【完結】金木犀の香る頃

彩華(あやはな)

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 僕ははじめて婚約者の顔を知った。
 
 青白く生気がかけた顔色で、艶やかに笑う顔。

 彼女は涙を流して、妖精の踊りのような美しいカーテシーをした。

 今思い返すとあの姿を見て初恋の少女を彷彿とさせた。

 ーまさか・・・。そんなはずはない・・・よな

 それに、本当に初恋の人だとしても今更のこと。
 僕の心にはエリアルがいるのだ。
 彼女が全てー。初恋は初恋。今現在が大事なのだ。


 彼女に対して、すまないことをしたー

 そんな気持ちはあった。
 だが自分の行いに対して、悪いことをしたという気はこれっぽっちもなかった。

 僕はといえばあの後、屋敷に帰って父に怒られた。
 どうして二年待てなかったのかと。彼女と僕の関係は何故か二年だけのものだったらしい。
 そんな話は知らないし聞いていなかった。
 何故二年なのかは父は教えてくれなのか?

 例え、ニ年のことだとしても僕はエリアルを待たしたくない。だから、この選択は間違っていないのだ。

 当然、出資はなくなる。
 だが、今までの出資を返さなくてよかった。慰謝料も請求されていない。

 なら、よかったのでは?と思うのに、父は暗い顔で、アシュレイ公爵に罪悪感を抱いているようだった。
 「すまない」と部屋で酒を飲みながら幾度も呟いているのを見たが、僕には理解できないでいる。

 今僕らは、以前と変わらない日常を送ったいる。
 あのような公の場で婚約を解消したと言うのに、カインゼル殿下の継承権もそのまま、エリアルや僕のことも話題にはのぼっていなかった。

 僕は嬉しさのあまり、スマにエリアルのことを報告したが、返事は返ってこなかった。
 手紙がなくなっていたのだから、スマの元に届いているはずだとは思う。

 祝いの席でのことをどこかで知ってしまったのだろうか?もしかして軽蔑していたのだろうか。

 それでもいい。

 僕は幸せだった。

 エリアル嬢と一緒になれる。
 国王陛下が認めてくれたのだ。

 後ろめたいことは、何一つない。

 ただ、エリアルは親友だった彼女のことを心配していた。
 あの後、幾度か屋敷を尋ねたらしいが門前払いされたらしい。

 僕にすれば、どうでも良かった。だが、エリアルに悲しい顔をさせる彼女を許すことはできず、いくばくか腹が立っている。

 確かに僕が悪いのかもしれない。
 でも、でもだ。
 僕はエリアルが好きである。
 
 彼女は僕に好きな人がいることを知っていたはずだ。
 浅ましい女ときいている。そんな彼女から解放されたことを喜ばずにいられない。


 僕とエリアルは、学園卒業後、すぐに結婚をした。

 元婚約者と予定していた結婚式をそのままにして執り行ったのだ。

 身内だけの小さなものになった。
 それでも、僕らには不満はない。

 好きなもの同士の幸せな結婚式なのだ。

 それのどこに不満をいだこうか。

 僕は美しい花嫁に酔いしれた。

 

 

 僕らの結婚式を挙げて一週間して、王宮からエリアル宛に手紙がきた。

 中を見たエリアルの手が震えている。

「ケイカ!?」
「エリアル?どうしたの?」
「クロード、馬車を、ケイカの屋敷に馬車を出して」

 慌てるエリアル。嬉しいのか、喜びに満ちた顔で僕に頼み込んできた。

 僕らはケイカ嬢の屋敷に向かう。
 屋敷に着くと、そこにはカインゼル殿下もいた。

 僕らが来るの待って屋敷の侍女が部屋を案内してくれる。

 公爵家とは思えない薄暗い室内。人がいないのか物音一つしないのはどうしてなのか?

「どうしたの?いつもより人がいないわ?」

 エリアルが不思議そうに言う。
 侍女は、僕らを歓迎していないのか、目を合わすこともなく、無言で案内した。

 一室に案内される。
 部屋に入ると、金木犀の匂いが漂ってきた。

 窓から、金木犀の匂いが入ってきているのだろう。いや、金木犀の咲く時期はすでに終わっている。

 窓辺にエミリア嬢が立ったいた。

 真っ赤に目元を染めたエミリア嬢。

「待ってたわ」

 彼女の笑顔は冷たい物だった。

 
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