【完結】金木犀の香る頃

彩華(あやはな)

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 オレンジ色の一通の封筒が白いベンチの横にある金木犀の葉っぱの上に置かれていた。

 この場所は、騒がしい学園の喧騒から逃げることができる中庭のまだ奥まったところにある静かな空間。
 
 一人になりたい時に、ゆっくりと過ごせるようにと入学当初に頑張って、探しだした場所だったので誰も知らないと思っていた。今まで来ていても、人影など見たこともない。

 だが、手紙があるということは、誰かがこの場所にきた証である。僕以外にも知っているのだと思うと残念に思った。


 ー誰が置いたんだ?
  もう、くるのをやめるべきか・・・。

 そう思いながらも好奇心が打ち勝ち、僕はそれの中身を見た。

 手紙を開くと金木犀の香りがした。
 花の時期ではないのでまだ咲いていない。でも、確に金木犀の匂いがした。

 香水でもつけた紙が香っているのだろう。

 手紙には丁寧な文字が並んでいた。
 文面も一つ一つ言葉を選んでいるのが、わかるものだった。

 ゆっくりと、手紙を読む。

 偽名なのだろうか、家名が言えないからにはもしかすると本名ではないかもしれない。
 
 本当に女の子だろうか?
 もしかするとなりすましではないのか? 

 そんな思いもあったが、どうしても無視できなかった。

 金木犀の香りのせいかもしれない。
 金木犀は僕にとって大切な花だから。

 金木犀を見ると初恋の少女を思い出す。

 幼い頃、幼馴染たちと隠れん坊をしていた時に、金木犀の木の下でいた銀の髪の少女がいた。
 散った小さなオレンジの花が少女の頭に落ちていて、まるで花冠をかぶっているように見えたのを覚えてる。

 あの時、僕は妖精に出会ったように思えて声をかけることもできずに逃げてしまった。

 あの少女にあったのは、あの時だけ。あれから会うことも見かけることさえできなかった。本当に妖精だったのかもしれない。
 
 金木犀の香りがするたびに思い出すが、今では白昼夢か幻想だったのではと思うことも多くなてきた。

 それでも大切な思い出なのは違いない。

 そんな懐かしさが蘇り、どうしても気になってしまう。

 


 金木犀の匂いに促されるように、僕は持っていたノートを破り、それに返事を書くと、枝に結びつけた。

 この手紙が届いたらいいなぁ、という希望を込めて。



 翌朝、再びその場所に行ってみると金木犀の木には僕が結びつけたものではない手紙が置かれていた。

 今日は白い封筒。
 中を開けるとまた、金木犀の香りがしてきた。

 手紙には、やはり優しい文字がならんでいてた。その文字だけを見ただけで嬉しくなり思わず微笑んでしまう。

 

 こうして、僕らの文通は始まった。



 
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