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第215話 どうかしたか?

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 ――――三日後。
 帝国軍後衛陣地。

 簡素に組まれた見張り台の上で兵士が叫んだ。

「南より馬が一騎、こちらに近づいて来ています!!」
「南? 聖王国の使いか? ――――いや、にしては方角が違うな。魔術師!!」
「は。――――陰目《ピーキング》」

 部隊長より命令され、一人の魔術士が見張りの指す方角へ探索魔法を唱える。
 遠くの景色を拡大して見ることができるその魔法は、日本で言うところの望遠鏡。
 その視界に映し出されたものは――――、

「敵兵ではありません。あれは……近衛兵のカーマイン殿です!!」
「なに!? 陛下が戻られたのか!? 予定ではあと二日は戻られぬはずだが?」
「陛下の御姿は確認できません。カーマイン殿と……あとはアベール殿も同乗しておられます!! お二人とも大きく負傷されて、衰弱されているようすです!!」
「なんだと!? まさか……!?」

 陛下の身になにか――――!?
 その報告に部隊は一瞬にして冷え上がり、ざわつくが、部隊長はそんな部下たちを一喝し、

「全員落ち着け!! ともかく早急にカーマイン殿を迎え入れ、状況を確認するのだ!! 救護班!!」

 大声で指示を出すと、自らも馬を駆ってカーマインの元へと走った。




 見張り部隊に連れられて、陣地へと辿り着いたカーマインとアベール。
 二人とも全身傷だらけで、アベールに至っては胸を添え木で固められ、満身創痍でぐったりとカーマインの背に寄りかかっていた。

「カーマイン!! これは一体どうしたことだ、陛下は!??」

 報告を聞いて駆けつけたカイギネスの副官ライジアは、乾いた血でどす黒く汚れたカーマインに向かって、かぶりつくように怒鳴った。

「へ……陛下……は……うっ……!!」

 ――――ドシャッ!!

 カーマインは疲れ切った体をよじり、馬から降りようとするが、深い傷に顔を歪め、そのまま落馬してしまう。
 あわてて救護兵が駆けつけ、落ちたカーマインと、馬上で突っ伏しているアベールの介抱を始める。

「ライジア様!! アベール殿の腕に少女が抱かれています!!」

 身体に隠され見えなかったそれは、希少な鬼の少女。
 大きな怪我はなかったが、こちらも衰弱して眠っている。

「奈落の……峡谷で、この少女を発見した……」

 息も絶え絶え、カーマインが報告する。
 救護兵が布に染み込ませた水を口の中に垂らした。

「あ……ありがた……い」

 ――――ごく……ごく、と飲み込み、少し回復したカーマインは歯を食いしばって上体を起こす。そして起こった一連の出来事を、あらためてライジアへと報告した。



「……っ……それで陛下はお一人でその魔物群へ突撃して行ったと……?」

 報告を聞くライジアの頭からパラパラと毛が抜けていく。
 ただでさえ最近薄くなってきたところにこの報告。
 もう一年もすれば、おそらく落ちるものも無くなっているだろうと絶望しながら頭を抱えた。

「我々を邪魔だと突き放した陛下は……大笑いしながら死霊騎士《デッドナイト》の群れに突進。群がる魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、まるで下級魔物《ゴブリン》でも相手するかのように蹂躙《じゅうりん》の限りを尽くされ、上空から迫る死霊竜《ドラゴンゾンビ》をも魔法で一撃のもとに撃墜しておられました。……その後、その死霊竜《ドラゴンゾンビ》を屈服させ、死霊騎士《デッドナイト》の死体を運べるだけ運ばせ、途中までは我々と同行していました……」
「……なるほど。と、とにかく陛下はご無事なのだな……」

 よくよく考えれば我らが皇帝アシュナ・ド・カイギネスは帝国の王にして、世界に並ぶ者なしと恐れられた最強の戦士。
 同じく黒炎の魔女と恐れられる、あのアルテマよりも強いのだから、いくら上級魔物でも死霊騎士《デッドナイト》〝ごとき〟ではいくら束になっても太刀打ちできまい。

「そ、それで……陛下はいまどこにおられる?」
死霊騎士の死体しょくりょうを前線に届ける、と死霊竜《ドラゴンゾンビ》を蹴っ飛ばして飛んで行かれました……」
「……お前たちのその傷は?」
「……昨日、陛下と別れて今日ここにたどり着くまでに中級魔物《オーク》に襲われまして……奮闘の結果、名誉の負傷を……」
「……なさけない……」

 そううなだれるライジアのハゲ頭に返す言葉もないカーマインだが、彼も骨折したアベールと鬼の少女を守りながら戦ったのだ。
 決して弱いわけではない。
 ただ皇帝の強さが伝説級なだけで。
 ライジアは顔を上げると、救護兵に抱えられ天幕へと運ばれる鬼娘を見た。

「それであの娘は……?」
「それについては陛下が……ジル神官長と相談すると申しておりました」
「そうか……」

 噂をすれば影。
 見上げる夕焼けの空に、地上最強の戦士を乗せた死霊竜《ドラゴンゾンビ》が、真っ赤な日に照らされながら帰還しようとしていた。
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