【完結】彼岸の花を手向に

彩華(あやはな)

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 実家に帰って、1ヶ月がたったころ、兄が私に縁談を持ってきた。

「お前、ダージア侯爵を知っているか?」

 知っている。
 今やり手の貿易店をしていると聞いたことがあった。

「当主パドリック様がお前をご所望している。嫁に行け」

  私は兄を見た。冗談で言っているようではない。

「私をですか?何のために?」

 アルドが死んで、私は常に喪服で過ごすようになった。
 巷では疫病神ホードゥーと呼ばれているのを知っている。実の母親の命を奪って生まれた女。結婚当日に婚約者に逃げられた女。金で男を買った碌でもない女。そして、その男を死に至らしめた女。
 疫病神ホードゥーなのだ。だから、喪服でいる。

疫病神ホードゥーがいいらしい。そんな女を飼い慣らしたいんだとさ。良かったな。穀潰しにならなくて。わかってるな。リコ。お前は言われたように過ごせばいい」 
 
 兄の表情は変わらない。何を思っているのかわからなかった。
 どうでもいい。

「この格好で構わないというのであれば、お受けします」

 私は承諾した。

 その1週間後にはパドリック・ダージア公爵のもとに嫁いだ。

 彼は、私より30歳ほど年上の方だった。

 そして、嫁いでからわたしは知ることになる。

 この結婚は形だけのものだと。
 彼には亡くなった正妻に一人息子がおり、すでに成人した息子が商会を運営している。
 そして、パドリック様自身は若い愛人が2人侍らせていた。彼女たちの間には3人の子供もいる。私は夜の相手をしなくて良いらしい。

 ただ、『疫病神ホードゥーを買った勇気ある者』としての見栄と、これからの商売拡大の広告塔として私を選んだだけで妻としてではなかった。

 どんな立場であろうと私には構わなかった。
 あの家実家から出ることができたのだから、不満はない。愛されなくても困らない。
 嫉妬も妬みもなかった。

 どんなに見向きをされなくても、最低限の暮らしができれば不便はない。

 パドリック様の愛人たちがマウントをかますことはあったが受け流しているうちに、静かになった。周りもいつしかそれを受け入れ、私を放っておいてくれていた。


 時たま連れられていく社交界だけは私の仕事だった。喪服とトークハット姿の私に誰もが引く。不躾だと叱る者もいたが私が疫病神ホードゥーとしると、皆口をつぐみ去っていった。

 見せ物のように連れ回るパドリック様にさえ何も思わない。

 それが商売のためになるのなら、私の価値はあるのだろう。

 そんなふうに暮らしていた。
 
 だが、そんな生活も2年と持たなかった。

 パドリック様は3人目の愛人を迎え、夜の営みをしている最中に発作を起こし帰らぬ人になったのだ。

 やはり、私は疫病神ホードゥーなのだろうか?
 


 
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