上 下
3 / 28
1章 感情能力試験編

不審者の襲来

しおりを挟む
鉄と花と別れた後、信は夜食を買うために近くのコンビニに寄っていた。
「今日は何食うかなぁー……」
信は陳列された食品を見ながら呟いく。このコンビニの殆どの飲み物、スィーツ、パン等の食品はすでに食べ尽くしている。近くに引っ越してきてから週に5日くらいは来ている。新商品でない限り、何を食べるか毎回迷ってしまうのだ。
今日も風呂後に飲むベリーストロングメロンソーダを買うか、ベリーナイトブルーベリーソーダを買うか、飲み物コーナーで迷っていると突然のレジの方で怒声が聞こえてきた。
「ちょっと~お客さん!?お金支払わないと買えないよ!話聞いてるのかい!」
店員が怒鳴っていため、信は様子を見に行くことにした。
「どうしました?西国(サイコク)さん」
店員ともすでに顔馴染みであった信は話しかけた。
「あ、信くんかい?……実はこのお客さんここら辺の子じゃないっぽいんだけど、お金持ってないっぽいんだよ。けど、話がさっきから通じてないっぽいんだよなぁ……」
どうやら西国は金を支払わない客に怒っていたようだった。
レジの前には大きめの黒いパーカー着てフードで顔が少ししか見えない色白の女子がいた。
ーー信はそのパーカーの右肩に小さいがついている事に気がつく。
おそらく明日の感情能力体術試験に呼ばれた他校からの生徒だろう。
信達の高校は感情能力体術試験が開催される際、他校から優秀な生徒を呼びこみ、練習試合を行なっている。
選ばれる者はその高校の中でも相当な実力であり、それ相応の資金力があると聞く。
そのため、お金がないと言うことと話が通じない点はよくわからない。
「あ~…西国さん、この子知らないけどまぁきっと明日には知り合いになるだろうし、僕が払いますよ」
信はスマートグラスで支払いのメニューを開きながら伝えた。
「まぁ信君が支払ってくれるなら文句ないが……と言うか、知らないけど知り合いになるって初対面じゃないのかい?合計で500円だよ」
現在、この国では紙幣はあるがスマートグラスを使用した電子支払いが主流となっている。数十年前にスマートグラスが爆発的に普及したことにより、買い物の際に紙幣を使うのはスマートグラスを持たない小さな子どもか使用に手間取ってしまう高齢者くらいだ。
信はちょっきり500円支払い、買った物を渡そうとその女子に振り返った瞬間――「ふせたほうがいい」
と、何処からか女性の声が聞こえた。
瞬く間にコンビニの窓ガラスが全て割れ散り、禍々しい感情オーラを放ちながら黒スーツを着たライダーが侵入してくる。
「オラオラオラァー!!全て破壊してやっ!?」
男が言い終わる前に信は動いていた。
「ごふっ?!」
男の腹には信の右肘が入り、入口を突き破って店外の先にある空き地まで吹き飛ぶ。その信の一撃で男は気絶した。
「西国さーん、一応国守家に電話しといて~能力者の事件だからさ~」
そう言いながら振り返った瞬間、先程のパーカー女子の足が目と鼻の先まで来ていた。ガードしようとするが間に合わない……
――「っ!?」
しかし、その蹴りが信に届くことはなかった。
その女子は信の目の前で蹴る姿勢のまま動けなくなっていたのだ。その少女は指先一つ、微塵も動けないことが理解できていない様子だった。
「ちょっとちょっと~お客さん?買った品物忘れてますよ?」
と言い、店員の西国が女子の後ろまで歩いてきた。その西国の右手からは肉眼で見るのがやっとの細い糸がでており、その糸はフード女子の全身に繋がっていた。
――これは西国の感情能力《イモーションアビリティ》と呼ばれる力だ。
西国の能力は糸を自由自在に操ることが可能なことからパペット<操り人形>と言う異名が付けられている。その糸は音もなく身体に絡み、発動時間が短いことが特徴だ。
「西国さん……いや、西国元警部補……相変わらず能力発動の初速がバケモノですね」
信は目を輝かせながら感嘆した。すでに信が突き飛ばした黒ずくめの男も糸でぐるぐる巻にされ、身動きが完全に取れなくされていた。仕事も速い。
――「ちょっと!女性を縛ってどうするつもりなのよ!?」
また、何処からか女性の声が聞こえた。その声がどこから来こえているのか……信はすでに気がついていた。
「おい、お前の能力……思念系だろ?脳に直接話しかけてくるのやめてくれよ。あ、俺最近寝れてないからASMR的な感じで耳元に話してくれるなら……」
「うわ、キッショ……」
信が話し終わる前にそ フード女子は顔をひきつらせつつ、脳に言ってくる。
……たしかに今の自分は多少キモかったが脳に直接言われる言葉は予想以上に傷つくものだった。
「……西国さーん、この子他校からの生徒さんなので糸解いてあげてくださーい」
「信くんがそう言うなら……」
西国の糸がプツンと音を立て、彼女の全身から取れる。キツく締め付けていたはずなのに糸の跡は付いていなかった。
「んーと……君はどこの高校?」
信は尋ねる。
「気軽に話しかけないでくれるかしら」フード女子はそっぽをむいてしまう。
おっとプライド高い系の人か、これは気軽に話しかけすぎたかな、と信は対応を考える。
フード女子は西国から品物を受け取る。「これを買ってくれたことには感謝するわ…ありがとう信くん」
そう言ってその女子は姿を消した。信がフード女子の去った方を見ていると西国が話しかけてきた。
「……おい信くん。あの子……俺の糸を自分で切ってったぽいぞ?何者なんだ?」と切れた糸を見せてきた。
まじか、と信は思った。なぜなら、西国は元警部補でその糸で何人もの重罪人を逮捕してきた相当な実力者だったからだ。
その西国の糸を解いたように見せて自分で断ち切れる者など聞いた事がない。西国の能力で作られた糸を切る者はこの国は何人もいないだろう。
しかし、そんなことよりも……
「ありがとう……か、何年ぶりに聞いたかなぁーそんな言葉」
信はため息混じりに呟いた。結局信は夜食を買うことができず、家に帰った。
しおりを挟む

処理中です...