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18.ロード先生

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 彼女のことを知ったのは偶然だった。

 自分は30年以上学園に勤めていれば、教授の地位でいようと名ばかりになり、いち教師としてしか認識されない。

 しかも、毎年同じ授業を教えるのだから刺激が欲しく感じていた。
 学年ごとに個性はあっても似たり寄ったり。飛び抜けた子がいたとしても、学年が上がるごとに埋没してゆく。長い物には巻かれろというやつだ。
 貴族社会の上下関係は昔から変わらない。

 はぁ~。

「暇そうですね」

 暇だというよりやっと面倒臭いテストが終わったのだから、気も抜けるというもの。
 
 大きく息を吐けば同僚に白い目を向けられた。僕の方が年上なノエルだが、誰も敬いやしない。逆に持て余し者扱いされている。

「暇なら、そこのプリント整理でもしてくださいよ」

 同僚が入り口に置いてあるプリント回収の棚を指差す。仕方なく立ち上がり、担当の先生の机に配っていく。

 後輩ーハルドのところのだ・・・と持ってきた論文らしきものを見て僕は驚いて手を止める。
 
 なんだ、これはー。

 題名に『ブルトリア国 恋愛小説からみる生活様式』と書かれた文に興味を引いた。
 
 誰だ?こんな物を書いたのは?女の子の名前?

「ハルド。これは誰のだ?」
「あぁ?それか。あれだ。ノエル・エルトニー嬢のだ。出席日数が足らない分を補填して欲しいと兄のライールが直接言いにきたから仕方なく宿題でだした。しかし、なんでレポートと論文なんだか」

 それを聞いた他の教師が小馬鹿にする。

「彼女にできますかね?」
「無理だろう。授業にも出てないのに、できるわけないだろう。所詮形だけのもんさ」

 下品な笑いが起こる中、ざっと論文とレポートに目を通しながら僕だけは違う意味で笑っていた。

 ライール・・・。
 
 僕は思い出す。ライールとは数年前に卒業して今は外交官として働いている。彼は特待生として扱われるほど優秀だった。長い間、教員をしていて彼は本当に素晴らしいと思った人物だ。真面目なだけかと思えばそうではなく、媚びることもしない芯のある生徒だったからこそ覚えている。ただ一つ残念だったのは、ことあるごとに「妹第一主義」だったこと。ありえないほど妹に固執していた。

 彼の妹ー。入学していたのか。
 どんな子だ・・・。
 
 考えてこむ僕の耳にまた何人かの心無い会話が聞こえてくる。

「醜い傷がなけりゃあ、綺麗だっただろうになぁ~」
「本当ですよね~」
「傷が気になって欠席するなら、学園をやめりゃあーいいのに」
「学園を卒業していないと、無能扱いされて嫁にも行けませんけどね」
「どのみち顔に傷があれば嫁にしたくないがな」
「そう思うとマルスが可哀想だな」
「確かに」
「いくら点数が欲しくて色仕掛けしてきても俺はお断りするな」

 醜い傷?
 今年の一年生で顔に傷があるからと、授業を欠席をしている子がいるとは聞いていたが、そうか彼女がライールの妹か・・・。

 違う意味で興味を引く。

「ハルド」
「なんです。ロード先生」
 
 彼の名前を呼ぶと、一応下品な笑いをやめて僕を見上げてくる。
 それでも他人を貶す目が気持ち悪く見えた。

「彼女の受け持ちは僕がしてもいいかい?」
「あぁ?」
「彼女は欠席してるんだよね?なら、僕が個人的に受け持つようにするよ。そうすれば君に迷惑はかからない」

 こんな面白そうな子を無知な奴に渡したくない。

「あのね、ロード先生。あなたも長い間教師をしているのだからルールは知っているでしょう。クラス分けをしてそれを担任という形で教師が受け持つんですよ。特例が認められるわけがないでしょうが」

 鼻で笑う彼に、一理あるとは思う。
 だが、こんな奴に任せていたら、彼女の能力が埋もれてしまう。それでは勿体無い。
 こいつに彼女は豚に真珠だ。

 ならば、どうしたものか・・・。

 使いたくないが、こんな時は権力を借りるのも悪くないな。

「じゃぁ、上を認めさせればいいのだね」
「はぁ~?」
「早速掛け合いに行ってくるから、僕は帰るよ。これはよろしく」
「なっ!仕事はっ!!」

 プリントの束をハルドに押し付け、踵をかえす。
 背後でハルドの声がしたが構わず、彼女の論文とレポートを手に持って部屋を出た。

 そしてその足で、王宮へと向かう。
 会いに行くのは国王だ。
 僕を学園の教師に縛りつけた元同級生だった男だ。

 彼ならこの良さを知ってくれるはず。

 楽しい一夜にしようではないか・・・。

 あははっ、笑いが止まらないー。
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