上 下
47 / 51

40.オブライド殿下視点

しおりを挟む
 なぜ、自分は母上の前にでたのであろうか?

 なぜ僕は彼女を庇ったのだ?

 彼女には護ってくれるものが沢山いたというのに?
 でも身体が勝手に動いた。

 
 彼女の周りにいるものたちは皆、彼女を優しく見ていた。
 見守っていた。

 あれが『愛』というものなのだろうか?
 
 温かく見える。
 空気だけではない。色までもが違って見える。

 彼女もそれに応えるように笑顔を返していた。

 僕にも向けて欲しい?!

 本当に欲しかったものは・・・。
 物じゃなかった。


 僕は・・・羨ましかったのだ。

 ずっと一人だったから。
 誰も僕を見てくれないから。
 僕の後ろにある『権力』だけを見ているから。
 媚びる。ひれ伏す。

 そるは僕の欲しいものじゃなかった。

 僕が欲しかったのは『笑顔』や『温もり』だったんだ。






 目の前の母上は呆然と真っ赤になった手と僕を交互に見ていた。

 その姿が少し面白く思えた。そんな顔もするんだ、と。

 膝から力が抜けた。地面に倒れたというのに痛いとは思わなかった。刺されたところが熱くてそれどころでなかった。


 どくどくと腹部から音がする。
 鼓動の音が大きく感じる。
 痛い。
 熱い。

「どうして!?」 

 彼女の声が近くで聞こえた。
 目を開けると僕の刺された腹部を圧迫していた。

 あんなに僕に怯えていたはずなのに、躊躇なく触っているなんて・・・。
 ドレスが汚れるのに・・・。

 君は本当に優しい。
  
 嬉しい。


「・・・羨ましかったんだ」

 気づけば呟いていた。


「君は僕を見てくれた。どんな形であれ、僕を王子としてでなく、人として・・・。ははっ。僕は叱られたかったんだ。笑いかけてほしかったんだ。
 両親に見て欲しかった。
 でも無理だよなぁ。
 こんな人を羨んでばかりの親が僕を見るはずない。
 でも『愛』されたかったんだ」

 どくどくと流れ落ちていくのがわかる。
 目の前がぼやけてくる。

「黙って!」

「僕はこの人らの子供だけあって不完全な人間だな・・・」


 頭の中の情報がまだまとまっていない。

 固執していた泣きそうな顔の女性が姉か妹であること。信じられなくともその瞳が証明している。

 自分が執拗に求めていたのは同じ血が流れていたからなのだろうか?

 いや、純粋に僕を見てくれていたから気になっていたのか・・・。

 でもなぜか同じ血が流れている事が嬉しかった。
 同じ父親でも僕とは違う。なのに彼女は僕とは違う生き方をしている。そんな生き方もあるのだとー。

 悩み苦しみ、足掻きながら生きていた。
 
 だから羨ましい。
 だから憧れる。

 誰もから『愛』されている君がー。



 あぁ、痛い。

 その痛みが今まで僕が他人に与えた痛みでもあるのだろう。

 因果応報だ。当然の報いだ。

 僕は人の苦しむ姿を笑っていた。
 こんな苦しみの中、心無い笑いなどどれほど憎かっただろう。

 今こうやって涙を落とされるこの優しさが嬉しいと思う僕は贅沢なのだろう。

 罵声が聞こえる。

 『死ぬな』

 僕は死んでしかたない人間だ。
 

 黒い死神が鎌首をもたげ、近づいてきている。
 後ろには僕が殺した人たちが、憎しみのこもった目で僕を睨みつけている。

 黒い煙のような手が何本も僕に近づき絡み取ろうとしている。


 もし。もし、来世を認めてくれるなら、僕は温かな家族が欲しいー。
 温かな笑顔と優しい言葉が欲しい。
 温かな胸の中で抱きしめて欲しいー。
 人を『愛』してみたい。
 人から『愛』されてみたい。


 ねぇ、セシリア。最後に願えるなら、

 一度でいいから、君に抱きしめて欲しかった。
 


   


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

鐘が鳴った瞬間、虐げられ令嬢は全てを手に入れる~契約婚約から始まる幸せの物語~

有木珠乃
恋愛
ヘイゼル・ファンドーリナ公爵令嬢と王太子、クライド・ルク・セルモア殿下には好きな人がいた。 しかしヘイゼルには兄である公爵から、王太子の婚約者になるように言われていたため、叶わない。 クライドの方も、相手が平民であるため許されなかった。 同じ悩みを抱えた二人は契約婚約をして、問題を打開するために動くことにする。 晴れて婚約者となったヘイゼルは、クライドの計らいで想い人から護衛をしてもらえることに……。

(完結)戦死したはずの愛しい婚約者が妻子を連れて戻って来ました。

青空一夏
恋愛
私は侯爵家の嫡男と婚約していた。でもこれは私が望んだことではなく、彼の方からの猛アタックだった。それでも私は彼と一緒にいるうちに彼を深く愛するようになった。 彼は戦地に赴きそこで戦死の通知が届き・・・・・・ これは死んだはずの婚約者が妻子を連れて戻って来たというお話。記憶喪失もの。ざまぁ、異世界中世ヨーロッパ風、ところどころ現代的表現ありのゆるふわ設定物語です。 おそらく5話程度のショートショートになる予定です。→すみません、短編に変更。5話で終われなさそうです。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

処理中です...