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第256話 不倶戴天

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「アル……テマ……?」

 アルテマの一言に、節子は驚き、目を見返した。
 涙に溢れたアルテマの目には、それまでの感謝の色はなく、かわりに深い愛情が生まれていた。
 それは自分たちが彼女に向けていたのと同じ色。
 それを感じたとき、節子の目にも同じあたたかさの涙が溢れてきた。

「ア……アルテマ……。いいえ……依茉《えま》……依茉《えま》!!」

 ボロボロと涙がこぼれる。
 この名前を、もう一度呼ばせてもらえる日が来るなんて。

「お母さん……お母さん、おがあ……じゃん!!」

 アルテマも泣き、自然とだらしない鼻水が垂れた。
 すべて思い出した。
 あの日、なにがあったのか。
 そして自分が誰なのかを。

 その瞬間。
 ――――カッ!!

 節子と元一の体から大きな魔素が出現した。
 それはかつてない強力な力を秘めた神秘の塊。
 ずっと我が子を思い続けた〝親愛〟が結晶化したもの。
 向けられるべき者の元へ、アルテマの元へと浸透していく。
 受け止めたアルテマは、その暖かさに心を震わし、その感動が眠っていた力を呼び起こした。

 ――――パアアァァアアァァァァアアァァァァァァアアァァァアァッ!!!!

 アルテマの体が輝き始めた。
 それは聖なる白と、魔なる黒の光。
 その光に包まれて、彼女のシルエットが一回り、二回りと大きく成長していく。

「ア……アルテマ……ちゃん?」

 その様を、唖然と見つめるぬか娘たち。
 占いさんは、

「……む!? ……これは……お、恐ろしい……」

 爆発的に増幅していく魔力に鳥肌を立てた。
 やがて光が収まる。
 そして現れたアルテマは――――、

「お母さん……お父さん……」

 妖艶な、大人の姿へと成長していた。

「……依茉《えま》?」

 節子も、アルテマの変貌に唖然とするが、すぐにそれが本物ではないとわかる。
 アルテマは――――依茉《えま》は子供のまま。
 そこに収まりきれない魔力が、それに相応しい姿を形どったのだ。
 暗黒騎士アルテマの全盛期――――二十代の大人の姿へと。

「ア、ア……アルアルアルアル」

 その美麗な四肢に、またも場違いに見惚れてしまうぬか娘。
 ヨウツベも、カメラを回しながら口を閉じられないでいた。

「――――師匠」

 ジルは電脳開門揖盗《サイバー・デモン・ザ・ホール》から伝わってくる弟子の雰囲気を感じ、懐かしさと同時に確信を覚えた。
 アルテマが手を天にかざす。
 合わせてジルも、あらためて力言葉を唱える。

『「――――リ・フォース!!」』




「……く、ようやく辿り着いたか……」

 群がるグール、ゾンビたちを蹴散らし屋上にまで上がってきたクロード。
 偽島を背負い、エレベーターを避けて、すでに息は絶え絶え。
 鉄扉を閉めてよろよろと場の中央へと足を引きずる。

「魔力は……どうだ、いけるか?」

 建屋の頂上。
 ここから全体を包み込むようにリスペルを唱える。
 登ってくるまでにさらに魔力を消耗した。
 体力もない。
 酸欠でめまいを覚える中、それでも魔法を唱え始める。

「聖なる天の使い。その鉾を以て魔の鎖を断ち切れ――――」
 そして掲げる力言葉。
「リスペル!!」
 しかし。

 ――――ぷしゅぅぅぅううぅぅぅううぅぅぅぅぅ……。

 情けない音がして、出るはずの解呪の光がかき消えてしまった。

「……ぐ、し……しまった。やはり消耗しすぎていたか……」

 どうする?
 クロードは柵まで行って外を見下ろした。
 ゾンビたちはまだまだ増えてきている。
 外でゾンビ化された連中が、自分とアルテマ、そしてジルの魔力に引き付けられ集まってきている。

「……くそったれが、まだまだこんなにいるのか」

 外の状態を知らなかったクロード。
 このようすだと、ゾンビ化された連中はこの病院だけじゃない。
 街全体に被害は広がっているだろう。

「あのバカが……ここだけ救ってどうするっていうんだ」

 恐慌状態になっている街を見て、苦々しい顔をする。
 異世界の街。
 とはいえこの世界で15年も過ごしてきたクロードにとっては他人事ではない。
 なんとか、この騒動を収めないことには……。

 きっかけはゴーレム召喚。
 あの裏切り者ジルが電脳開門揖盗《サイバー・デモン・ザ・ホール》などという未完成な技術で無理矢理召喚したのが原因。

 クロードは建屋の端に繋がっている件《くだん》のゴーレム線を見つけ、近づく。
 緑の輝きは、最初、窓から見たときと比べて落ち着き始めている。
 召喚術が定着し始めているということ。
 これならば、新たに悪魔を刺激することも、もうないだろう。

 ならば、いま暴れている魔物どもを一掃すれば街は落ち着きを取り戻すはず。
 魔物は人間たちで対処してもらう他ない。
 しかしゾンビたちは、俺が救ってやらないと。
 そうなればリスペルの照射範囲は更に広がり、街全体を覆わねばならない。

 そんなこと……無理だな。

 冷静に見切るクロードだが、一つだけ、方法がないわけではなかった。

「……気に入らん。まったくもって気に入らんが」

 コンクリートに寝そべり、柵の間から腕を伸ばす。
 鉄柵に顔を埋めながら、なんとかゴーレム線に触れることができた。
 するとそこから逆流してくる裏切り者ジルの魔力。

「聖剣に続いて……またもこいつと交わることになるとはな……」

 忌々しげに顔を歪めるクロードに、

『……こちらこそ、あなたと協力するなんて虫唾が走りますよ』

 ゴーレムを介して、ジルが返答を返してきた。
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