【完結】金木犀の香る頃

彩華(あやはな)

文字の大きさ
上 下
8 / 15

8.

しおりを挟む
 青白い顔色。今にも倒れそうな儚く弱々しい女性だ。

 流した長い銀の髪には金木犀の花を無数に散りばめれ、キラキラ輝いているように見える。まるで絵本や小説の挿絵に出て来る妖精のように見えた。

 彼女の胸元にはオレンジ色の宝石のついた羽根のブローチ。それに見覚えがあった。

 彼女の声にザワザワとしていた周囲の声がぴたりと止み静寂が広がる。

「ケイカ・・・」

 エリアル嬢が名前を呼ぶ。
 やはり、エリアル嬢の知り合いなのだ。あのブローチを贈った相手に間違いない。

 だが、何より僕には、その名前に聞き覚えがあり、顔から血の気は引き、動くことさえできなくなってしまう。
 
 『ケイカ』それは僕の婚約者の名前だった。
 
 まさか、エリアル嬢の知り合いとは思わないだろう。まさか、こんな出会い方をするとは考えてはいなかった。

 エリアルが僕に合わせたかった友人とは婚約者彼女だったということか・・・。

 フレイさんにこの後、婚約者に会うことになっていた。
 この場所にいても不思議ではない。でも、こんな偶然があっていいものだろうか。


 彼女はゆっくりと礼をすると、国王陛下に尋ねた。

「国王陛下。それでよろしいのですね」

 紅を刷いているはずなのに、唇の色が悪い。そこから紡がれる声には、深い悲しみが宿っていた。

「っつ・・・、私が、言ったことだ。覆ることは、ない」

 国王陛下の声は、震えていた。その目を大きく見開いている。そこには動揺や悲しみのような複雑な色があった。
 

「では、受け賜りました。わたくし、ケイカ・アシュレイはクロード・ベルツハイツ伯爵子息様との婚約を解消いたします。
 ・・・ですが国王陛下。
 わたくしの我儘だと思って、カインゼル様のことはお許しいただけないでしょうか。カインゼル様は素晴らしい次代を造ると方とわたくしは信じております。
 わたくしのこの命をかけても、誓ってもかまいませんわ」

 国王陛下のますます瞳が揺らぐ。まっすぐ、婚約者彼女を見ていた。

「しかし・・・」

 一度口に出したことを覆すとはあり得ないことだ。

 彼女は幼い子供を諭すような優しい声をだした。

「国王陛下。我儘な女のたった一つのお願いですわ。カインゼル殿下やエリアルの願いを叶えるというならば、わたくしの最期の願いも聞いていただけないでしょうか?
 ねっ、国王のおじ様・・・」
「・・・ケイカ、・・・わかった。ケイカの願いを、叶えよう」
「うれしいですわ。ありがとう、ございます。おじ様。大好きですわ」

 彼女は国王陛下に頭をさげたあと、ゆっくりと僕らを向いた。
 

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】君を愛する事はない?でしょうね

玲羅
恋愛
「君を愛する事はない」初夜の寝室でそう言った(書類上の)だんな様。えぇ、えぇ。分かっておりますわ。わたくしもあなた様のようなお方は願い下げです。

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

旦那様、愛人を頂いてもいいですか?

ひろか
恋愛
婚約者となった男には愛人がいる。 わたしとの婚約後、男は愛人との関係を清算しだしたのだが……

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

処理中です...