37 / 57
37.ピン
しおりを挟む
西館にに着くと騒がしかった。メリル様が廊下や部屋を行ったりきたりしている。
そんなメリル様に声をかけた。
「メリル様。ルナ様に会えますか?」
「フィー?今忙しいの。そんなところにいたら邪魔よ!」
「何があったのですか?」
血走った目を向けられ、少し逃げ腰になりながら聞いてみる。
「昨日正式に、ロイド様とソレイユ様のご婚約が決まったわ。それで、一ヶ月後には婚約式があるの。ルナ様はなにもお持ちでないから、その準備で忙しいの」
ロイド殿下とソレイユ様の?
「急に決まりましたね」
「そうよ。あのお二方を見ていればそうなるのもわかるけどね」
「そのせいかルナ様はピリピリしてるし・・・、そうね。丁度いいわ、フィー。ルナ様に用事があるならしばらく相手をしていてくれない?任せたわ!」
それだけ告げると「忙しい忙しい」と独り言
を繰り返しながらどこかに行ってしまった。
ーえーっ!!
仕方なく、扉をたたき中に入った。
「あら?フィー?」
ルナ様は自分の黒髪を手に取って眺めていたようで、私を見た瞬間に手を離して見てきた。
黒髪がさらさらと流れ、ポトリと髪飾りが床に落ちた。
ルナ様はそれを拾いあげ髪に付け直すが、また髪を滑り手の中に落ちてしまう。
「それは?」
初めて会った時もお茶会の時もしていなかった。
「私の宝物よ。光の国に来てから髪質が変わったのか、挿してもすぐに落ちるのよ」
困り顔になっているルナ様に近づいた。
「少し宜しいですか?」
そう言ってピンを手に取ってみてみると、裏の留め具は色が変わり形も変形している。
「ずっと海の中であったのが急に地上の空気にさらされてピンの部分が変質したようですね・・・」
ポケットの中を探り、小さなヤスリを取り出す。
「これくらいならすぐに直ります」
「できるの?」
「はい」
「なら、ここに座ってやって!」
引っ張るように座らされると、作業する、手元をじっとのぞいてきた。
私はピンの汚れをヤスリで擦ってゆく。
「地上は乾燥しています。それに人間は工夫を凝らしますから、髪の手入れなども怠りません。こちらにきて髪がサラサラしたんじゃないですか?」
「そうなのよ。あのシャンプーだったかしら?不思議な液体が海藻でできてるなんて信じられないわ。泡沫人は変わった物を作り出すのね」
感心している様子を見ると好奇心旺盛な子供のようだ。ルナ様はサラサラの自分の髪を何度も触っていた。
「ルナ様の髪は特にストレートですから、ピンが落ちやすいのだと思います」
「そう、なのね・・・」
ピンの部分が綺麗になったら髪から抜けにくくなるように形を整える。
最後に小さく呪いをかけた。これで長持ちもすることだろう。
「本当にあなたは何者なの?」
ルナ様はまた聞いてきた。
「この前貰ったクリームも普通の泡沫人が考えるには凝りすぎてるわ。呪いだって、私もできないもの」
「そうは言われましても・・・」
何度聞かれても困ってしまう。
私はルナ様の艶のある髪にピンを挿す。
白い花の刺繍がされたピンをすると、彼女は少し幼く見えた。
「不思議な泡沫人ね」
ルナ様は大事そうにそっとピンを撫ぜた。
「それで何しにきたのかしら?」
目的のことを思い出す。
「セイネ様のことです」
「セイネシアのこと?」
「はい。言葉を戻すことはできないのですか?ルナ様は言葉が出ます。ならば、そのような薬はできるのではないですか?」
ルナ様は目を細めた。
「無理よ。私はそんなに優秀じゃないわ」
「ですが・・・」
「私の作る薬は全て魔女フィレイネの薬を根底にしてあるの。彼女は素晴らしい方だわ。私にはあんな才能はないの。真似て改良するのがせいぜいだわ。」
「ですが、ルナ様の言葉には魔力が残っています。私が作るこの薬には声が戻っても魔力は失ってしまいます」
作るだけ作った白い結晶が入った小瓶をルナ様に見せた。
「これをあなたが・・・?」
小瓶を取り、手の上に結晶を取り出して眺めた。
「これで・・・。いえ・・・。どうして・・・」
ブツブツと独り言を呟く。しばらくして首を振った。
「無理だわ。これ以上のものは私では作れない。セイネシアには悪いけど、声を取り戻すには人魚に戻るしかないわね。」
それは静かな声だった。
「それしかないのですか?」
「そうよ。泡沫人のままでは人魚の声は出ないわ」
「ちなみに人魚に戻る方法はあるのですか?」
「この前にあげた紙を使って人魚に戻るか、恋した人を刺して人魚に戻るかのどちらかだわ」
ルナ様の赤い唇が優雅に弧を描いた。
にこやかに笑いながら白い手をソファーの隙間にいれ、そこから15センチほどの黒い棒らしきものをとりだし、私の前に差し出し手渡してくる。
「これは?」
「巨大サメの歯を研いで作った剣よ。もし刺すならこれをあげるわ」
受け取ったそれは黒くごわついた繊維質で編まれた袋で、その中には黒い短剣が入っていた。
そんなメリル様に声をかけた。
「メリル様。ルナ様に会えますか?」
「フィー?今忙しいの。そんなところにいたら邪魔よ!」
「何があったのですか?」
血走った目を向けられ、少し逃げ腰になりながら聞いてみる。
「昨日正式に、ロイド様とソレイユ様のご婚約が決まったわ。それで、一ヶ月後には婚約式があるの。ルナ様はなにもお持ちでないから、その準備で忙しいの」
ロイド殿下とソレイユ様の?
「急に決まりましたね」
「そうよ。あのお二方を見ていればそうなるのもわかるけどね」
「そのせいかルナ様はピリピリしてるし・・・、そうね。丁度いいわ、フィー。ルナ様に用事があるならしばらく相手をしていてくれない?任せたわ!」
それだけ告げると「忙しい忙しい」と独り言
を繰り返しながらどこかに行ってしまった。
ーえーっ!!
仕方なく、扉をたたき中に入った。
「あら?フィー?」
ルナ様は自分の黒髪を手に取って眺めていたようで、私を見た瞬間に手を離して見てきた。
黒髪がさらさらと流れ、ポトリと髪飾りが床に落ちた。
ルナ様はそれを拾いあげ髪に付け直すが、また髪を滑り手の中に落ちてしまう。
「それは?」
初めて会った時もお茶会の時もしていなかった。
「私の宝物よ。光の国に来てから髪質が変わったのか、挿してもすぐに落ちるのよ」
困り顔になっているルナ様に近づいた。
「少し宜しいですか?」
そう言ってピンを手に取ってみてみると、裏の留め具は色が変わり形も変形している。
「ずっと海の中であったのが急に地上の空気にさらされてピンの部分が変質したようですね・・・」
ポケットの中を探り、小さなヤスリを取り出す。
「これくらいならすぐに直ります」
「できるの?」
「はい」
「なら、ここに座ってやって!」
引っ張るように座らされると、作業する、手元をじっとのぞいてきた。
私はピンの汚れをヤスリで擦ってゆく。
「地上は乾燥しています。それに人間は工夫を凝らしますから、髪の手入れなども怠りません。こちらにきて髪がサラサラしたんじゃないですか?」
「そうなのよ。あのシャンプーだったかしら?不思議な液体が海藻でできてるなんて信じられないわ。泡沫人は変わった物を作り出すのね」
感心している様子を見ると好奇心旺盛な子供のようだ。ルナ様はサラサラの自分の髪を何度も触っていた。
「ルナ様の髪は特にストレートですから、ピンが落ちやすいのだと思います」
「そう、なのね・・・」
ピンの部分が綺麗になったら髪から抜けにくくなるように形を整える。
最後に小さく呪いをかけた。これで長持ちもすることだろう。
「本当にあなたは何者なの?」
ルナ様はまた聞いてきた。
「この前貰ったクリームも普通の泡沫人が考えるには凝りすぎてるわ。呪いだって、私もできないもの」
「そうは言われましても・・・」
何度聞かれても困ってしまう。
私はルナ様の艶のある髪にピンを挿す。
白い花の刺繍がされたピンをすると、彼女は少し幼く見えた。
「不思議な泡沫人ね」
ルナ様は大事そうにそっとピンを撫ぜた。
「それで何しにきたのかしら?」
目的のことを思い出す。
「セイネ様のことです」
「セイネシアのこと?」
「はい。言葉を戻すことはできないのですか?ルナ様は言葉が出ます。ならば、そのような薬はできるのではないですか?」
ルナ様は目を細めた。
「無理よ。私はそんなに優秀じゃないわ」
「ですが・・・」
「私の作る薬は全て魔女フィレイネの薬を根底にしてあるの。彼女は素晴らしい方だわ。私にはあんな才能はないの。真似て改良するのがせいぜいだわ。」
「ですが、ルナ様の言葉には魔力が残っています。私が作るこの薬には声が戻っても魔力は失ってしまいます」
作るだけ作った白い結晶が入った小瓶をルナ様に見せた。
「これをあなたが・・・?」
小瓶を取り、手の上に結晶を取り出して眺めた。
「これで・・・。いえ・・・。どうして・・・」
ブツブツと独り言を呟く。しばらくして首を振った。
「無理だわ。これ以上のものは私では作れない。セイネシアには悪いけど、声を取り戻すには人魚に戻るしかないわね。」
それは静かな声だった。
「それしかないのですか?」
「そうよ。泡沫人のままでは人魚の声は出ないわ」
「ちなみに人魚に戻る方法はあるのですか?」
「この前にあげた紙を使って人魚に戻るか、恋した人を刺して人魚に戻るかのどちらかだわ」
ルナ様の赤い唇が優雅に弧を描いた。
にこやかに笑いながら白い手をソファーの隙間にいれ、そこから15センチほどの黒い棒らしきものをとりだし、私の前に差し出し手渡してくる。
「これは?」
「巨大サメの歯を研いで作った剣よ。もし刺すならこれをあげるわ」
受け取ったそれは黒くごわついた繊維質で編まれた袋で、その中には黒い短剣が入っていた。
6
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる