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9.セシル

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 怒りや哀しみが消えて以来、ずっと笑っている。
 
 君は気づいていない。

 どんなに怒りや哀しみが消え去ろうが、君の心は傷ついている。ナイフで切り刻むように、深く、広く。
 それに気づいて欲しい。
 そんな君を見ていたくない。
 もう、笑わないでくれ。

 彼女を抱きしめた。



「殿下。お遊びは終わりにしてください」

 僕はリディアを抱きしめたまま、王太子殿下に言った。

「セシル。一気に可愛く無くなったね」

 残念そうに言われても困る。
 こっちが、の僕だ。

「対価は渡しました。とっとと、彼女の感情を戻してください」
「だから、できないって言ったわよ」
「はっ?では、何のために僕は、髪を対価にしたのですか?」

 この男は。
 王族特有の魔力の高さを持て余して、をしてまで、をしていたとは信じられない。
 魔女を求めてやってくるものもいるのだから、あながち遊びだけではないのかもしれない。
 が、しかし、はいただけない。

「なくなった感情は戻らないけど、新たな感情を生むことはできるものよ」

 色っぽく言われても、背筋が寒いだけだ。
 いつまで、その姿でいる気なのか?
 姉上もそれで・・・いいんだ・・・。
 楽しそうに、殿下を見ていないで欲しい。

「セシル、あなたの思う通りになさい」

 くそっ。
 やはり、僕の気持ちに気づいていたのか・・・。

 僕は、リディアを見た。

「リディア。わたし・・・僕は本当は男なんだ。グラバード家の男は18歳まで女として育てられると言う風習があるんだ。君を騙していてごめん。
 ずっと君と親友でありたかった。でも、もう親友のではいられない」
「セシル?」

 真っ黒な瞳が僕に向けられる。

「親友でいられない?」
「うん、親友のままでいたくない。君が好きだから。愛してるから。君にを好きになって欲しい」

 リディアはふふっと笑った。
 その顔は自然なものだった。

「セシルが必死になってる」
「そりゃあ、なるよ」

 真っ赤になってる顔を手で隠すと、リディアの指がそれをはずす。

「わたし、不完全な人間よ。愚かで醜い、悪女のような女よ」
「言ったはずだ。誰もが弱い心を持っていると。醜さがなんだ、愚かで何が悪い?人を好きになるのに、人が生きるのに、そんな感情はあって当然の事だ」

「わたし、重いわよ?」

「知ってる。ずっと見てきたから。でも、綺麗だと思ってきた」

「わたしには怒りも哀しみもないわ」

「そこのが言っただろう。
 新たな感情を生めるって。
 いっぱい愛を囁いて、君には僕を好きなってもらう。そうすれば、君は僕の事で一喜一憂するんだ。怒ってもらうよ。哀しんでももらうから、覚悟してね」


 リディアは笑った。
 嬉しそうにー。
 


 
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