上 下
214 / 274

第213話 二人の騎士

しおりを挟む
「アベール、カーマイン」

 カイギネスの目配せ。
 指示を理解した二人の近衛騎士は、その娘を救助するべく馬を走らせた。
 少女の年齢は10歳前後。
 全裸で土に汚れており、ところどころ傷も負っている。

 額には大人の指ほどの角が一本生えており、それが有角族、つまり〝鬼〟だと明示していた。
 鬼は希少とされている。

 鬼の血は子に受け継がれない。
 鬼が鬼であるのは本人かぎり。
 では突然変異して生まれるのか?
 それも違う。
 鬼を産んだという親の記録は存在しない。

 鬼はつねに、突然、どこからか出現する。

 アルテマもそうだった。
 帝国領内の枯れた荒野。
 ただひとり行き倒れているところをジルが見つけて保護したのだ。

 そんな〝鬼〟の存在は帝国ではアルテマ一人。
 ラゼルハイジャン全世界でも数えるほどだという。

 そして鬼は総じて能力が高い。
 特に成長してからは、知力、魔力、武力、あらゆる才能が世界の知的種族を凌駕している。
 まるで強大な悪魔か神の祝福でも受けたかのように……。

 そんな存在だからこそ――――というわけでもないが、そうでなくても魔物に襲われている人形《ひとがた》を見捨てるなんて選択は、カイギネスはもちろん部下二人にもありはしなかった。
 たとえ相手が上級悪魔を憑依させた上級魔物だったとしても。

「た……助けてっ!!」

 顔面を蒼白にして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら逃げてくる少女。
 足の裏は硬い岩肌に削られ血だらけになっていた。
 アベールはそんな少女の言葉を理解できなかったが、意志はわかる。

「カーマイン!!」「おうっ!!」

 二人は声を掛け合うと、さらに馬を加速させた。
 上級魔物・死霊騎士《デッドナイト》。
 人の躯に上級悪魔が取り憑いて魔物となったそれは、既死動物《アンデット》と呼ばれる強力なモンスター。

 3メートルはあるかと思われるその身体は、元の骨格と筋肉が、悪魔によって肥大化されたもの。
 無限の生命力と桁違いのパワーを持ったこの化け物を普通の戦士が相手をするならば十人は必要。

 死霊騎士《デッドナイト》の体には、元の人間か着込んでいただろう鎧の一部が引っかかっていた。
 作りから推測すると、それは聖王国の物。
 どうやらここで聖王国の兵士が、なんらかの理由で死んだらしい。
 そこにどこからか湧いてきた上級悪魔が取り憑いたのだ。

「物騒な場所で死んだ兵士は、油で焼くか荷獣の餌にするのが定石だろうに、それとも全滅でもしたか?」

 部下を追いつつ、冷静に状況を分析するカイギネス。
 死霊騎士《デッドナイト》が少女に追いついた。

「――――ひぃっ!!??」

 恐怖に引きつる少女に向かって、聖王国製の剣を振り上げる死霊騎士《デッドナイト》。

 ――――ゴッ!!!!

 唸りをあげ、振り下ろされる刃。
 少女を真っ二つにする寸前。

 ――――ギィンッ!! メシャッ!!!!

 飛び込んできたアベールがその一撃を受け止めた。

「ギュヒィィィィィィィィイィィンッ!!!!」
「ぬぐぅ!??」

 桁違いな力!! 
 耐えきれず馬の前足が折れた。
 アベールの肩も外れた。
 そこに――――ドゴォォオオォォォォォオォンッ!!!!

「ウグはぁっ!??」

 死霊騎士《デッドナイト》の横蹴りが炸裂する。
 メキ――バキバキ!!
 鈍い音を立てて吹き飛ばされるアベール。
 鎧がひしゃげ、肋骨も潰された。

「――――ぐ、カーマイン!!」

 しかし飛ばされながらもアベールは相棒の名を呼んだ。
 呼ばれた相棒はアベールの撃破を気にとめることなく、

「つかまれっ!!」

 ――――ザンッ!!
 馬の上から身を傾けて、少女を拾い上げた。
 そして、そのまま胸に抱え込み、死霊騎士《デッドナイト》に挑むことなく離脱する。

 そもそも勝てない相手。
 それはアベールもわかっていた。
 それでも飛び込んだのは、そうしないと少女を救えなかったことと、一瞬でも引きつけることができれば相棒が目的を果たしてくれるだろうと信頼していたからだ。

 目論見どおり、少女を救出してくれたカーマイン。
 全力で馬を駆り離れていくが、

「ぐるがあぐるがああぁぁあるぐるうるおうわあ……!!」

 死霊騎士《デッドナイト》が不気味に唸って、手にした剣を逆手に持ち直し、振り上げた。そして逃げていくカーマイン目掛けて、

「お……おい……ちょっと……まて」

 そんなのありか!? と目を丸くするアベール。
 ギリギリギリ……!!
 しなる死霊騎士《デッドナイト》の腕。
 充分に力を溜めて、狙いを定め――――

 ――――ドキャッ!!!!
 剣を投げつけた!!

 ゴッ!!――――「っ!!??」――――ズドギャァンッ!!!!

 轟速で、攻城弩《バリスタ》のごとく一直線に飛んだ剣は、雲を引き、カーマインに襲いかかった!! しかしその気配を一瞬早く感知したカーマインは、直撃する寸前、少女を抱えて馬から飛び降りた!!

「ぎゃるひあっぁぁぁやぁぁぁぁんっ!!!!」

 貫かれた馬の胴体は、まるで割られた瓜のように弾け、肉塊と化す。
 馬の血が爆発したかのように辺りに飛び散った。

 その威力はドラゴンの鱗さえも貫くだろう一撃。
 転がったカーマインはすぐさま起き上がり、少女を抱え、己の足で走り出す。
 死霊騎士《デッドナイト》は続いて足元の岩盤を引きはがした。
 人の身長ほどの薄岩を軽々と持ち上げると、

 ――――ギリギリギリ……!!

 先と同じように、カーマインに狙いをつけ、筋肉を引き縛った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢の兄になったのですが、どうやら妹に執着されてます。そして何故か攻略対象からも溺愛されてます。

七彩 陽
ファンタジー
 異世界転生って主人公や何かしらイケメン体質でチートな感じじゃないの!?ゲームの中では全く名前すら聞いたことのないモブ。悪役令嬢の義兄クライヴだった。  しかしここは魔法もあるファンタジー世界!ダンジョンもあるんだって! ドキドキワクワクして、属性診断もしてもらったのにまさかの魔法使いこなせない!?  この世界を楽しみつつ、義妹が悪役にならないように後方支援すると決めたクライヴは、とにかく義妹を歪んだ性格にしないように寵愛することにした。 『乙女ゲームなんて関係ない、ハッピーエンドを目指すんだ!』と、はりきるのだが……。  実はヒロインも転生者!  クライヴはヒロインから攻略対象認定され、そのことに全く気付かず義妹は悪役令嬢まっしぐら!?  クライヴとヒロインによって、乙女ゲームは裏設定へと突入! 世界の破滅を防げるのか!?    そして何故か攻略対象(男)からも溺愛されて逃げられない!? 男なのにヒロインに!  異世界転生、痛快ラブコメディ。 どうぞよろしくお願いします!

好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】 バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。 それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。 ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。 ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――! 天下無敵の色事師ジャスミン。 新米神官パーム。 傭兵ヒース。 ダリア傭兵団団長シュダ。 銀の死神ゼラ。 復讐者アザレア。 ………… 様々な人物が、徐々に絡まり、収束する…… 壮大(?)なハイファンタジー! *表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます! ・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...