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第270話 血約

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 ――――ザッ。

 かつての戦闘の跡も生々しい、荒れ崩れた土を踏んでアルテマは龍穴の祠までやってきた。
 正面に立つと、それを待っていたかのように石祠から光があふれ、みるみるうちに大きな和龍の姿へと変わっていく。

「……察しがいいんだな?」

 アルテマは険しい顔で睨み上げると、難陀《なんだ》は薄笑いを浮かべて彼女を歓迎した。

『…………性懲りもなく、何をしにきた鬼の娘よ』
「聖か魔か知らないが神なのだろう? ならば私の目的くらいわかるはずだ」

 アルテマの皮肉に、難陀《なんだ》は薄笑いのまま、

『……神か……。そんなものは理解の及ばぬ上位のものを、人間が勝手に名付けた幻想よ。……我もまた悪魔の一つにすぎない』
「ほぉ? 前回と言うことが変わっているな?」
『今度こそ我を倒しにきたのであろう? ならば〝神〟を気取ることに意味はない』

 嬉しそうに言う難陀《なんだ》を、不思議そうに見上げるアルテマ。
 難陀《なんだ》も鬼娘のおかしな気配に気がついた。

『……貴様……力を抑えているな……?』

 街で覚醒し、かつての魔力を取り戻したのは知っている。
 しかしいまはそれを開放することなく、それどころが魔法の加護もなく、剣すらも抜いていない。
 不満げに見下ろす難陀《なんだ》にアルテマは言った。

「私は……お前と戦いにきたのではない。話し合いにきたのだ」
『なんだと……?』

 あまりに拍子抜けした台詞に、落胆の色を隠せない難陀《なんだ》。

「お前にお願いがある。……どうか再び龍穴を開き、異世界との繋がりを回復してほしい……」

 本当は殺したいくらいに難陀《なんだ》が憎い。
 自分を喰らい、異世界へ飛ばし、父をも殺しかけた。
 いままでの犠牲者を考えると、到底許しがたい悪魔なのだ。
 しかし異世界を人質に取られている状態のいま、感情のままに消し去ることなど危険なことはできない。
 その意図を難陀《なんだ》は察し、ゴゴゴゴゴ……と地を震わせて怒りを燃やした。

『我との対等の会話を望むとは……それは冒涜ととらえてよいのか?』
「いや、そんなつもりはまったくない。言葉遣いを正せと言うのなら正そう。……願いを聞いてもらいたいだけだ」

『無理……だな』

 懇願するアルテマを、冷徹に拒絶する。
 するとアルテマはギリギリと歯を食いしばり、さらなる譲歩を提案してきた。

「…………生贄を用意すれば、また次目覚めるまでは大人しくしてくれるか?」
『それも……無理だな』
「なぜだ!? お前の目的はそれなのだろう!? そうやって遥か昔からこの地の神として君臨してきたのではないのか!!??」

『貴様はなにもわかっておらぬっ!!!!』

 難陀《なんだ》の目が光った。
 ――――ゴッ!!!!
 その光は二筋の光線となって、その内の一本がアルテマの頬をかすめ通過していく。

 ――――ゴッ――――ガァアアァァァァアアアァァァアアァァァァッ!!!!

 光線は山肌を削り、木々をなぎ倒し空へと抜けていった。
 アルテマの頬からボタボタと血が落ちた。

「……わかっていないとは、なんのことだ?」
『言ったはずだぞ? あのときに』
「――――あのとき?」

 わからない。
 そんな顔をしたアルテマに、難陀《なんだ》の落胆が頂点に達した。
 ――――ス……。
 龍の気配が静かになった。
 そして言った。諦めたように。

『……わかった。龍穴を開けてやろう』
「本当か!?」
『……ああ本当だ……ただし条件がある』




「――――開門揖盗《デモン・ザ・ホール》!! 」

 鉄の結束荘。
 そのカーテンで仕切られた一室で、満を持して唱えられた開門揖盗《デモン・ザ・ホール》。
 開いた空間の窓の向こうには、懐かしいジルの姿が見えた。

 おぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
 歓声が上がる。

 蹄沢のメンバーは見慣れたものだが、村長や偽島には初めての光景。
 魔法を見たとき以上の興奮で、向こう側の世界を凝視していた。
 まるで絵画や彫刻のように綺羅びやか、整った顔立ちのジルに二人は見惚れてしまった。

 それを渋い顔でにらみつける元一と、その頬をつまむ節子。
 写真を取りまくるヨウツベに息を荒げるアニオタ。

(……ちょっと、あんたたち年増は微妙とか言ってなかった?)
 ヒソヒソとぬか娘がツッコむが、
(やっぱり女性は中身より見た目でござる。それさえ良ければお婆さんだろうがお爺さんだろうが僕は問題無《モーマンタイ》)
(最低だ……)

 そんな三人に構うことなくジルは話し始める。

『ああ……お久しぶりです異世界の皆様。それから初めまして』

 村長と偽島に向かって丁寧に膝を折る。
 挨拶された二人はハッとして、

「ああ、そ、そ、そ、その!! こ、こ、こ、このたびはお日柄もよく、足元の悪いなかご足労いただき」「こ、こちらこそ初めまして。私こういう者でございます」

 ワケの分からない挨拶をする村長と、渡せやしない名刺を差し出す偽島。
 ジルは、そんな間の抜けた二人にやんわり微笑み、そしてすぐに真剣な顔になってアルテマに向き直った。

『……申し訳ありませんが、ご挨拶はそこそこにさせていただき、さっそく軍事《ほんだい》に入らせていただいて宜しいですか?』
「もちろんです」

 そう返すアルテマの後ろには、けっきょく難陀《なんだ》相手に使うことのなかった武器がズラリと並べられていた。
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