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第167話 拒絶の悪魔・季里姫⑨
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騒がしい下界の気配に揺り起こされ、難陀《なんだ》が仮の眠りから目を覚ます。
『……戦いの気配……か』
最近じゃ珍しい匂いだと、心地よい懐かしさに鼻を鳴らす。
あの異世界人はどうしているのだろうな。
男の方じゃなく、幼女の方だ。
あれは一見幼子の格好をしているが、中身は違うようだ。
異世界で、新たな生を刻んでいたのだろう。
……たしか、名をアルテマといったな。
我を消滅させたがっていたあいつは、はたしてその方法を見つけたのだろうか?
消えてくれという訴えについて、難陀《なんだ》はとくに腹を立てることはなかった。
なぜなら、それは自分も望んでいたからである。
もう長い間、ずっと人を喰らい続けてきた。
とうに忘れてしまった怨念にかられ、意味もなく怒り、贄を欲してきた。
そんな、平穏とは無縁の精神を無にできるのならば、拒みはしない。
しかし、自分はどうあっても死ぬことができない超級的存在。
そんな我を消す方法など、あるのなら教えてもらいたいぐらいだ。
どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……。
下界の里で大きな爆発音が響いた。
どうやら高位の術によって起こされた衝撃だったようだが、その中に、
『……ふむ。……この気配……どこかで』
人間と妖魔が戦っている。
いや、妖魔ではなく……これは怨霊の類か?
ここからでは見えはしないが、気の動きで状況が手に取るようにわかった。
怨霊と対峙しているのは――――あの異世界の幼女、アルテマだ。
それと、あの気色の悪い金髪男の気配もする。
『怨霊退治か……それも最近じゃ珍しい』
しかし気になるのはその怨霊の方だった。
かなり強力な霊のようだが……しかし問題はそこではなく、
『はて……この気配……どこかで感じたことがあるな……』
難陀《なんだ》はとても懐かしく、それでいて胸をえぐられるような不思議な感覚をその怨霊から感じ取った。
『アルテマ……一体、なにと戦っている……』
意識を戦いに集中させる。
そうしなければならない。
同じく、とうに忘れた真の自分が、そう訴えてくるように感じたからだ。
カチャカチャカチャ、カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……。
薄暗い地下室に、キーボードを叩く小気味良い音が鳴っていた。
目の保護にと、オレンジ色に調整したモニター光に照らされるのは、モジョの眠たそうな顔。
特売で買いだめした安いインスタントコーヒーを濃いめにいれて、彼女は今日も徹夜をしていた。
ゲームに没頭していた?
いやいや。
とあるプログラムを組んでいたのだ。
「モ、モ、モジョ殿、あまり根を詰めないほうが良いでござるよ?」
アニオタが食事のドーナツを持ってやってきた。
「……外は……どうなっている……むにゃむにゃ……」
「く、く、苦戦しているようでござるな。お、お、大きな爆発も起こっていたでござるし……」
「……ふ~~ん。……でも、元一も六段もいるし……占いさんも控えているだろうから……」
「さささ、さっきクロード殿が血相変えて走って行きましだぞ?」
「…………前言撤回……荒れる気がする……」
モジョは打つ手を止めて、ドーナツをいただく。
頭脳労働に糖分はありがたい。
「う、う、うまいでござろう? ぼ、ぼ、僕が丹精込めて作った手作りでござる」
たしかに、そこらのパン屋と比べても遜色ない出来だ。
この村に越してきて、自給自足の生活を始めて、みんな料理の腕がメキメキと上がっていた。とくにアニオタの作るお菓子は美味しい。
汗をびっちょり滲ませながら言われると半減してしまうが、それでも美味しいと感じるくらいに美味しかった。
この部屋はいつものぬか娘との共同生活部屋ではなく、モジョ専用の作業部屋。
朽ちたボイラーがあった部屋を改装して作ったものだ。
部屋に照明はなく窓もない。
明かりはPCモニターが発する薄暗いものだけ。
そんな陰気な部屋だが、モジョにとってはこういう環境こそ集中力が高まる。
この部屋を使うのは、ある作業をするときだけ。
ある作業とは何か?
ずばり、ハッキングである。
モジョはかつて、業界でも一流と評価されるほどのデジタルインフラ企業に勤めていた。そこで、新人の内ではピカイチと評されるほどの技術を持っていたのだが、激務に精神を病んで、二年ほどで退職することになった。
もともとのゲーム好きが転じてプログラミング関係の仕事を選んだだけでエリート街道には興味がなかったので、とくに未練はない。
しかしせっかく修得した技術を眠らせるのももったいなく思い、ときおり注文に応じて、情報を売る仕事をしている。
ただあまりディープな注文を受けると、怖いおじさんたちに追いかけ回されることにもなりかねないので、受ける仕事は人探しとか誹謗中傷コメントの犯人探しとか個人レベルのものばかりである。
それも本気でやっているわけではなく、あくまでも最小限。
食べるだけのお金を稼いだら、あとはゲームの時間にしている。
お金の為に生きるのではなく。楽しく生きる為にお金を稼ぐ。
これが彼女のモットーだからである。
そんな彼女が一生懸命、いったい何のプログラムを組んでいるのか?
「し、し、しかし……本当にそんなものができるのでござるか?」
「……さぁ……でも、やれそうでは……ある。手応えは…つかんでる」
そんな返事に、アニオタはどうにも信じられないと、汗を拭った。
「〝デジタル〟開門揖盗《デモン・ザ・ホール》とか……そんな夢みたいなモノ……作れるようには思えないでござるよ……」
見つめるモジョのモニターには、アルテマの巫女姿をロゴ化したシンボルが映っていた。
『……戦いの気配……か』
最近じゃ珍しい匂いだと、心地よい懐かしさに鼻を鳴らす。
あの異世界人はどうしているのだろうな。
男の方じゃなく、幼女の方だ。
あれは一見幼子の格好をしているが、中身は違うようだ。
異世界で、新たな生を刻んでいたのだろう。
……たしか、名をアルテマといったな。
我を消滅させたがっていたあいつは、はたしてその方法を見つけたのだろうか?
消えてくれという訴えについて、難陀《なんだ》はとくに腹を立てることはなかった。
なぜなら、それは自分も望んでいたからである。
もう長い間、ずっと人を喰らい続けてきた。
とうに忘れてしまった怨念にかられ、意味もなく怒り、贄を欲してきた。
そんな、平穏とは無縁の精神を無にできるのならば、拒みはしない。
しかし、自分はどうあっても死ぬことができない超級的存在。
そんな我を消す方法など、あるのなら教えてもらいたいぐらいだ。
どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……。
下界の里で大きな爆発音が響いた。
どうやら高位の術によって起こされた衝撃だったようだが、その中に、
『……ふむ。……この気配……どこかで』
人間と妖魔が戦っている。
いや、妖魔ではなく……これは怨霊の類か?
ここからでは見えはしないが、気の動きで状況が手に取るようにわかった。
怨霊と対峙しているのは――――あの異世界の幼女、アルテマだ。
それと、あの気色の悪い金髪男の気配もする。
『怨霊退治か……それも最近じゃ珍しい』
しかし気になるのはその怨霊の方だった。
かなり強力な霊のようだが……しかし問題はそこではなく、
『はて……この気配……どこかで感じたことがあるな……』
難陀《なんだ》はとても懐かしく、それでいて胸をえぐられるような不思議な感覚をその怨霊から感じ取った。
『アルテマ……一体、なにと戦っている……』
意識を戦いに集中させる。
そうしなければならない。
同じく、とうに忘れた真の自分が、そう訴えてくるように感じたからだ。
カチャカチャカチャ、カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……。
薄暗い地下室に、キーボードを叩く小気味良い音が鳴っていた。
目の保護にと、オレンジ色に調整したモニター光に照らされるのは、モジョの眠たそうな顔。
特売で買いだめした安いインスタントコーヒーを濃いめにいれて、彼女は今日も徹夜をしていた。
ゲームに没頭していた?
いやいや。
とあるプログラムを組んでいたのだ。
「モ、モ、モジョ殿、あまり根を詰めないほうが良いでござるよ?」
アニオタが食事のドーナツを持ってやってきた。
「……外は……どうなっている……むにゃむにゃ……」
「く、く、苦戦しているようでござるな。お、お、大きな爆発も起こっていたでござるし……」
「……ふ~~ん。……でも、元一も六段もいるし……占いさんも控えているだろうから……」
「さささ、さっきクロード殿が血相変えて走って行きましだぞ?」
「…………前言撤回……荒れる気がする……」
モジョは打つ手を止めて、ドーナツをいただく。
頭脳労働に糖分はありがたい。
「う、う、うまいでござろう? ぼ、ぼ、僕が丹精込めて作った手作りでござる」
たしかに、そこらのパン屋と比べても遜色ない出来だ。
この村に越してきて、自給自足の生活を始めて、みんな料理の腕がメキメキと上がっていた。とくにアニオタの作るお菓子は美味しい。
汗をびっちょり滲ませながら言われると半減してしまうが、それでも美味しいと感じるくらいに美味しかった。
この部屋はいつものぬか娘との共同生活部屋ではなく、モジョ専用の作業部屋。
朽ちたボイラーがあった部屋を改装して作ったものだ。
部屋に照明はなく窓もない。
明かりはPCモニターが発する薄暗いものだけ。
そんな陰気な部屋だが、モジョにとってはこういう環境こそ集中力が高まる。
この部屋を使うのは、ある作業をするときだけ。
ある作業とは何か?
ずばり、ハッキングである。
モジョはかつて、業界でも一流と評価されるほどのデジタルインフラ企業に勤めていた。そこで、新人の内ではピカイチと評されるほどの技術を持っていたのだが、激務に精神を病んで、二年ほどで退職することになった。
もともとのゲーム好きが転じてプログラミング関係の仕事を選んだだけでエリート街道には興味がなかったので、とくに未練はない。
しかしせっかく修得した技術を眠らせるのももったいなく思い、ときおり注文に応じて、情報を売る仕事をしている。
ただあまりディープな注文を受けると、怖いおじさんたちに追いかけ回されることにもなりかねないので、受ける仕事は人探しとか誹謗中傷コメントの犯人探しとか個人レベルのものばかりである。
それも本気でやっているわけではなく、あくまでも最小限。
食べるだけのお金を稼いだら、あとはゲームの時間にしている。
お金の為に生きるのではなく。楽しく生きる為にお金を稼ぐ。
これが彼女のモットーだからである。
そんな彼女が一生懸命、いったい何のプログラムを組んでいるのか?
「し、し、しかし……本当にそんなものができるのでござるか?」
「……さぁ……でも、やれそうでは……ある。手応えは…つかんでる」
そんな返事に、アニオタはどうにも信じられないと、汗を拭った。
「〝デジタル〟開門揖盗《デモン・ザ・ホール》とか……そんな夢みたいなモノ……作れるようには思えないでござるよ……」
見つめるモジョのモニターには、アルテマの巫女姿をロゴ化したシンボルが映っていた。
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