【完結】金木犀の香る頃

彩華(あやはな)

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15.エリアル視点2(最終話)

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「いつも、楽しそうにあの方の話をしてたわ。
 殿下のこともだけど、あの方のことも。頬を染めて恥ずかしそうに。

 そんな顔を見てなおさら言えなかった。

 こんなぼろぼろの心臓を抱えた、私に勝ち目はなかった。
 
 なら、クロード様にはわたくしとの思い出はいらないと思ったの。

 でもやっぱり、私はクロード様が好きだった。見てるだけで幸せになるの。会話をすることもなくても好きだった。愛してるの。ずっと、ずっと恋していたの。死ぬ時まででいいから傍でいて欲しかった。
 息を引き取るまで手を握って欲しかった。
 それだけで良かったの。
 たとえ、クロード様の心にあなたがいようと、それだけで。

 だけど、クロード様はわたくしを知ろうともしてくれなかった。

 時間がないわたくしにできたのは一つだけ。どうしてもクロード様のことを知りたくて最後の手段として、名前を伏せて手紙のやり取りをしたわ。あの方と手紙をやり取りするだけで嬉しかった。 
 
 でも、やはりあの方はあなたのことばかり。あなたが羨ましかった。憎かった。どうしようもないくらい、自分が醜かった。

 あなたとクロード様が並ぶ姿なんて正直みたくない。幸せになって欲しくないとも思う。
 それでも、わたしはクロード様の幸せを願わずにはいられない。クロード様の幸せになることがわたくしの幸せだから。
 あの方の不幸になる姿なんて見たくない。

 悔しいけど、あの方を幸せにできるのは、エリアルしかいない。

 エリアル。
 クロード様を幸せにしてあげて。
 絶対に幸せにして。
 
 わたくしのことを忘れてくれていいわ。
 親友であるあなたより、好きな人の幸せしか祈らない醜い私を忘れて。わたくしはあなたたちの前から消えるから、いなかったことにして。
 
 でもね、最期に言わせて。あなたは私の大事な親友だった。

 だから、だから、彼を幸せしてあげてね
 

             ケイカより」


 ーなんなのよ

 クロードを好きと言う気持ち。彼の幸せを祈るものだけ。それを私に聞かせるの?

 なんで黙って逝ったの?

 喧嘩もさせてくれなかった。

 ケイカの気持ちに負けた気がする。

 心に穴が開くような虚しさしかなかった。






*****

 屋敷の庭園には金木犀は植えていない。
 ケイカを思い出すから。
 でも、季節は幾度も巡り、必ずやってきた。
 窓を開けるとどこからともなく、香る金木犀の匂いが漂ってくる。

 懐かしさと、悲しみが押し寄せ、胸が締め付けられた。

「母様、この時期になると、父上の様子がおかしくなりますね」

 建国祭明け、休みで屋敷にいる息子がため息混じりに言ってくる。

 本を読んでいた私は顔を上げ、諦めたように息子に笑ってみせた。

「いつも、同じブローチを握ったまま外を見てますよね」

 ケイカのブローチは今は彼の元にある。
 この時期になると、クロードは懺悔をするかのようにあのブローチを握りしめ外を見ていた。

「あれは、私の親友の形見なの」
「そうなんですか?てっきり母上の物とばかり思っていました・・・」

 私はあれ以来、あのブローチも身につけることはなくなった。宝石箱に入れてクローゼットの奥に置いてあった。
 
 思い返せば、一番幸せだったのは結婚式を挙げた頃だったと思う。

 あの時の私たちはどこにいったのだろう。

 

 
 金木犀の花言葉には「真実」というのもある。

 クロードを幸せにして欲しいと願う、ケイカの手紙の内容を、私は今も彼には言えないでいた。

 ケイカの「真実」の言葉を言えば、きっとクロードはますます悔やむのがわかっている。彼は今以上にもっとケイカを忘れることができなくなるだろう。

 今でさえ彼はケイカのことを考えている。
 私を見ることはない。

 なんのために夫婦でいるのかわからなくなることがある。幸せとはなんなのか、考えることさえある。

 私は幸せなのだろうか?
 彼を幸せにできているのか?

 ケイカの言葉はがんじがらめの呪いのように思えた。
 彼女は私を許さなかったのだろうとさえ思えてくる。


 


 ケイカ・・・あなたは重い枷を私につけていったのね・・・。
 
 私はあなたを恨みたい。
 なのに、出てくる言葉は懺悔だけ。
 このゆき場のない気持ちを抑え生きている。
 
 金木犀の香りは嫌いだ。
 だけど、この季節は嫌いになれない自分がそこにはいる・・・。

 私は金木犀の香りを吸い込むと本に目を戻し、活字だけを追っていった。





       





           ーおわりー

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感想 12

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みんなの感想(12件)

narumin #
2023.10.07 narumin #

今朝、題名のない音楽会を見た時、冷静と情熱のあいだという曲を聴いた時、ずいぶん昔に映画があったなって思いながら心を鷲掴みされる気持ちが溢れてきました。切なくてもどかしくてと思ったんです。今通勤中、読んでてなんかリンクしたなって感じがした。どうしようもないことではあるけど、切ないな。ただそう思いました。

解除
よきよ
2023.10.05 よきよ

ご無沙汰しております。
完結ありがとうございました。

自由にさせて欲しい、と願い出たとはいえ、婚約者の誕生日すら把握せずにいた主人公の鈍感さと愚かさよりも、交流のあった殿下とエリアルの無神経さが残酷に思えました。3人揃ってエミリアの怒りに気付いた様子すら無かったことも含めて。あまつさえ、ケイカに会えると思ってクロードを伴って行ったのですから。そういう意味では殿下とエリアルは良く似ておいでかと。

エリアルがケイカへの贈り物を選ぶために、エミリアではなく殿下、その後でクロードを頼ったのは実に雄弁にその人となりを語っていますね。ケイカのお兄様に相談をしてからならともかく、婚約者と出かける為のキッカケにしているのですから。浅ましい。

国王のおじさま、と最後にケイカが呼びかけたのは秀逸だったと感じました。

第9話で陛下と殿下が『どうしてだ』と同じように戸惑いを露わにしたのも。『当然だ』としか誰も返しませんでしょう。

病状の詳細は伏せられていたとはいえ、20歳までという余命宣告のことも、秘められていたクロードとの婚約のことも、陛下はご存じであったでしょうに、建国祭というハレの場で、何も瑕疵のないケイカを社会的に抹殺したのですから。

宰相家なぞ、不要。と切り捨てたのはご自身なのに。

幸福な家族は皆、似ているけれど、不幸な家族は全て異なっている ーー と喝破したトルストイの言葉を思い出します ー 『アンナ・カレーニナ』の良さが全く分からなかった残念な感性の私ですけれど. ー あと引用されていた聖書の言葉『復讐するは我にあり…』

クロードがいつまで正気を保てるのか、子孫の世代への余波は? と余韻が残ります。

✳︎✳︎✳︎
10月1日になれば咲くはずの金木犀、遅れているようですが、ンヶ月ぶりにお湯を沸かして、桂花烏龍茶を淹れてみようかと思っています。もう桂花銀針が手に入らないのが悲しい。


彩華(あやはな)
2023.10.05 彩華(あやはな)

ありがとうございます。

昨年、金木犀の香りにインスピレーションを得て勢いだけで書いたものでした。

いいも、悪いも読み手の方に考えて欲しいとも思った作品です。

 我が家の金木犀の花はまだ硬い蕾です。早く優しい匂いを嗅ぎたいものです。

解除
monomoma
2023.10.05 monomoma

ケイカが、裏切った人たちの中の痛み(傷み)としてしかのこらないのは悲しいと思いました。

彩華(あやはな)
2023.10.05 彩華(あやはな)

ありがとうございます。
世の中、その傷さえ忘れる人もいます。もし、それが傷として相手にずっと記憶に残るなら・・・・・・ ですかねっ!?

 色々思うところはあると思います。でも、それを考えてくれたなら、作者は嬉しい限りです。ありがとうございました。

解除

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