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49.エマ視点

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 母様の行動は早かった。テキパキと準備を済ませると、馬車に用意した荷物を積み込み、ロマニズ公爵家へと向かう。
 馬車の中で、小さな小瓶を渡された。

「これは・・・?」
「予防薬よ。さあ、飲んで」

 いつの間に用意していたのか?
 隣に座るノエルは考えることもなくすぐに飲み干した。

「エマまで来る必要はないのだから、飲まないなら帰りなさいね」
「飲みます。ノエルだけにはしないわ」

 アーサーの元にノエルを置いておけるわけがない。わたしは薬を一気に飲み干す。その甘苦い味に眉をしかめた。

 ロマニズ家に着くと、いつもなら人の出入りが多い屋敷は静かで、警備に立つ兵も硬い顔をしている。

 馬車が中庭を抜け、建物の前に止まった。

「姉上!なぜきたのです?」

 叔父様が急いでやってきて、叫ぶ。
 母様が先に降りようとして、ノブに手をかけたが開かない。
 叔父様が、馬車の扉を押して開かないようにしていた。

「姉上。すぐにお戻りください」
「アルバート!わざわざ来た姉を追い出すの?」
「ですから、アーサーが風邪を引いたのです。隔離はしていますが、この屋敷も人数を制限して外部との交流も遮断しているんですって」
「わかっているから、当面の食料なども用意してきたのよ!」
「そ、それはありがたいですが。いえ、荷物は受け取りますからお帰りを!」
「もう、くどい!心配して来たわたくしたちを追い返そうだなんて・・・」

 母様はドレスの裾を持ち上げたかと思うと、すっと息を吸い込み勢いよくドアを蹴った。

 バァンと音と共にドアの金具が外れ、叔父様とともに吹っ飛ぶ。
 それを見たノエルが固まった。

「エマっ!?」 

 火事場の馬鹿力というのだろうか。怖い母様の本性が垣間見る。怒ると凶暴化する母様。変人であるロマニズ家の家系で母様が肉体的変人かもしれない・・・。

「ノエル・・・。なにも言わないであげて・・・」
「・・・うん」

 母様は素知らぬ顔でゆっくりと馬車から降りると、ドアを抱え倒れ込んでいる叔父様の前に立って見下ろしていた。

「アルバート。予防薬は飲んだから大丈夫よ。なんとかなるわ。それより、アーサーを心配してる子がいるのよ、ねっ?言いたいことわかるわね?」
「今・・・、屋敷には兄上はいません。アーサーの風邪が判明した時点で皇城に泊まり込みになりましたし、ロイドも同様ですので、今この屋敷は僕が代行しています。姉上・・・やエマに何かあればヴァンダー侯兄君になんと言えば・・・、それにノエルも・・・」
「あぁ、もう、学者のくせに、こういうことに関しては頭が固い!そんなこと、なったらなった時にでも考えればいいのよ!」

 ふんと鼻を鳴らす。

「ほら、元気な者は荷物をおろして。よく食べてしっかり寝たら風邪を引きにくくなるものよ。辛気臭い顔もダメよ。笑う方が免疫力も活性化するっていうでしょう!!」

 元気な声が響く。その声にメイドたちが動き出す。
 そろそろ大丈夫かと思い、わたしたちも降りた。
 
「先生、大丈夫ですか?」

 ノエルはドアを盾にしたままの叔父様に近づいてしゃがみこむ。

「ノエル・・・」
「アーサー様は?」

 叔父様は、ドアを横に置くと、ノエルの頭を軽くなぜた。

「大丈夫だ。汗をかき出したからもうじき、熱が下がるだろう」
「アルバート」
「あ、はい、姉上!」

 母様の声に叔父様の手は止まり、その場で姿勢が伸びる。

「馬車のドアの修理お願いね。あと・・・、お兄様と夫には黙って頂戴よ」

 蝶番が壊れた馬車とドアを見て、みんなの心が聞こえた気がした。

(あの修理、簡単に直せないわよ。絶対にバレるに決まってるって。黙ったままなんて・・・確実に無理よ・・・。あとは・・・アルバート様に任せましょう・・・)

 わたしがメイドたちならこう思う。
 案の定、荷物を運ぶメイドたちは呆然としている叔父様を哀れげに見ている。
 
 ただ、私だけは違う光景も見えた。父様が壊れた馬車を見て、肩を落として涙を流す姿が・・・、思い浮かんだ。

 
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