上 下
179 / 265

第178話 かけひき

しおりを挟む
「九郎さん。あなた最近、蹄沢の連中と仲良くしていませんか?」
「さて、なんのことやら」

 偽島組本社ビルの仮眠室。
 いまやすっかりクロードの私室と化したその部屋で、偽島誠は苛立っていた。
 蹄沢集落との工事を巡る折り合いが、一向についていないからである。

「私はあなたに任せると言ったはずですよ?」

 丸いちゃぶ台に片肘をつき、カップラーメンをすすりながらテレビを見ている長耳エルフの背中を睨みつける。

「……だから任せられているだろうが」

 振り向きもせずに素っ気なくこたえるクロード。
 彼は怨霊との戦いのあと、アルテマたちに気付かれないようこっそりと抜け出し、ここに帰ってきた。
 そしてシャワーもそこそこに、すぐに布団に入った。
 回復魔法〝ヒール〟を使ったせいで疲労困憊こんぱいになっていたからだ。

 自分の生命力を削り、相手に与えるこの呪文は強力だが、多発はできない。
 エツ子を救ったあの時点で実は倒れそうになっていたのだが、アルテマに弱いところを見せたくなくて必死にやせ我慢していた。

 起きたのは昼過ぎ、丸一日寝ていた。
 おかげで体力はかなり回復していたが、腹はペコペコ。
 カップラーメンを作ってテレビをつけたところで偽島が乗り込んできた。

 寝過ぎで軽い頭痛がする。
 こんなときに、意識高い系の声はやたら不愉快に感じるものだ。
 面倒くさそうに応えながら麺をすすった。

「だったら早く成果をあげてください。……あなたがあの子供巫女と親密にしているという噂もあります。それも含めて説明していただけますか?」

 クロードはカップを置き、ダルそうに首を掻く。
 そしてなにも悪びれたようすもなく偽島を見上げた。

「……それは噂ではない。親密、とまで言われたら困るが、友好的に接しているのは事実だ」
「…………ほう? 聞きようによっては裏切りともとらえられますが?」

 携帯に触れ、偽島は冷ややかにクロードを見下ろした。
 なにかの合図を送ったようだが、もしかしたら囲いの舎弟でも呼んだのか?
 暴力団系とはいえ、魔法に対する抵抗手段を持たない連中だ。
 そんなものをいくら呼んだところで〝ラグエル〟を使えるクロードにとっては脅威にはならない。

 いざとなったらビルごと破壊して逃げてやってもいいのだが、この偽島誠《おぼっちゃん》はそういうところに現実味を感じていないらしい。

「利害が一致したからだ。俺はひとまずアルテマと強力して異世界へ帰る手段を見つけることにした。それにはあの集落の連中とも協力していかなければならない」
「帰る? ……そんことができるのですか?」
「いま、大きな障害にぶつかっていてな。まずはそれを排除せねばならないが、話を聞くにできないこともなさそうだ」
「……すると、あの子供巫女も帰る……ということですか?」
「そうだ。そうなればお前にとっても問題は半分解決したも同然だろう? 残った老人どもなど、荒くれ社員たちでどうとでもできるはずだ」
「……なるほど、そうですね」

 うなずくと、再び携帯を操作する偽島。
 近づいて来ていた気配が止まり、遠ざかっていく。

「……あの子供巫女――――暗黒騎士アルテマでしたか? アレさえいなくなればなにも問題ありません。そういうことでしたらあなたを信用しましょう」

 命拾いしましたね、とでも言わんばかりに薄笑いを浮かべる偽島。
 本当に助かったのは偽島組のほうなのだが、クロードは何も言わずラーメンの残りをすすった。

 クロードは嘘を二つ言っていた。

 一つは、帰る算段がついたところで、アルテマが帰るとは限らないということ。
『百年に一度の周期で門の開閉が行われる』
 その話が本当ならば、次に異世界への道が開かれるのは百年先。
 いまを逃せば、クロードはともかくアルテマは二度と戻れなくなる。
 異世界とこの世界。
 どっちを選ぶのかは、アルテマ次第だ。

 二つ目は老人たちの戦力。
 たとえアルテマがいなくなったとしても、魔法具で武装した連中はもうすでに並のヤクザ程度ではどうにもならないほどに強くなっている。
 とくにあの元一とかいう弓使いの老人。
 平和な世界の人間にしては、かなり戦いを知っているようだ。
 この時点で、偽島組があの集落を落とすのは極めて難しいと、聖騎士であるクロードは判断していた。

 しかし自分の目的はあくまで異世界に戻ること。
 この世界の地域開発などに興味はない。
 偽島には悪いが、ここは利用させてもらおう。
 そうされても負い目を感じなくていいほどの悪事を働いているほうが悪い。

 アルテマとの決着は……本国の戦争が勝利に終わった(ウソ)ということで見逃してやってもいいだろう。

 騙されているとは知らず。騙している気になってクロードは不敵に笑っていた。




 偽島が部屋を出ると、ひとりの少女にぶつかった。

「あいたっ!!」

 そう言って鼻を押さえるのは、赤いランドセルを背負った小学生の女の子。
 偽島はその子を見て、びっくりした顔をする。

「……真子《まこ》? お前……どうしたんですか、こんなところで? 学校は?」

 そう呼ばれたその子は、偽島の一人娘。
 とっくに学校へ向かったはずの娘は、父である誠を見上げると、

「……なんでもないよ!!」

 真っ赤な顔をしてそっぽを向く。
 ――――? 
 家は社屋の裏にある。
 だから通学ついでに挨拶をして行く、なんてこともたまにあるのだが……。
 しかし今回はどうも様子がおかしい。
 娘がチラチラと、仮眠室のほうを見ている。
 すこし開いた扉の向こうにはクロードの横顔が見えた。

「……ま、まさか……」

 頬を染める娘を見下ろして、偽島はこの世の終わりが来たのかと、背筋が震えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...