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第58話 開戦の狼煙

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「山を削るじゃとぉ!??」

 ――――ドカンッ!!!!
 怒鳴り、お座敷テーブルに拳を叩きつける元一。
 出されたお茶が数ミリほど浮き上がり飛沫《しぶき》がこぼれる。

「まあまあゲンさん。そんなに興奮しないで、これは村にとってもいい話なんだから」
 そんな元一をなだめるのは年の頃なら50と少し、蹄沢を含めたここら一体を治める『木津村』の村長、木戸誠司《きどせいじ》である。
 痩せた体に野良仕事で焼けた黒い肌。
 神経質そうに締まった顔は一見頑固そうに見えるが、流れる冷や汗は彼の気弱を充分に表現していた。
 そしてその隣には高級ブランドのワイシャツとネクタイに身を包んだ、いかにもお勉強ができそうな、いけ好かない眼鏡をかけた七三分けエリートサラリーマン風の男が一人。

「いい話もクソもあるか!! あの裏山『蹄丘《ひずめのおか》』はこの集落の象徴的なもんじゃ、それをこんなワケのわからん板で覆い被されてたまるか!! 話にならん、帰れ帰れっ!!」

 テーブルに広げられたパンフレット的な冊子を放り投げ、聞き耳持たんと元一は二人を帰らそうとする。
 そのようすを、庭を挟んだ藪の中から覗き見る『鉄の結束団』の面々。
 客人がどうにもキナ臭い話を持ってきた、と六段から聞いて心配でやってきたのだ。

「……ねえ、一体何の話をしているの?」

 頭に枝を刺し、それで隠れているつもりのぬか娘がヨウツベに訪ねた。
 お座敷には元一と客人の他に、六段と占いさんも座っていた。

「ソーラーパネルだよ、ソーラーパネル。ほら今流行のSDGsってやつだよ。そこらの企業や街が参加し初めているアレだよ。ソレをさ、ここの裏山にも作りたいって話しだよ」
「いや……アレと言われても……SD……なんて? さっぱり意味がわからないんですけど……?」

 聞いたことないぞという顔で、頭に『?』をいっぱい浮かべるぬか娘
 彼女の下で同じく枝草を刺したモジョが、

「……SDGsとは『持続可能な開発目標』世界中にある環境問題・差別・貧困・人権問題といった課題を、世界のみんなで2030年までに解決していこうという計画・目標のことだ」

 スマホを見ながら丸読みする。

「え~~~~っと……」
「……ざっくり大きく分けると『貧乏で困ってる人をなくす』『差別のない社会を作る』『環境を大切にする』にその活動内容が分けられるらしいぞ……知らんけど」

 最後は投げやりに適当に答えるモジョ。ぬか娘は首を傾げて、

「いいことなんじゃないの? なのになんでゲンさんはあんなに怒っているの?」

 と、疑問を口にする。

「確かに思想と取り組みは素晴らしいことだと僕も思うけど……この手の話って大抵綺麗事ばかりじゃ終わらないってのが世の常だったりもするからね……」

 言って客人の二人。特にエリート風のメガネ顔を胡散臭そうに眺めるヨウツベ。

「……とくにソーラーパネル関連はいい話を聞かないからな……」
「だだだ、だな。利権と金の匂いがぷんぷんするんだな」

 モジョのつぶやきにアニオタも同意する。

「あ、お客さん帰っていくよ」

 ぬか娘の声にお座敷を見ると、まるで聞く耳を持たない態度の元一に、やれやれと疲れた顔をしつつ村長が立ち上がったところだった。
 続いてエリート風の男も席を立ち、元一たちに何やら声を掛けると、そのまま村長とともに帰っていった。




「まったく木戸の奴め、こんな話を勝手に進めおってっ!! 考えられんぞ!!」

 その日の夕方、緊急集落会議と称してメンバー全員が元一の家に招集された。
 大体の話はみんな知っていたが、あらためて元一からの説明を聞いた。

 話をまとめると。

 現在、木津村と建設会社『偽島組』が協力して推し進められている公共事業『木津村クリーンエネルギ化計画』
 その根幹として着手しているソーラーパネル設置工事。
 それがいま隣の集落まで進んでいて、次はこの蹄沢になるというので知らせに来たのだと言うことらしい。

「……そんな話、僕たちは聞いていませんけど!?」

 盗み聞きしていたおかげでビックリはしなかったが、しかしその急な話に当然の如く抗議の声を上げるヨウツベ。
 そんな彼の十倍くらい苦々しい顔をして元一が唸る。

「ワシもじゃよ。本来ならこんな事は最低でも一年前には話しが来ていないとおかしいんじゃ!! ……それをあの村長……どうせワシらが反対するじゃろうと考えて勝手に話だけは進めておったんじゃっ!!」
「え~~~~それって酷くないですか!? なんで住んでる私たちの意見を無視して……そんな勝手なこと」
「……金だな」

 むくれっツラのぬか娘にモジョがボソリと答える。
 それに元一やヨウツベが大きくうなずき言葉を続けた。

「そうでしょうね。こういう事業って必ず、金と政治が絡んできていますからね。馬鹿正直に住人の意見を聞いて、みすみす利権を手放す政治家も企業もいないってことでしょう。事前に全てを決めておいて、住人には後戻りできなくなってから事後報告なんて小賢しい役人の常套手段ですよ」
「……大方、そこからいくらか村長の懐に入り込むんだろうよ。……あの馬鹿者が、なにがこの集落にとって悪い話じゃないですじゃ!!」
「それにしても勝手にそんなことできるものなの!?」
「……裏山は県の管轄だからな……。詳しいことはわからんが、ワシらの土地じゃないことは確かだな」
「でもその麓に住む住人の……なに? 居住権? そういうのもあるんでしょ!?」

 元一の言葉に噛みつくぬか娘。
 たしかに彼女の言う通り、おかしな工事によって生活環境が著しく変わるのならば、それに文句を言う権利は周辺住人にあるはずである。

「しかし、あのメガネは何者や? ……ヒック」
「建設会社の営業じゃ。」
「建設会社やって!??」
「ああ、ともかく工事は議会で正式に決定したことだと一方的に言ってきた。いまさらワシらが反対しても決まった契約はひっくり返らんとな。……そしてこれが工事の計画書だ」

 そう言って元一は面白く無さそうに、ホッチキスで簡易止めされた企画書を放り投げた。
 その工事予定地の中には、あの『龍穴の祠』も含まれていた。
 内容を読むと、祠は撤去され、場所は更地になるとなっている。
 それを見て、それまでずっと黙って話を聞いていたアルテマがようやく口を開いた。

「……なんだ、奴らは私らに戦争でも仕掛けに来たのか?」と。
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