黒の瞳の覚醒者

一条光

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終章~人魔大戦~

女性にもあるんですよ?

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 責任者たちとソレイユの面会後、説得の難航しそうなシュタールとゴルトは後に回す事となり、最も説得が簡単だろうエルツの者達との接触を急ぐと知らされた。だが直後に連絡が入り、いくつかの坑道内を偵察に出ていた部隊の一つがエルツの者達と偶発的に接触してエルツの長と魔物打倒の協力を取り付けたとの事だった。
 触れれば腐って死ぬ、そんな土人形がこの連山の至る所に配置されている。対処は接近せず関節を破壊し移動を封じるか何かしらの能力で隔離する他ない、破壊時に飛び散らせれば危険という事もあり対処が容易な俺は残りの氏族の説得に向かうソレイユに同行する事になった。他にも電撃系覚醒者は居るが閃電岩を生成出来るほどの人が居ない為やむを得ずといった判断だろうな。
「よろしくお願いいたします」
「そんなに畏まらなくても、元々結界の管理者を倒す必要があるんだからついでですよ、ついで」
「みんなが如月さんみたいに考えられたらよかったんすけどねぇ」
「何かあったんですか?」
「……俺たちが使ってる武器弾薬だってタダじゃないのは理解してんですけど、隷属させられてどうにも出来ない状況で助けを求めている人に対価を要求しますか!? 陸将は一応反対してたんですけど同席してた幹部や他の軍の連中が…………」
 西野さんの話を聞き俺も彼同様に不機嫌な顔をしているに違いない。俺は無知だから兵器使用で掛かる費用なんかは分からないが……苦しい状況にある人たちに助けてやるから対価を寄越せなんて、なんて格好悪いんだろう。
「他の軍って……まさかクロイツや天明たちも?」
「あぁいえ、連合軍の方々は玖島さんが辞退したのを皮切りに残りの国も追随しました」
 天明が……国の利益とかも考えないといけないだろうにいいのかよ。なんて事を思いつつも友達の行動が嬉しくて仕方なく自然に笑みがこぼれた。
「如月さん嬉そうっすね」
「べ、別に普通ですよ。それより多国籍軍は何を要求したんです?」
「魔物討伐後の魔物に供給されてた特殊金属の武具及びドワーフが現在所有している全ての金属の半分と宝石類の半分、並びにアダマンタイトの加工方法を譲渡する事になっています」
「この連山は全部鉱山、なら既に採掘されている物だけとはいえ莫大な金額になるんじゃ……? それに加工方法は秘術だって言ってたのにいいんですか?」
「あっ、お教えするのは通常の加工法です。アダマンタイトの魔力についてのお話はあの時一緒だった方にしかしていませんので、内緒にしておいてくださいね」
 六十三歳とは思えない可愛らしいウインクと一緒にお願いされてしまった。西野さんは速攻で承諾して元気のいい返事をしてるし……あんたはそれでいいのか? 報告義務とかないんだろうか?
「おーい、そろそろ出発すんぞ。姫さんまた案内頼むぜ」
 全員分の荷物を整えた遠藤と惧瀞さんが呼んでいる。今回ソレイユに同行するのは亀裂に落下したメンバーと同じだ。ティナやナハトに物凄く不服そうな顔をされたが人数が多過ぎると動きにくくなるし能力的にも土人形の相手をするのは難しそうということもあって留守番となった。ナハトは炎で対処すれば問題ないと最後まで食い下がっていたが、坑道内は狭いのだ。採掘が進んでいたり使い古された道はそれなりの広さだが、基準のサイズはドワーフ達だ。そんな狭い空間で高熱の大火力を使われるとこちらまで参ってしまう。そんな訳で拠点が土人形に襲われた場合に備えて待機してくれるように説得した。そして俺たちとは別に少数の部隊がエルツ達との情報交換やドワーフ達の脱出の打ち合わせの為に派遣される事になった。
「登山か……」
 虚ろな瞳で聳え立つ大山の上の方を見つめる。先ず最初に向かうのはアダマントやレギール達の工房のある山だ。エベレスト級らしい山を二つ越えた先の山にあるそうだが、途中車では通れない所を行くらしく歩きだ。クーニャで空からのショートカットを提案したが魔物に発見され警戒される危険を避ける為却下された。連山に居るドワーフ全員が人質みたいなものだし仕方ないと言えば仕方ない。
「仕方ないっすよ如月さん、車じゃ通れない道を行くらしいですから」
「ワタルの荷物持ってあげようか?」
「馬鹿にするなよ、散々鍛えられてるんだこのくらい持てる」
 勢い込んで荷物を持ち上げるが結構重い。これで、あれを、登るのか…………げんなりとしつつわりと絶望的な行進を始めた。

「結構登ったなぁ、もう富士山くらいは登ってるんじゃね?」
「もう少しで半分くらいですよ。富士山とはなんでしょう?」
「俺たちの国で一番高い山すっよ。それにしてもソレイユちゃん余裕そうだね、ドワーフはみんなそんな感じ?」
「そう、ですね。皆体力は人間を大きく上回っていると思います」
 大きく上回っているのか……小さいのになんてうらやましい。小さい身体で余裕そうなソレイユとけろっとしているうちのちびっ子を恨めしく見つめる。
「航君大丈夫ですか? 元気が無いですけど、もしかして高山病とかになったりしてません? 頭痛とか吐き気とか大丈夫ですか?」
「あー、そういうのはないですよ。ただ単に長距離登山が嫌なだけです」
「す、すいません。坑道内を行ければあまり登る必要もなく近道になるんですが、内部は土人形の他にも魔物の配置も多いでしょうし…………」
 申し訳なさそうにするソレイユを見て西野さんが般若のような顔を向けてくる。悪かったよ、だからその顔止めてくれ。ものっそい呪われそうだ……夢に出そうだな。
「慎重に行かないといけないのは分かってるけどだらだら歩かないといけないのがちょっと…………」
「そりゃ仕方ねぇだろ、姫さんは平気だろうが俺らは一気に行くと高山病になる危険があるんだから。お前に脱落されたら困るから余計に慎重に進んでんだよ」
「特に問題ないしもう少しペースを上げても――」
『はぁ』
 これだから無知は、といった感じで自衛隊組とソレイユがため息を吐いた。そんなに俺は駄目ですか?
「航君、急いては事を仕損じると言います。急ぎたい気持ちも分かりますけどここは慎重に行きましょう?」
「……了解です。だからそんな子供を見るような目は止めてください」
「そうだ! 歩くのがめんどくさいならこの盾に乗ったら? 私が引いてあげるわよ?」
 土避けで連合軍の兵士に借りてきた盾を掲げて名案だとばかりにアリスが駆け寄ってくる。土人形の腐食は金属にも有効らしく、腐食しないようにオリハルコンとミスリルの合金製だ。運んでもらうとか俺は子供かっ! 自分で歩けるわっ。
「別に疲れてる訳じゃないんだよ。気分の問題というかなんというか。とりあえず準備すんな、乗らんぞ」
 盾の持ち手にロープを括り付けていたアリスは不満そうだ。
「ふふふ、アリスさんは元気ですね。私の世界の人間ではこうはいきません。異世界の混血というのは不思議ですね」
「お嬢とお姫は中でも別格だから基準にしない方がいいぜ姫さん」
「そうなのですね。もうそろそろ峠を越えますよ――」
「っ! 全員伏せてっ」
 突然緊張を纏ったフィオが全員に警告して茂る草陰倒れ込む。フィオが注視する方向に意識を向けると岩陰からオーク数体が周囲を警戒しながら歩いてくる。ここの草は寝転がればギリギリ身体が隠れる程度には高さがあるが近付かれたら確実にバレる。
「流石お嬢、あんなのよく気付けたな」
「脱出の時のオークの死体が発見されたのでしょうか?」
「それならもっと警戒心が滲み出てるはず、談笑もしてるし定期的な見回りみたいなものだと思う」
『まったく、息が詰まる。奴らよくあんな穴蔵にずっと居られるもんだ』
『ああ、ガキみたいで犯しがいもないしこの地域に居るのは退屈でかなわん』
『ズィアヴァロ様に異動を頼んでみるか。ファーデン様の管理地域なら良い女を狩れるって聞いたぞ』
 女? どういう事だ? この大陸に残ってる人間なんて居ない。ならドワーフ達のように他にも召喚された存在が居るのか?
『はっはっはっ! そりゃいい、ドワーフ共の貧相な身体は遊べないからな。奴らはせいぜいが虫のように潰して憂さを晴らせる程度だからな』
『おいおいいいのか? 一応奴らの作る武器は一級品だぞ。供給に問題が出ればズィアヴァロ様に殺されるぞ』
『問題ないさ、殺しているのは仕事をしていない人質共だからな』
 オーク達は俺たちに気付かないままゲラゲラと馬鹿笑いを繰り返しながら通り過ぎていく。ソレイユは同胞たちを弄ばれた悔しさと悲しみで唇を血が滲むほど噛みしめ身体を震わせている。
「急ぎ……ましょう。立ち上がらねば、このまま嬲られ殺されゆくのをただ待つ事なんて出来ません。もう一度、抗わねば……皆さんの協力があればズィアヴァロの支配から逃れられるのだと伝えなくては」
 滲んだ涙を拭って立ち上がり俺たちを待つ事無くソレイユは歩き始める。相当気が急いているようだ。殺さない代わりに従っていたはずが遊び半分で人質が殺されているんだから無理もないが。
「あの、ソレイユさん。さっきのオークが女を狩れると言ってましたが何かご存知じゃありませんか?」
「いえ、食事を運んでくる者からもそういった事は聞いていません」
 ドワーフという例があるだけに他にも異世界の存在が道具として呼び出されていても不思議じゃないか……どちらにしても別の地域の事だ、今は考えても仕方ない。頭の片隅に置いておこう。
 オークとの遭遇からペースを上げて下山し二つ目の山の行程の半分くらい登ったところで今日の予定を終える。本来なら一つ目の山を越えた時点で休憩のはずだったがソレイユの要望と全員の状態を考え強行軍に及んだ。
「流石に疲れたな……あれからは魔物に遭遇しなかったのは良かったが」
「すみません、私の我儘に付き合わせてしまって」
「大丈夫だよソレイユちゃん。みんな鍛え方が違うんだから、これくらいちゃんと休めば明日には目的地に着けるよ。早く他の氏族をまとめてリュンヌって人を助けないとね」
「それは…………」
 元気付けようとした西野さんの言葉を聞いた途端ソレイユの表情は更に曇った。余程大事な人で心配で堪らないんだろう。ふらふらとした足取りで惧瀞さんの居るテントへ向かって行く。
「あ、あれ? 俺なんかマズった? 出しちゃ駄目な名前だったか?」
「さあな、お前姫さんにずっと付いてるんだから聞いてないのか?」
「いや、特には」
「……彼氏の名前だったりしてな」
 西野さんをからかおうとニヤニヤしながら遠藤がそう口にすると、そんな事は考えていなかったのか面白いくらいに狼狽えて呆然としながら西野さんはテントに引っ込んだ。
「リュンヌは私の双子の妹です」
「うおっ!? 姫さんもう休んだんじゃねぇのか」
「無理を聞いていただいたお礼を言い忘れていましたので」
「妹さんは別の場所に掴まってるんですか?」
「いえ……リュンヌはあの娘は気の強い娘で私たちが敗北した後も抗い続けていました。それがズィアヴァロの逆鱗に触れました。私たち人質はいくつかのグループに分けられて幽閉されましたがあの娘だけは別のオークに連れられていったのです。その後どうなったのか……まだ生きているのか、もう死んでしまったのか、それすら分かりません。ただ、もしまだ生きているのなら一目会いたい。言葉を交わしたい。だからどうかお力をお貸しください」
 ソレイユは深くお辞儀をするとテントに戻っていった。オーク共のあんな話を聞いた後だからな……あまり考えたくないが最悪のパターンが待っている可能性が高い気がする。あぁ憂鬱だ。助けが必要な人が大勢居るってのにこっちの手が回らない悔しさが自身を蝕む。

 大して眠れないまま早朝には出発し昼頃には目的の山に到着した。工房は坑道の奥にあるらしく、そこからは敵との遭遇の危険が高まる為更に慎重に行く必要がある。中腹まで登り大きく口を開いた工房への入り口の前に辿り着いたが当然の如く見張りが立っている。だが幸いにも水晶無しの土人形だ。これなら破壊しても問題ない、手早く破壊し洞窟内へと侵入した。
「この前通った坑道より広いな」
「工房への入り口は自然の洞窟を利用していますからそのせいですね」
 掘り進めたような感じがしないのはそれでか……このくらいなら圧迫感もなく進みやすいが――土人形が多いな……武器作りの要の鍛冶師を脱走させない為か。これだけ居ると水晶を埋め込まれているのも居そうで迂闊に破壊出来ないな。巡回する土人形の動きに合わせて岩陰なんかに隠れつつそろそろと進む。
「こういうゲームあるよなぁ」
「ああそれ思ったっす。失敗するとゲームオーバーか敵がわんさか出てくるんすよね」
「無駄話してると見つかんぞ」
「この先の横穴が工房です」
 重要な場所だけあって手薄にしているはずもなく、工房の手前には水晶付きの土人形一体と通常の土人形五体が居る。
「破壊で突破するのは無理だな。かといっていつまでもこの岩陰にだって居られねぇ、巡回の奴が戻ってきちまう」
「ソレイユさん、ここにはオークや土人形が通れないような小さい通路や横穴ってあります?」
「? はい、ありますが……それらは工房には通じていませんからそれを使うという訳にはいきませんよ?」
「外には通じてます?」
「私たちが入った以外の入り口に通じているものもあったはずですが……ワタルさん、何を考えていらっしゃるんですか?」
 通じてる、か……土人形は大したスピードはない。腐食さえなければ能力無しでも倒すのは容易なほどだ。オークも頑丈だがスピードは大したことない、仮にゴブリンなんかが居てもカーバンクルのスピードならまず捕まらない。
「もさ、ふさ、協力してくれ」
『きゅぅ~?』

『きゅぅ! きゅぅ! ケッ』
 もさが工房前の土人形の近くまで行き自分の存在をアピールして後ろ足で土をかける。そして土人形が反応したのに合わせて駆け出した。引き付けられて行ったのは五体、水晶付きは残った。ここは読み通り、土人形は魔物以外の動くものに反応して攻撃してくる。そして水晶付きは情報をズィアヴァロに流す為に極力指示された配置からは動かない。でも他の土人形が居ない状態で次の異常が起これば?
「ふさ行け」
『きゅぃ!』
 ふさが足元を通り過ぎた事に反応して水晶付きが持ち場を離れた。結構単純だな、膨大な数を作り出している分命令は単純なものが多いのかもしれない。それでも腐食という能力がある以上馬鹿には出来ないが。
「よし、頼むぞ。いつ戻ってくるか分からないし急ごう」
 工房内に入るとそこは洞窟内だとは思えないほどに整備された空間だった。そこでドワーフ達が曇った表情でひたすらに鍛冶仕事に従事している。そして西野さんは口をあんぐりと開けたまま凍り付いている。いや他のメンバーや俺も似たようなものなんだが。
「な、なんじゃこりゃーっ!? ――ぶへっ!?」
「静かにして、せっかくもさ達が頑張ってるのに無駄になる」
 叫んだ西野さんのみぞおちにフィオがいい感じのやつを一発打ち込んで悶絶させている。作業をしていたドワーフ達は突然現れて騒ぐ俺たちを呆然と見つめている。
「タカシさん突然どうしたんですか!? 皆さんも表情が固まっておられますし――」
「ソレイユ様! ソレイユ様ではありませんか! 何故このような場所に、どうやってここに? もしバレでもしたらズィアヴァロがどのような行動に出るか。それにこの者たちは人間ではないですか?」
 うぅ…………なんて事だ。俺たちを驚愕させた存在の一人が俺たちの元へ駆け寄ってきた。俺たちが何に驚愕したのか、それは髭だ。ドワーフに髭、これは何も不思議な事はない。ドワーフの見た目といえば小柄、髭と出てくるくらいにトレードマークだろう……だがっ! まさか女性にも髭があるとは…………俺が知ってるゲームや漫画には男しか出てこないか女性は美少女っぽい見た目が多かったんだが……うおぉぉぉ、なんてインパクトだ。
「あぁ……美少女が髭で水着のような薄着と前掛けでちっぱいが魅力的で、でも髭で……髭ヒゲひげ髭ヒゲひげ…………」
「こりゃ西野壊れてんな」
 遠藤が西野さんを揺さぶるが意識が遠い所へ旅立ってしまったようだ。
「私はこの方々の助けでここに、もう一度皆で立ち上がる為に、その為の話をする為にここに来ました!」
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