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 マルス様は店員が呼んでいた衛兵に連れて行かれた。
 連行される際も、騒ぎたてていたが、店員が気を利かせてくれたおかげで、表だっての騒ぎにならずにするだ。

 マルス様は店員の応急処置をして、裏口からロマニズ家へと帰る。
 馬車に揺られる間、ずっと彼の手を握りしめていた。

 屋敷につくと従者がアーサー様を抱えて中に入る。
 後を追おうとした時、背後からエマの声がした。

「ノエル!」

 エマの顔は真っ青になっている。

「エマ・・・?」
「ノエル。話は聞いたわ。怪我はない?」

 頷く。

「私は・・・大丈夫。それよりアーサー様が・・・」
「アーサーは簡単にくたばんないわよ」

 そんな簡単な話じゃない。あんな傷を見たら・・・。

「大丈夫」

 不安になる私の背中を摩ってくれた。


 アーサー様の傷は手と腕、腹部にあり、腹部の傷が一番酷い。

 医師からは、こんな傷で屋敷まで連れ帰ったことを叱られたが、ことがことだけにどうしようもなかった。
 公爵家の人間が痴情のもつれで刃傷沙汰というのも評判に拘るという上に、その相手が他国の者であるのも体裁が悪い。
 なにより、私のことを思っての行動である。

 申し訳なさでいっぱいだった。

 傷からくる熱でうなされるアーサー様の看病を買ってでる。

 泣いちゃダメ。
 涙が幾度も溢れそうになるのを堪え、アーサー様の額に置かれた布を交換した。

 目を覚ましてー。

 早く彼の黒曜石のような瞳を見たい。私に笑いかけて欲しい。また、いつものように討論をしたい。声が聞きたい。

 二日経っても熱が下がらず、熱い手を握りしめた。
 

「ノエル」 

 意外な声が聞こえ、私は扉を振り返った。

「お兄・・・様?」
 
 そこには兄が立っている。
 なぜ、ここにいるのだろうか?
 わけがわからない。

「なん、で?」

 兄はゆっくりこちらに近づいてくる。

「酷い顔だな。可愛い僕の妹はどこだ?こんな顔にしたやつはまだ寝てるのか?」
「お兄様・・・」

 にこやかに話す兄は私の髪をなぜながら説明してくれた。

「隣の国で仕事していたら、マルスあの馬鹿のしでかしの話が飛び込んで、引き取りの手続きに来たんだ。やつは上司が処理してくれる。僕はノエルのケアーのために休みをもぎ取ってきた。ノエル、泣いていいんだぞ」
「あぅっ・・・」 

 兄の言葉が引き金となり涙が溢れ出した。兄はそんな私を抱きしめる。

「お兄様っ。お兄様。アーサー様が。私を庇ってっ!私、私のせいで・・・」

 一度堰を切った涙はとどまることはできない。

 ロマニズ家のみんなも、エマも、これは私のせいじゃないと言った。
 誰も責めない。
 でも、アーサー様が傷ついたのは私のせいだ。私がいたから・・・。

 私は兄の胸の中で泣き付かれるまで泣き続けた。


 だから、兄の言葉は聞こえなかった。

「妹を泣かすな。馬鹿が。早く目を覚ませ・・・」
 
 
 

 
 
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