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第203話 真子の行方

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 裏山の山頂近く、龍穴の石祠の中で龍神難陀《なんだ》は怠惰な惰眠を貪っていた。
 久しぶりに味わった人間の魂に腹が膨れ、気分が良くなっていたからだ。
 誘い寄せた村娘は、どれも目当てではなかったが一時の空腹を誤魔化すにはちょうどよかった。

 ――――季里姫。
 あの怨霊と里の者たちとの戦いは、すべて覗いていた。
 そして話を聞いているうちに、遥か時間に埋もれ、忘れていた記憶を取り戻した。

 そうだ……自分は源次郎――――かつて人間だった者。
 想い人に裏切られ、無念に命を散らした青年。
 何百年も欲していたのは季里の末裔、その魂。
 しかし、それはあの忌まわしき怨霊によって護られ、いつしか自分はその目的すらも忘れてしまっていた。
 そしてただ闇雲に渇き、それを慰めるためだけに人を喰らい続けてきた。
 気の遠くなる時間。

 しかしもう怨霊は始末した。
 これでようやく季里の魂を取り込める。
 そう期待したのだが、長い年月をへて散ってしまった女系の血は、すでにかなり薄まり、直系とされるあの年寄でさえ自分を満足させる存在ではなくなっていた。

 そうでなくても自分は年寄りの魂など食わない。
 若く、そして濃く受け継いだ季里の血しか望まないのだ。

 先日食った幼子の魂。
 アレはなかなか美味かった。
 わずかだが季里の味がした。

 もっとだ。
 もっとかき集めて食らうのだ。
 怨霊を始末したいま、この俺の邪魔ができるものなど、もう誰一人としておりはしないのだから。

 唯一。
 気になる存在があるとしたら。
 里に住むあの鬼娘。
 いまはアルテマと名乗っている例の小娘だけだった。




「だったらあきらめろと言うんですかっ!?」
「そうは言っておらん。闇雲に突っ込むなと言っておるんじゃ!!」

 難陀《なんだ》の存在と居場所を聞き、矢も盾もたまらず山へ向かおうとする偽島。
 しかしそれは無謀な判断だと元一が怒鳴りつける。
 娘の命がかかっている偽島はその叱咤にとうてい納得ができない。

「どんな危険な龍か知りませんが、娘が食われてしまおうとしているんだ、じっとしてなどいられるわけがない!!」
「じゃがあいつはこのクロードも、アルテマでさえも歯が立たなかったバケモノじゃ!! お前ごときが行ったところで無駄死にするだけじゃ!!」

 元一の言葉に、回復魔法の使いすぎで枯れ葉のように干からびていたクロードがピクリと反応する。

「……し……失敬な……歯が立たなかったワケではない……。ちょ、ちょっと、近寄れもせずにいいように一撃でやられた……だけだ、ぐふ」
「それを歯が立たないっていうんだよ」

 見苦しくも負け惜しみをいうクロードに、冷ややかな目を向けるぬか娘。
 こいつには胸とかオシリとか、その他モロモロ、いろんな貸しがある。
 いつか折を見て精算させてやろうと考えている。

「でも、そのアマテラスの結界陣を完成させれば消すことができるのでしょう!? そしてその結界を組み上げられるのは村長と私たち偽島組だけだ!! ですよね!?」

 向かいに座る誠司を睨みつける。
 しかし村長は無念そうに目を落した。

「……はい。そのつもりだったのですが……どうやら私の力では陣を組めても術を発動させることはできないそうなのです……。あまりにも呼び出す神の力が強すぎるそうです」
「なにぃ……なら、他に方法は!?」
「まだ……いま、それを考えています……」
「いま考えてるんじゃ間に合わないだろう!! こうしている間にも真子はその龍に食われているかもしれないんだぞ!!」

 真子が難陀《なんだ》の元に向かったのが昨晩の話。
 普通に考えれば……真子の無事は絶望的と言っていい。
 その場の全員がそう思ったが、それはもちろん口にはしない。
 ただ、無策に突っ込むな。
 それだけしか言えなかった。
 偽島も、そんなことはわかっていた。
 けど認めるわけにはいかないのだ。
 父として。

 まだ一縷《いちる》の望みがある以上、足掻きを止めるわけにはいかない。
 そんな偽島の心情は元一にも痛いほどわかった。
 そしてアルテマにも伝わっていた。
 だから彼女は口を開いた。
 危険な賭けになることを承知で。

「……その術。私なら使えるかもしれないぞ」と。
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