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第179話 ルナ・アーガレット(嫁)
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帝国領内――――カイザークの街。
その中央に、住民の信仰を一挙に束ねる大きな教会があった。
教会には街を一望できるほどに高い鐘塔があり、その中に一人、凛とした面持ちの少女戦士が立っていた。
くるりとカールのかかった茶色い巻き毛。
頭の上にはピョコリと猫の耳が立ち、形のいいおしりからはモフモフの尻尾が生えている。
大きな戦斧を肩に担いで、鐘によりかかる彼女はアニオタの嫁(妄想)にして帝国六軍第三中隊第二小隊長ルナ・アーガレットであった。
「東に2000……北に3000……南が薄いか……」
はるか遠く、街の四方から聞こえてくる戦の金音。
ルナは自慢の猫耳を駆使して、音による戦況分析を行っていた。
人間よりも遥かに優れた聴力を誇る彼女の耳は、集中さえすれば半径10キロにも及ぶ範囲の、あらゆる音を聞き分けられる。
リンガース公国とファスナ聖王国に挟まれる形となった帝国の戦況は、けっして良いとはいえない状況だった。
すでに将軍を一人失い、重要な砦をも占領されたこの西側はとくに厳しい状況。
西の交易拠点といわれているカイザークの街。
ここを取られてしまっては西側の守りも、経済も、無茶苦茶になる。
絶対死守との厳命が六軍すべてに下されていた。
「裏切り者のリンガース兵ごときが……調子にのるなよ」
音を聞き分け、南の守りが甘いと判断したルナは、その状況を旗で中継官に伝えていた。信号を受け取った中継官は、それをそのまま次の中継官へと伝達する。
幾人も中継されたその情報は、最終的に将軍がいる本軍の司令部へと送られるのだが、これには欠点が二つあった。
一つは、情報が正確に伝わらないこと。
もう一つは、敵に解読されてしまう恐れが高いということである。
前者は訓練で補えるが、後者はそうはいかない。
実際、同じ方法で方々から集められた情報の半分以上は敵にも伝わっていた。
なので、せっかく司令部からの指示が返ってきたとしても、その頃にはすでに状況は大きく変えられている。なんてことが頻発している。
現に、いま送った情報も、さっそく盗まれてしまったのだろう、手薄だった南側への増援を予期して、敵側も遊撃隊を動かしはじめた。
陣形の変化に対応して、新たに生まれるだろう弱点を突くかまえである。
「――――クソがっ!!」
アニオタに使っていた〝にゃん言葉〟がウソのように汚い言葉を吐き捨て、空を見上げる。
斜め上の空中には、鷹の目を持つグリフォン騎兵が飛んでいた。
――――敵《リンガース》の索敵兵。
帝国側の弓矢にさらされて逃げ回っているが、そうしながらもこちらの信号を盗み取り、味方に情報を送り続けている。
「……これじゃまるでイタチごっこだな」
いや……正直、空を押さえられているこちらが不利か……。
開門揖盗《デモン・ザ・ホール》が使える魔術師ならばこんな無様なことにはならないのだが。あいにく簡易的なものでさえ、全軍探しても唱えられる者は数えるほどしかいない。
「アルテマ様がいてくれればな……」
彼女がいてくれれば情報伝達どころか、あの空の敵兵《グリフォン》でさえ、アモンの猛炎で焼き落としてくれるだろう。そして補給も、ジル様を通じて帝都から直接送ってもらっていたことだろう。
攻・守・指揮、すべてにおいて反則級な活躍で、リンガース公国軍などたちまち殲滅してしまっていたに違いない。
帝国の二大魔女と恐れられた暗黒騎士アルテマ。
彼女の訃報が、この裏切り者どもを調子づかせている要因でもある。
しかしそれは自分たちの不甲斐なさが原因ともいえるのだ。。
これしきのことで愚痴を言っていては、異世界で孤軍奮闘されているアルテマ様に笑われてしまう。
ルナは戦斧を担ぎなおし、塔から飛び降りた。
情報戦で負けているのならば、白兵戦で勝てばいい。
もともとそれがわたしの戦闘スタイルなのだから。
「――――なっ!???」
びちゃびちゃに濡れたテーブルを唖然と見つめ、アニオタは言葉を失った。
「あ~~あ~~なにしてんのアニオタってば。濃厚背脂豚骨ラーメンひっくり返しちゃって……ちゃんと掃除しときなよ」
もったいないなぁと怒るぬか娘。
だが、
「ん……なにそれ? どうなってんの??」
てっきりひっくり返ったんだと思った器だったが、よくみればそうじゃなく、真ん中からパックリと、斬ったように真っ二つに割れていた。
「え? ……それ発泡スチロールでしょ? なんでそうなるの???」
意味がわからないと目を丸くする。
ヨウツベ、モジョ、飲兵衛や誠司も、その不可解な現象を不思議に見ている。
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
「ふ?」
割れた二つの器を拾い上げて、アニオタは小刻みに震えた。
なにか言いたいのか? と覗き込んでくるぬか娘に、
「ふ、ふ、不吉でござるーーーーーーーーーーっ!!!! こ、こ、こ、これは我が嫁ルナちゅわぁぁぁぁんに何かが起こった知らせでござるぞ~~~~~っ!!!!」
唾をぶっかけ、叫喚《きょうかん》した。
油混じりの唾液でベトベトにされたぬか娘は、
「そんなワケあるか~~~~~~~~ぃ……」
と、限界突破した不愉快に気絶しそうになる。
アルテマもまさかと思ったが、しかし片隅の勘が笑顔を作らせてくれなかった。
その中央に、住民の信仰を一挙に束ねる大きな教会があった。
教会には街を一望できるほどに高い鐘塔があり、その中に一人、凛とした面持ちの少女戦士が立っていた。
くるりとカールのかかった茶色い巻き毛。
頭の上にはピョコリと猫の耳が立ち、形のいいおしりからはモフモフの尻尾が生えている。
大きな戦斧を肩に担いで、鐘によりかかる彼女はアニオタの嫁(妄想)にして帝国六軍第三中隊第二小隊長ルナ・アーガレットであった。
「東に2000……北に3000……南が薄いか……」
はるか遠く、街の四方から聞こえてくる戦の金音。
ルナは自慢の猫耳を駆使して、音による戦況分析を行っていた。
人間よりも遥かに優れた聴力を誇る彼女の耳は、集中さえすれば半径10キロにも及ぶ範囲の、あらゆる音を聞き分けられる。
リンガース公国とファスナ聖王国に挟まれる形となった帝国の戦況は、けっして良いとはいえない状況だった。
すでに将軍を一人失い、重要な砦をも占領されたこの西側はとくに厳しい状況。
西の交易拠点といわれているカイザークの街。
ここを取られてしまっては西側の守りも、経済も、無茶苦茶になる。
絶対死守との厳命が六軍すべてに下されていた。
「裏切り者のリンガース兵ごときが……調子にのるなよ」
音を聞き分け、南の守りが甘いと判断したルナは、その状況を旗で中継官に伝えていた。信号を受け取った中継官は、それをそのまま次の中継官へと伝達する。
幾人も中継されたその情報は、最終的に将軍がいる本軍の司令部へと送られるのだが、これには欠点が二つあった。
一つは、情報が正確に伝わらないこと。
もう一つは、敵に解読されてしまう恐れが高いということである。
前者は訓練で補えるが、後者はそうはいかない。
実際、同じ方法で方々から集められた情報の半分以上は敵にも伝わっていた。
なので、せっかく司令部からの指示が返ってきたとしても、その頃にはすでに状況は大きく変えられている。なんてことが頻発している。
現に、いま送った情報も、さっそく盗まれてしまったのだろう、手薄だった南側への増援を予期して、敵側も遊撃隊を動かしはじめた。
陣形の変化に対応して、新たに生まれるだろう弱点を突くかまえである。
「――――クソがっ!!」
アニオタに使っていた〝にゃん言葉〟がウソのように汚い言葉を吐き捨て、空を見上げる。
斜め上の空中には、鷹の目を持つグリフォン騎兵が飛んでいた。
――――敵《リンガース》の索敵兵。
帝国側の弓矢にさらされて逃げ回っているが、そうしながらもこちらの信号を盗み取り、味方に情報を送り続けている。
「……これじゃまるでイタチごっこだな」
いや……正直、空を押さえられているこちらが不利か……。
開門揖盗《デモン・ザ・ホール》が使える魔術師ならばこんな無様なことにはならないのだが。あいにく簡易的なものでさえ、全軍探しても唱えられる者は数えるほどしかいない。
「アルテマ様がいてくれればな……」
彼女がいてくれれば情報伝達どころか、あの空の敵兵《グリフォン》でさえ、アモンの猛炎で焼き落としてくれるだろう。そして補給も、ジル様を通じて帝都から直接送ってもらっていたことだろう。
攻・守・指揮、すべてにおいて反則級な活躍で、リンガース公国軍などたちまち殲滅してしまっていたに違いない。
帝国の二大魔女と恐れられた暗黒騎士アルテマ。
彼女の訃報が、この裏切り者どもを調子づかせている要因でもある。
しかしそれは自分たちの不甲斐なさが原因ともいえるのだ。。
これしきのことで愚痴を言っていては、異世界で孤軍奮闘されているアルテマ様に笑われてしまう。
ルナは戦斧を担ぎなおし、塔から飛び降りた。
情報戦で負けているのならば、白兵戦で勝てばいい。
もともとそれがわたしの戦闘スタイルなのだから。
「――――なっ!???」
びちゃびちゃに濡れたテーブルを唖然と見つめ、アニオタは言葉を失った。
「あ~~あ~~なにしてんのアニオタってば。濃厚背脂豚骨ラーメンひっくり返しちゃって……ちゃんと掃除しときなよ」
もったいないなぁと怒るぬか娘。
だが、
「ん……なにそれ? どうなってんの??」
てっきりひっくり返ったんだと思った器だったが、よくみればそうじゃなく、真ん中からパックリと、斬ったように真っ二つに割れていた。
「え? ……それ発泡スチロールでしょ? なんでそうなるの???」
意味がわからないと目を丸くする。
ヨウツベ、モジョ、飲兵衛や誠司も、その不可解な現象を不思議に見ている。
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
「ふ?」
割れた二つの器を拾い上げて、アニオタは小刻みに震えた。
なにか言いたいのか? と覗き込んでくるぬか娘に、
「ふ、ふ、不吉でござるーーーーーーーーーーっ!!!! こ、こ、こ、これは我が嫁ルナちゅわぁぁぁぁんに何かが起こった知らせでござるぞ~~~~~っ!!!!」
唾をぶっかけ、叫喚《きょうかん》した。
油混じりの唾液でベトベトにされたぬか娘は、
「そんなワケあるか~~~~~~~~ぃ……」
と、限界突破した不愉快に気絶しそうになる。
アルテマもまさかと思ったが、しかし片隅の勘が笑顔を作らせてくれなかった。
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