とあるゲームの転生者事情

広野狼

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遅れすぎれば、それはもうヒーローではない

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 ここがゲームの世界だと知ったのは、いつ頃だっただろう。確か、物心着く頃には知っていたと思う。
気が付けばゲームの世界だと思い、それが酷似しているだけなのではないかとも疑った。
けど、どう考えても、俺の名前は、主人公のデフォルトネームだったし、公式が発表していた主人公の幼少期と同じだった。
これが別にほのぼのとしたゲームだったら良かったんだが、このゲーム、一周目は絶対に全滅、滅亡エンドが待っていて、時間を巻き戻した主人公が、そのエンディングを避けるために働きかけるって言うのが基本的なストーリーなのだ。
 「恐らく今って一周目だよな。一周目で、二周目の行動を起こして上手く行くのかは分かんないけど、やらないわけには行かないよな」
全滅しても、時間を巻き戻せるのか分からない。死んだらそこで基本は終わりだ。ゲームでは巻き戻せても、現実でそれが出来るか分からないし、巻き戻った自分が自分である保証もない。
となれば、一回目でラストまで行くことを目指すべきだと思ったし、今もそれを後悔はしていない。
 「ただ、死んだら戻るが老衰も適用されるとはな」
巻き戻りの鍵は主人公の死だ。一年を過ぎて、仲間と事件がどんどんと明るみに出ていく気が付いたときには手遅れで、友人諸共の全滅がゲームでの一周目だった。
死ぬというか、死の直前で、不思議な力によって、引き戻されるような演出だったのだが、どうやら、主人公が死ぬことがトリガーとなるだけのようで、大往生の後に、目覚めると、二周目の起点に戻っていた。
しかし、事件そのものは、きちんと過去からも改ざんし、現在も過去も未来にも、あの存在は消えている。
要は、平和そのものの二周目の始まりだった。
 「喜んで良いのか分からないな」
俺の奥さんだった人は、過去、あいつらのせいで、好きな人を亡くしている。それがあって俺と結婚したわけだが、今の俺の奥さんは、好きな人を亡くすことなく過ごしている。
幸せだろう奥さんの今を壊す必要を感じないし、恐らく今が二周目だと知っているのは俺だけだ。
なにも知らない彼女に、前に結婚していたんです、なんて言えるはずもなく、また恋人から、結婚に漕ぎ着けられる保証はない。
どうしたものかと考えながらも、原因となる学園に入学するのを避けようかとも考えたが、自分の仮説が絶対だと思えなかった。
だから、入学はして、様子を見ることにしたのだが。
 「二周目の主人公がいる」
一周目の俺がクリアしてしまったせいで、何かしらのバグが起こったのだろうか。性別違いの主人公がいた。
もう、突っ込みどころがありすぎて、どこから突っ込んで良いのか分からない。
他の人間も、色々と差異が出ている。奥さんに会いに行かなくて良かったと、実にほっとする。
好きなのは確かだけれど、幸せになって欲しいのも確かで、その幸せは、別に俺が与える物でなくとも良い。
というか、本当は一周目も、出来るなら、好きな人と一緒になってくれたら良いと思っていた。
亡くなったと思って、俺と関係を育んだせいで、そう思えなかったのかも知れないと思うと、少し罪悪感もあったのだ。
俺が近付かなければ、幸せな世界で、彼女は笑っていたのかも知れない。
もう俺には分からない、もしもの話の有り得なかった未来だ。
けどこの世界なら、俺が知り得なかった、もしもが現実になる。別たれてしまった先の運命がどうなるかは分からない。
彼女が幸せになっていなかったら、そのときはそのときでまた考えよう。
なにより、この世界は平和だ。
新たな主人公である女の子は、恐らく俺と同じく、転生者なんだろう。そして、勉強が得意ではなかったか、思考に柔軟性がなかったのだろう。理解が及んでないのに発動だけさせられるとか、むしろその方が俺としては不思議だが、ゲームを考えれば、理解してなくとも、発動出来るのは納得出来る。
ゲームではそこまで詳しく説明されていなかったのだから、理解をすっ飛ばした発動が出来ると思っているこの世界の主人公は、その理解のままに魔法が使えるのだ。
あれって、システム補助なのかな。俺にも実はあったんだろうか。もう既に仕組みを理解してしまっているから、検証のしようもないんだけど。
まあ、テストが壊滅的なので、補修を毎回課されているが、きちんと向き合っている姿勢を評価されているようで、退学にはならないらしい。
だいたい、異例の入学だったしな。
政府ごり押しで入学になるとか、ゲーム強制かと、ちょっと焦ったが、どう考えても、あの不可思議発動のせいだとわかり、ほっとした。
そうでなければ、また、あの悪夢が繰り返される可能性があると言うことだ。
二部があったとしても、俺は知らないし、男女主人公がそろい踏みするって、更に大惨事の予感しかしない。
そんなドキドキハラハラな一年を過ごし、順当に学年が上がると、やっぱり、主人公の彼女は相変らずだったし、他の人間も、それぞれの道をきちんと歩んでいるようだ。
これが本来の、なにもなかったときの彼らの生活なんだと実感すると、自然と笑みが浮かぶ。
一周目は地獄のような時間を過ごし、なんとか平和にした。死に別れた者も多く、失った物も沢山あった。過去の芽まで根絶しても、あの世界のあの時間で失った命は戻らなかったし、消え去った物も戻らなかった。
けれど、この失う前の時間である二周目は、正に俺の理想そのものだ。
だからこそ、これが壊れるのが怖くて、必死にほころびを探し続けていたが、徒労に終わった。
これで、繰り返しが完全なるボーナスステージであるとわかり、俺も安心して学園生活を満喫出来る。



 「ゆーくん、薄情だと思うな」
夏休みに入る直前のこと、前回の奥さんこと、彼女がじと目で俺を見ていた。
 「え?」
懐かしい呼び方に、思わず思考が停止する。彼女とは極力関わらないようにしていたから、互いに名乗ってもいない。だから、彼女が俺のことを「ゆーくん」などと呼びようがない。
そのはずなのに、今、目の前に居る彼女は、迷うことなく俺をそう呼んでいる。
 「ラブラブだったと思ってたのは、私だけだったのかな?」
腰に手を当て、わかりやすく怒っているのだと見せる彼女に、俺はただ混乱するしかない。
 「いや、だって、今の世界は、お前が好きだったやつが生きてるじゃないか」
何を言って良いのか分からなくて、思わずそんなことを口にした。口にした後、もっと言うことがあると思ったけど、最初に気になったのはそれだったんだから仕方がない。
 「ああ。ゆーくん、そこ勘違いしてたのか」
得心がいったという顔をしながら彼女は、ずいっと顔を寄せてきた。
 「確かに好きだったけど、好きだった、なんだよね。ゆーくんの希望に添えなくて悪いんだけど、私は三歳児の初恋は持続しない方です」
にいっと笑う彼女はとても楽しそうだ。俺によく見せていたいたずらっ子のような顔。
 「え?」
 「いや、ちっちゃい頃の好きって、狭い世界じゃない。中学の頃にはもう完全に終わってるわよ」
 「いやだって、あの頃は、絶対に引き摺ってただろ」
いつだって辛そうに幼馴染のことを話していた。だから俺は、幼馴染のことがそれだけ好きだったんだと思ってた。だから、俺が関わらなければ、彼女はその幼馴染と恋人になるって思っていてもおかしくないだろ。
俺が悪い? いや絶対にそれはない。
 「恋が完全に終わってるって自覚する前に事故で死んだから、なんか、引き摺ってただけ、かな」
ばつが悪そうに視線を逸らしながら、語る彼女に、俺は、じっとりと恨みの籠もったような目を向ける。
良かれと思って身を引いたのを薄情とは言われたくない。だいたい、その素地は彼女が作ったんだしなっ。
 「俺の気遣いを薄情なんて言われたくないな」
一方的な言い分は、受け付けないと睨め付けるように見れば、さすがに口が過ぎたと思ったらしく、シュンと項垂れる。
 「まあ、それはお互いの認識不足ってことで良いよ。それより、どうしてお前、俺のこと覚えてるんだ?」
 「いや、つい最近まで忘れてたよ。完全に思い出したのは、終業式で、ゆーくんの顔をきちんと見たときかな。それで混乱して、他の皆にも声かけて、ゆーくんウオッチを開催したところ、皆思い出した」
 「なんて言う余計なことを」
あんな記憶無かった方がいいと、俺は思っている。悲惨で凄惨な記憶がほとんどだ。その後幸せに暮らせたとしても、差し引き出来るようなものじゃない。
 「ゆーくんは、そう言うと思った。でも、ゆーくんが一人でいるって知って、やっぱり思い出して良かったって、皆言ってたよ」
ついさっき思い出したにしては、落着きすぎている対応だが、あの記憶を思い出したなら、そう言う切り替えは、上手くなっているのも頷ける。
 「お人好しどもめ」
照れ隠しの悪態に、彼女はくすりと笑う。照れ隠しで悪態をついてることなんてお見通しだとでも言うような、その瞳は、前回のときによく見せられたものだ。
いや、俺が素直じゃないのが悪いと言われると辛いところだが。
 「そうだね。皆お人好しだから、一応私に譲ってはくれたけど、そこの角で全員聞いてるよ」
くふりと、してやったりと笑う彼女に、ぐっと言葉が詰まった。
 「みん、な、だと」
やっと吐き出した言葉に、彼女はにっこりと笑って、角を指さす。その指さす方向に視線を向ければ、三人ほどの人間が、ばつが悪そうに顔を半分覗かせていた。
 「あーくそっ。なんだよ、俺が悪いのかっ」
どう言って良いのか分からず、もう既に八つ当たりのように、声を荒げる。俺が怒ってないなんてのは、分かっている三人は、悪びれもせずに出てくると。
 「いやー。ゆーは、そんな悪くはない、かな。水くさいし、お前の気遣いって、斜め上だから止めた方が結果的に良かったんじゃないかなとは思ったけど」
 「まあ、のぞき見は悪かったけど、ゆーちん、一人で悲劇のヒーローに酔ってるのは、正直気色悪いかなー」
 「ゆーは、考えすぎてドツボはまんだから、頭使うのは止めとけば良かったんだよ」
三者三様、兎に角言うことが酷い。
 「バカの考え休むに似たり?」
彼女が一番酷いけどな。
 「いい思い出じゃないだろ。俺だって、忘れていられるならその方が良かった。だから、覚えてないお前等と接触しなかったんだよ。みろ、今まで年相応にのほほんと気の抜けた顔してたのが、すっかり表情変わっちまって」
殺したり、殺されたり。命の危険なんて、隣り合わせどころじゃなく、いつだって食い込んで紙一重だった。
ほの暗い色が瞳に混じっているのは、俺だから気付くのだろうが、変わった雰囲気は、家族ならすぐ分かるほどだ。
もうないと理解している今だって、俺は時折悪夢に飛び起きる。老衰まで生きて、記憶なんて薄れたと思っていたけど、年が若返ったせいなのか、それとも、攻略上必要だったせいなのか。学園での記憶が鮮明になっていた。
お陰で悪夢もとびっきりだ。
 「それは、まあ、そうだけどな。でも、ゆーを一人にしてるよりは良いって。五人も居れば誰かに愚痴れる」
 「しかも、それとこれは天秤に掛けらんないだろ。一人で抱え込んでるゆーちんを放置すんのと、苦しい思いするのとは、別の話」
 「ゆーさ。ちゃんと鏡見てる? それはもう、酷い顔だぞ。その上、自分一人だけ不幸せでございって、顔してて、本当辛気くせぇ」
本当に酷い奴らだ。だからこそ、近付かなかったのに。
 「ゆーくん忘れてるでしょ。私たち、ちゃんと言ったよ。いついかなるときも、皆一緒だって。楽しいのも苦しいのも悲しいのも、みーんな一緒。そう約束、したよね」
彼女が、陽佳が、くしゃりと笑う。
 「そーそー。俺らを薄情者にするなよな」
達月が薄情そうな笑みを浮かべる。
 「悲劇を語って良いのはヒロインだけだと俺は思うんだよ」
藤太がゲラゲラと笑いながら、明後日の方向の文句を言い出す。
 「まあ、諦めた方が早いってことだよ」
百波がへらっと笑って、無理矢理纏める。
相変らずのやり取りに、俺がとうとう降参と両手を挙げれば、四人がかりでもみくちゃにされた。
 「じゃあ、折角だ。積もる話しでもしようか。夏休みだしな」
今まで、一年と四ヶ月ほどだけど、前のときは、こんなに離れていたことはなかったんだから、まあ、話も積もるよなと、そんなことを言ってみたが、どうやら皆はそんなつもりはないようだ。
 「積もるって言うか、文句に決まってるでしょ。これからみっちりお説教です」
陽佳の言葉に、残りの三人も頷く。
 「それは、長い夏になりそうだな」
苦笑を浮かべれば、陽佳が先陣を切って歩き出し、達月と藤太に脇を固められ、百波に背を押され、まるで連行されるように引き摺られる。囚人確定らしい状況にやっぱり浮かぶのは、苦笑で。
ああ、やっぱりここは心地が良いなと、ひっそりと笑った。
こんな馬鹿馬鹿しいことが出来る、二周目と、ひいひい言いながら、幸せな日々を過ごしているヒロインに感謝する。
ヒロインがいるから、俺はもう、ヒーローじゃなくなった。きっと、ここは、二周目ですらない、新しい世界なんだ。
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