆を率いる立場にある、ヴェルデはもう居らぬのだ。姫ももう少し考えなさい」
 ソレイユの父親はアダマンタイトの力の秘密がバレそうになった時、この秘密を守る為に加工法はアダマントの長である自分しか知らない口伝だとして魔物の前で自害したそうだ。実際はそうではないらしいのだがドワーフ達全員が口裏を合わせて騙し通しているらしい。ズィアヴァロも元々作られていた特殊効果付きの武具を奪う事で納得しているようで追及はしてこないそうだ。これには自分以外の者へ特殊な武具を渡したくないという思惑があるようだ。まぁアダマンタイト製の武具はその硬度のせいで破損する事がなくドワーフ達の技術で性能も良い為能力付加がなくても十分に特殊なんだが。
「身体は腐らずとも、このような環境で生き続けるのは心が腐ります。その証拠に今の皆の顔はどうですかっ! 身体が死なずとも心が死ねばそれは生きていると言えますかっ!?  クザム様こそよくお考えください、そのような状況で生きてゆけと子供達に言えますか? きらきらと輝いていたはずの瞳は曇り恐怖と不安に揺れているのですよ。私には……言えません。子供達には笑顔を――いえ、私は皆に笑顔を取り戻したい!」
 ソレイユの剣幕にレギールの長は黙り込み他の者達はそれぞれ顔を見合わせる。ソレイユの言っている事、俺にはよく分かる。酷い環境で心が死んだまま生きていた俺には。あれは生きているとは言えなかったと思う。そんな環境に三百年近くも居続ける地獄、ドワーフ達は耐え続けられるだろうか?
「……ならば実際どうする? 土など無限にある。ズィアヴァロは無限の兵力を持っているに等しい。それを排除する術をこの人間達が持つというのか?」
「俺らの戦力はこんな感じっすよ」
「なんだこの板は? っ!? こんな小さな板に人が……これは絵か? 動いておる」
 予め録画していた兵器の映像を西野さんが再生させているのをドワーフ達は食い入るように見つめている。弾け抉れる大地、地形を変えるほどの集中砲火に目を丸くする者も多いが映像の中身より端末の仕組みについて議論する人がいるのは物作りに携わる故か?
「それでどうっすか? 少しはソレイユちゃんの言葉を信じられますか?」
 録画映像に加えて俺と惧瀞さんの能力も披露するとドワーフ達は困惑した様子で互いを見合わせ他の者の出方をうかがっている。
「確かに、このような大規模な攻撃が出来るのならば坑道内を爆破しズィアヴァロを生き埋めにする事も可能か。鉱山を一つ捨てねばらならいだろうが、その程度はやむを得ぬか…………」
「悪いんですけど、その手は使えません。皆さんも一定範囲内から出られないというのを経験されてると聞いてます。あれを解除するにはズィアヴァロが持っている黒い立方体を破壊しないといけないんです。あれはそれなりの強度があるから生き埋めでは破壊には至らないはず、ズィアヴァロは直接対峙して倒す必要があるんです」
「そんなっ!? 奴はシュタールの宮殿に入り浸っていると魔物が言っていたんだぞ。坑道内にある宮殿にはその板に映っていた巨大な金属の象も鳥も入れぬではないかっ! いくら強力な兵器でも使えないのならなんの意味もない」
「あちゃー……魔物たちの態度から見て坑道内に居続けるパターンは低いって考えられてたんすけど、今回も爆撃と戦車の集中砲火で方を付けるってのは無理そうっすね。だとしたらC4をしこたま仕掛けた場所に誘き出して欠片も残らない程に吹っ飛ばすか、また如月さん達頼りになりますね。上がどう判断するか……あー、ホントに生き埋めに出来たら楽なんすけどねぇ」
 ここで足止めを食らう訳にはいかない。キューブを確実に破壊して道を開くには直接対峙して倒す方がいいだろうな。となると、大量に湧く土人形と魔物がうざいな……本隊に大群の引き付け役を頼んだら怒られるかな? 西野さんが言った爆破が採用されるだろうか?
「ソレイユ様、本当にこのような人間達と協力して勝てるのですか?」
「あなたはどう思うの? 勝てると思う?」
「なっ!? いつの間に!?」
「なんだあの娘、動きが全く見えなんだぞ」
 不安げに進み出ていた男性の背後にフィオが一瞬で回り込み問いかける。
「ちなみに、フィオだけじゃなく私やワタルも同じ事が出来るわよ。あとはワタルの友達とか、あなた達が恐れてるズィアヴァロと比べてどう?」
「これは……確かにズィアヴァロに勝てるかもしれぬ人間達なのだろう。だが奴には今特殊加工したアダマンタイトの武具がある、相討ちが精々で下手をすればそなたらは命を落とすであろう」
 レギールの長は驚きで目を見開いていたがやがて双眸を深く閉じて絞り出すようにそう告げた。落胆の色が濃く見えるのはそれだけ期待していたという表れだろう。
「クザム様、ズィアヴァロにどのような装備を奪われたのですか?」
「うむ……ヴェルデが持っていた傑作、剛力の籠手、儂の所持していた先見の義眼、エルツ達が気紛れで作ったあらゆる物に刃を立てる事の出来る両断のジャマダハル、これは剛力の籠手と合わさってアダマンタイトにすら傷を付けるだろう。そしてそちらの、ワタルと言ったか? あのジャマダハルは君の雷も切り裂く」
 あらゆる物に刃を立てるってのはそういう事か。腕力を上げる籠手プラス殴るように突く剣なら確かにめんどくさそうだ。常に後ろを取る必要がありそうだな……もしくは天明の大剣、あれなら或いはアダマンタイトすら切り裂けるかもしれない。
「三つだけですか?」
「いや、ゴルト達の作った瞬迅の首飾りと運を自分に引き寄せるという天運の耳飾りだ。他はどうにか地中深くへ隠す事に成功した。ドワーフ百数人でようやく動かせる大岩の下だ、剛力の籠手をもってしても流石に取り出す事は叶わぬだろう。姫もこれで分かっただろう? 元々身体能力の優れていたズィアヴァロが更に強化されている、奴を倒さねば土人形は消えぬ。無限の兵は消えぬのだ」
 長の言葉にドワーフ達は一様に下を向き落胆と諦めの空気が漂う。
「そこまで絶望的なものなんですか? さっき見せた電撃はかなり手加減してたし一対一で戦おうって訳でもないんですよ? それに俺たちはまだまだ速く動ける」
「そうだ、堅守の大盾はどうでしょう? あれならば付加効果の矛盾が発生してジャマダハルも盾も自壊します」
「あんな重い物は人間には扱えぬだろう。そして我らではズィアヴァロの速さに到底対処できぬ――」
「っ! ふっ!」
「せいっ!」
『へっ?』
 突如として俺たち潜入組はフィオとアリスに近くにあった大きな瓶へと放り込まれてしまった。うぅ、べしゃべしゃだ。そして大人ひとりがどうにか入れるくらいという瓶にフィオとアリスも入ってきたもんだからぎゅうぎゅう詰めだ。
『貴様らなに休んでる! さっさと仕事に係れ! それとも永遠に休むか? こいつのように』
 魔物の声が聞こえたかと思ったら何か重いものがが地面に落ちる音が聞こえドワーフ達が騒然としている。くっそ……ここからじゃ何が起こってるのか分からねぇ。
『なんだその目は? もう一度俺たちと戦ってみるか? 腐るのが嫌なら切り刻んでやるぜ。仕事の遅い者、出来の悪い奴も殺しの許可が出ている。お前らの命は俺たちの裁量次第なんだぜ? そんな目を向けていていいのか? ククク、そうだ。そうして絶望に染まった目をしていろ』
「きゃぁあああっ!」
「っ!」
「ワタル大人しくして、今は出ていったら駄目」
 飛び出そうとした瞬間二人に引き戻され水に顔を浸ける。目の前で何か起こってるんだぞ、それなのに何もしないなんて――。
『そう、絶望してる奴の頭を吹っ飛ばすのが面白いんだ。お前らの種族は女としては面白味がないんだ、この程度の娯楽はないとな』
 鍛冶師を殺した!? 武具供給に重要な役職にまで手を出すのかっ。
『それにしても何で土人形が居ないんだ? ……貴様ら脱走でも企てたんじゃないだろうな』
「滅相もございません。この工房に勤務している者は全員ここに居ります」
『そうかな? 一人足りないが?』
「そのようなはずは――」
『足りねぇだろうが! そこで頭が無くなってる奴はお前らを置いて良いところへ旅立ってんだからな。そしてこれで二人目、あーあどうするんだ? どんどん足りなくなるぞ。皆殺しか?』
 また一人死んだ……? 俺は、こんな所で、何やってんだ! 目の前だ、助けられたはずだ。それなのにっ。
「我慢して、ズィアヴァロが私たちに気付いて坑道を土人形で溢れさせたら辿り着く事すら出来なくなる。お願い」
 フィオは先を見ている。ズィアヴァロを倒すという未来を、それでも俺は今しか見れない。だから――。
「どうかお許しを、これからも皆様が満足される武具を仕上げます。ですのでどうかご容赦を…………」
『貴様は長だったか、ああそうだな。お前の作る物は特に良い、お前は残しておかないとな。だが他は、どうかな?』
 魔物の脅しに次々と諂う声が響く。そしてそれを見た魔物の馬鹿笑い、不快、不快、不快!
『そうだ、そうやって地面に頭を擦り付けて媚び諂うのがお前達の正しい生き方だ。見れば見るほどに踏み潰したくなる体勢だな、だがまぁ今回はこれだけにしておいてやる。感謝するんだな』
 魔物の言葉に反応して次々に偽りの感謝が飛ぶ。魔物の笑い声が遠ざかっていく……何も出来ない自分に虫酸が走る。絶対に、絶対にこの地域を解放して魔物を駆逐してやる。

「姫の言う通り大人しく従っていれば生きられるという状況ではなくなってきているようだ。儂は姫に賛同する、皆はどうか?」
「クザム様俺もだ。もう我慢ならねぇ、クンパとロインの仇は俺が討つ」
「あたしも、あたしもよ! こんなのこの先百年以上なんて耐えられない。それに、どうせ殺されるかもしれないなら抗って、自由の為に死にたい」
「そうだっ! 俺たちはあんな奴らの為に鍛冶をやってるんじゃない、自由を取り戻すんだ!」
 瓶を出ると状況は一変していた。死んでいた瞳は光を取り戻し怒りに燃え決意に満ちた表情が並んでいる。
「我らレギールはソレイユ・ルフレ・アダマントの意見を支持する」
「ソレイユ様、俺たちアダマントの者も同じです。一緒に戦わせてください」
「皆さん……ドワーフの未来の為に共に戦いましょう」
「して、これより如何にして動く? 今は居らぬがいずれ水晶付きが戻ろう、我らがここを動けばズィアヴァロに感付かれるが」
「歯痒いでしょうけど皆さんは一先ず今まで通りでお願いします。後程穴掘りの能力者と別動隊が脱出の手筈を整えに来ますので囚われている他の山のドワーフの皆さんと一斉での脱出を行ってもらいます。その後は魔物の討伐に協力頂ければと思います。広い連山ですので人質の居場所の探索などで時間が掛かると思いますがよろしくお願いします」
 惧瀞さんの説明で意気込んでいた者達は拍子抜けしたようだったが、それでも出来る事をと手早く鉱山内の地図を用意して牢となりそうな怪しい場所へ印を付けてくれた。
「囮で時間を稼ぐのもそろそろ限界だろう、行きなさい。我らは我らで出来る事がないか何か考えてみる事にする。もし大盾が必要ならフュントの大岩の下にある、あれは大き過ぎて他の物とは別にしてあるのでな。姫一人でもどうにか動かせるだろうから道中取っていくといい」
「クザム様……ありがとうございます。ゴルトとシュタールの説得、行って参ります」
 長とソレイユが別れの抱擁をしているのを西野さんが指を咥えて見ている。この人ブレないなぁ。
「さぁ、行きましょう」
 決意で引き締まった表情でソレイユは歩き出した。もさ達が上手く引き付けて掻き回しているおかげか潜入時とは違い大した煩わしさもなく脱出する事が出来た。
「もさふさちゃんは無事でしょうか?」
『きゅぅ?』
 移動中惧瀞さんが心配を口にしたそばから二匹が草陰から顔を出した。見た感じ怪我もないし問題なく撹乱して逃げおおせたようだ。
「もさ偉い」
『きゅぅ~』
 フィオに抱き寄せられてすりすりしてめちゃくちゃ幸せそうにしている。ふさの方もアリスに誉められて満足げに尻尾を揺らめかせている。
「次はゴルトっすよね。ソレイユちゃんまた山越え?」
「はい。ゴルトが主に拠点にしていたのはズィプトとアハトなのでここからだと山を三つ越えた所ですね」
「う、うへぇ~……そんなにあるのか」
「ワタル乗る?」
「の、乗らない…………」
 盾を準備しようとするアリスを断って歩き出した。再び面倒な登山が始まる。が、文句なんて言っていられない、ドワーフの為にも先に進む為にもやるしかない! 一刻も早くこの地域を解放するんだ。
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