【完結】金木犀の香る頃

彩華(あやはな)

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 隣にいたカインゼル殿下もエリアルも泣き崩れていた。

「前の晩、私たちはたくさん話をしたわ。いつもと変わらないぐらいの幸せな会話だった。みんなで笑らいあった。
 いつものようにおやすみのキスをしたの。なのに朝になったら、冷たくなっていた。
 誰にも看取られずたった一人でケイカは逝ってしまったの。
 どんな思いで逝ってしまったのかもわからない。

 あの子はもうここにはいないわ。おじさまたちは、あの子を連れてすでに王都を離れたわ。
 王都に地に埋葬したくないからって。ケイカの荷物は今は見るのも辛いからって、そのままにして・・・」

 苦しそうに呟くエミリア嬢。

 僕は支えになりそうな場所を探し、ふらふらと歩いた。
 視界が回る。

 ここは彼女の部屋なのだろう。
 優しいパステル色の壁紙。
 手がついた場所は机だった。机の上にエリアルと一緒に買った、あの羽根のブローチが置かれていた。
 
 となりには一冊の開かれたままのノートが目にはいった。

 そこには彼女の苦しい思いが書かれていた。

『心臓を取り替えることができれば・・・』
『クロード様の心の中にはエリアルがいる。羨ましい』
『私は醜い』
『ペンダントをあげた?私とお揃い?なんでよ。見せつけないで』
『親友の幸せを妬む私は醜い。わたくしは生きる資格がない』
『生きたい。もっと生きてみたい』
『死にたい。二人の幸せな姿を見ていたくない』
『醜い私なんか、死んでしまえばいい』

 彼女の苦しむ心がここにあった。
 矛盾に満ちた本音。
 字が滲んでいる。波打っているものもあった。
 筆圧が強く紙が破れているところも。
 僕に宛てた手紙にかかれた文字とかけ離れた、彼女自身の思いが残った文字がそこにある。
 
 何を思い、何を考えて、どんな表情でこれを書いたのだろう。

 わからない。
 
 僕は自分のことしか考えず、彼女を蔑ろにし続けてきた。
 彼女のことを何も知らない。
 手紙のやり取りも、会いうことも一切しなかった。

 僕は彼女のことを何一つ知ろうとしなかった。
 興味を持たなかった。

 顔もあのパーティーで初めて見た。
 あの青白い艶やかに笑った顔。顔を濡らした涙。
 それだけしか憶えていない。

 
 本当に初恋の人だったのか、知ること問いかけることも叶わない。もし、そうだとあの時教えてくれたなら、何か変わったのだろうか?
 いや、もう遅い。
 すべてが遅いのだ。
 
 
 彼女はどんな暮らしをしていた?
 どんな気持ちで過ごしていたのか?

 僕はスマとしての彼女しか知らない。
 どこまでが真実なのかわからなかった。

 僕は顔を知らない相手だからと、軽い気持ちでなんでも手紙に書いていた。無責任なまでに。

 彼女は、彼女はどんな気持で僕の手紙を読んでいたのだろうか?
 どんな表情をして、何を思ったていたんだ?

 もう、あの美しい文字にもう会えない?
 新しい返事が返えされることはない?

 だんだんと実感が生まれてきた。

 自分は何をしてしまったのだと。
 なんてことをしてしまったのかと。

 後悔が襲ってくる。幸せからの一気に絶望に落とされた感覚がする。背徳感があふれる。

 果たして、自分は幸せになる資格があるのだろうか?

 幸せになってはいけないのでは?


「幸せになりなさいよ」

 エミリア嬢が呟く。
 誰もが彼女を見る。

「あなたたちは、これからケイカの死の上で生きていかなくてはならない。責任をとって不幸になろうなんて考えないで。不器用なあの子が最後に願ったのは、あなたたちの幸せなの。
 だから、・・・慰謝料も求めもしなかった。婚約解消だって、大事にならなかったんだから!すべて、ケイカが望んだことなの!あの子の望みを台無しにしないで!」

 『不幸になれ!』そう言われる方が楽だった。

「エミリアはどうするの?」

  エリアルが気まずそうに聞く。

「私はフレイ様との結婚が待ってるわ。ケイカの分も、幸せに、なる、に・・・きまってる、・・・のよ」

 涙を流しながらくしゃくしゃな笑みを向ける顔が印象的だった。





*******


 金木犀の咲く季節がまたやってきた。

 あれから十五年たち、僕とエリアルは仲の良い夫婦として有名である。僕らは男の子をもうけた。

 時折り、仲の良い夫婦を演じているだけに思える時もある。お互いに彼女のことを忘れられず、ギクシャクするときもあった。

 それは、カインゼル殿下も同じだろう。

 それをうまく隠して、僕らは生きている。

 誰が何といおうと、僕らは「幸せ」であることを見せつける。

 これほど「幸せ」が辛いものだとは思わなかった。でも、これは仕方ないことなのだろう。

 僕らの罪の証なのだ。


 金木犀の匂いがするたびに、僕は自分の愚かさを思い起こさせた。
 彼女を思い出す。どうしても忘れることはできなかった。

 銀色の髪に金木犀の花冠を被った少女を思い出す。
 涙を流し、美しくカーテシーをする姿を思い出す。
 
 あの夢のような一幕が脳裏から離れない。
 

 金木犀の花言葉が「初恋」ともいうのだと今の僕は、知っている。

 この金木犀の香りがするたびに。
 香りは思い出をより起こさせる。
 僕は初恋の妖精に似た彼女の姿を一生想い続けていくのだろう。

 


 ー、君にもう一度だけ手紙を送りたい・・・

 叶うことない望みを胸に、僕は金木犀の匂いを吸い込んだ。






 ◇◇◇◇◇

 殿下視点、エリアル視点二つで終わりになります。



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