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先生の前で泣いてしまった。
先生は本当に変わっている。私の話を黙ってひたすら聞いてくれた。気休めの言葉も慰め言葉もない。それでも聞いてくれるだけで落ち着くことができた。
思っていたことを全部吐き出すと気が楽になる。
だからまた頑張ろうと思えて、論文をまとめる。
私は私のしたいことをしても良いだろうか。
ロード先生を横目で見ればなにも言わず、優し今眼差しで私のすることを見守ってくれている。
大丈夫だ。前を向こう。
兄は言った。論文を書いてロード先生に認めてもらえ。そして、留学する資格を得て、国外に行け。留学するにあたりマルス様との婚約を解消に持ち込めばいい、と。
頑張らなくてはならない。
このままではマルス様と結婚しなければならない。結婚すれば、私は一生マルス様の家から出られなくなってしまう。好きな本さえ読めなくなるかもしれない。
限られた変わらない世界で得意でもない刺繍を毎日を過ごすのだ。
私にとって拷問としかいいようがない。
それにそんな私をマルス様はずっと愛してくれる?
いや、無理だ。マルス様はきっと他の方に目を向ける。傷のない美しい女性に。
今だってそうそうなのだから。
昨日の楽しそうに女性と語らう姿が目に浮かぶ。
そんなマルス様を愛するなんて、愛し続けるなんて私には到底無理である。苦しくなるだけだ。
それがわかっていながら『幸せな未来』を描くことができない。
一人で生きていくことの方がいいに決まっている。
それに母だって、私がいなくなれば喜ぶはず。
私は論文に向かい合う。
文献や辞書とも睨めっこをしながら自分の意見をまとめていく。書いていると、名前も知らない彼の顔が幾度も頭の中に浮かんできた。その度に新しい発見や気になることが出てきて、執筆を後押しする。
夏休みに入る前日、思っていたより早く書き上げることができた時には自分でも驚いた。
ロード先生はなぜか笑い転げる。
「すばらしい。冬の査定までにできればと思っていたんだが、早めて提出できるとは。下地があったとはいえ、ここまで短時間でまとめ上げるなんて普通の学者でも到底無理だ。どれだけ知識を得ていた?君はすごい!!」
手放して褒めてくれた。
「ありがとうございます」
「さぁ、あとは僕の出番だ」
論文の束を持ち悪巧みをする子どものような笑みを浮かべる。
「さぁ、帰りなさい。これは今日中に出しておこう。興奮してなかなか寝付けないかもしれないが、ゆっくり身体を休めるんだよ。と言っても明日からは夏休みだ。いい休暇を送りたまえ」
「・・・はい」
先生に促され、いつもより早めの帰路につく。
屋敷に帰ると母から形だけの変わらない言葉をかけられたが無視をして自室に入った。
制服も着替えずにベッドに横たわる。
やっと書き上げた論文を思うと自然と笑顔になった。
「書けたわ」
満足感でいっぱいだ。
こんなに満たされたのははじめてかもしれない。
興奮しているはずなのに安堵からか、私は侍女が夕食を呼びにくるまで寝てしまう。
そのせいで、夜はなかなか寝つくことができなかった。
先生は本当に変わっている。私の話を黙ってひたすら聞いてくれた。気休めの言葉も慰め言葉もない。それでも聞いてくれるだけで落ち着くことができた。
思っていたことを全部吐き出すと気が楽になる。
だからまた頑張ろうと思えて、論文をまとめる。
私は私のしたいことをしても良いだろうか。
ロード先生を横目で見ればなにも言わず、優し今眼差しで私のすることを見守ってくれている。
大丈夫だ。前を向こう。
兄は言った。論文を書いてロード先生に認めてもらえ。そして、留学する資格を得て、国外に行け。留学するにあたりマルス様との婚約を解消に持ち込めばいい、と。
頑張らなくてはならない。
このままではマルス様と結婚しなければならない。結婚すれば、私は一生マルス様の家から出られなくなってしまう。好きな本さえ読めなくなるかもしれない。
限られた変わらない世界で得意でもない刺繍を毎日を過ごすのだ。
私にとって拷問としかいいようがない。
それにそんな私をマルス様はずっと愛してくれる?
いや、無理だ。マルス様はきっと他の方に目を向ける。傷のない美しい女性に。
今だってそうそうなのだから。
昨日の楽しそうに女性と語らう姿が目に浮かぶ。
そんなマルス様を愛するなんて、愛し続けるなんて私には到底無理である。苦しくなるだけだ。
それがわかっていながら『幸せな未来』を描くことができない。
一人で生きていくことの方がいいに決まっている。
それに母だって、私がいなくなれば喜ぶはず。
私は論文に向かい合う。
文献や辞書とも睨めっこをしながら自分の意見をまとめていく。書いていると、名前も知らない彼の顔が幾度も頭の中に浮かんできた。その度に新しい発見や気になることが出てきて、執筆を後押しする。
夏休みに入る前日、思っていたより早く書き上げることができた時には自分でも驚いた。
ロード先生はなぜか笑い転げる。
「すばらしい。冬の査定までにできればと思っていたんだが、早めて提出できるとは。下地があったとはいえ、ここまで短時間でまとめ上げるなんて普通の学者でも到底無理だ。どれだけ知識を得ていた?君はすごい!!」
手放して褒めてくれた。
「ありがとうございます」
「さぁ、あとは僕の出番だ」
論文の束を持ち悪巧みをする子どものような笑みを浮かべる。
「さぁ、帰りなさい。これは今日中に出しておこう。興奮してなかなか寝付けないかもしれないが、ゆっくり身体を休めるんだよ。と言っても明日からは夏休みだ。いい休暇を送りたまえ」
「・・・はい」
先生に促され、いつもより早めの帰路につく。
屋敷に帰ると母から形だけの変わらない言葉をかけられたが無視をして自室に入った。
制服も着替えずにベッドに横たわる。
やっと書き上げた論文を思うと自然と笑顔になった。
「書けたわ」
満足感でいっぱいだ。
こんなに満たされたのははじめてかもしれない。
興奮しているはずなのに安堵からか、私は侍女が夕食を呼びにくるまで寝てしまう。
そのせいで、夜はなかなか寝つくことができなかった。
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