上 下
5 / 8

5.

しおりを挟む
 実家に帰って、1ヶ月がたったころ、兄が私に縁談を持ってきた。

「お前、ダージア侯爵を知っているか?」

 知っている。
 今やり手の貿易店をしていると聞いたことがあった。

「当主パドリック様がお前をご所望している。嫁に行け」

  私は兄を見た。冗談で言っているようではない。

「私をですか?何のために?」

 アルドが死んで、私は常に喪服で過ごすようになった。
 巷では疫病神ホードゥーと呼ばれているのを知っている。実の母親の命を奪って生まれた女。結婚当日に婚約者に逃げられた女。金で男を買った碌でもない女。そして、その男を死に至らしめた女。
 疫病神ホードゥーなのだ。だから、喪服でいる。

疫病神ホードゥーがいいらしい。そんな女を飼い慣らしたいんだとさ。良かったな。穀潰しにならなくて。わかってるな。リコ。お前は言われたように過ごせばいい」 
 
 兄の表情は変わらない。何を思っているのかわからなかった。
 どうでもいい。

「この格好で構わないというのであれば、お受けします」

 私は承諾した。

 その1週間後にはパドリック・ダージア公爵のもとに嫁いだ。

 彼は、私より30歳ほど年上の方だった。

 そして、嫁いでからわたしは知ることになる。

 この結婚は形だけのものだと。
 彼には亡くなった正妻に一人息子がおり、すでに成人した息子が商会を運営している。
 そして、パドリック様自身は若い愛人が2人侍らせていた。彼女たちの間には3人の子供もいる。私は夜の相手をしなくて良いらしい。

 ただ、『疫病神ホードゥーを買った勇気ある者』としての見栄と、これからの商売拡大の広告塔として私を選んだだけで妻としてではなかった。

 どんな立場であろうと私には構わなかった。
 あの家実家から出ることができたのだから、不満はない。愛されなくても困らない。
 嫉妬も妬みもなかった。

 どんなに見向きをされなくても、最低限の暮らしができれば不便はない。

 パドリック様の愛人たちがマウントをかますことはあったが受け流しているうちに、静かになった。周りもいつしかそれを受け入れ、私を放っておいてくれていた。


 時たま連れられていく社交界だけは私の仕事だった。喪服とトークハット姿の私に誰もが引く。不躾だと叱る者もいたが私が疫病神ホードゥーとしると、皆口をつぐみ去っていった。

 見せ物のように連れ回るパドリック様にさえ何も思わない。

 それが商売のためになるのなら、私の価値はあるのだろう。

 そんなふうに暮らしていた。
 
 だが、そんな生活も2年と持たなかった。

 パドリック様は3人目の愛人を迎え、夜の営みをしている最中に発作を起こし帰らぬ人になったのだ。

 やはり、私は疫病神ホードゥーなのだろうか?
 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

この影から目を逸らす

豆狸
恋愛
愛してるよ、テレサ。これまでもこれからも、ずっと── なろう様でも公開中です。 ※1/11タイトルから『。』を外しました。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

処理中です...