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第51話 ふとした疑問

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「ほいよ、じゃあこれで終わりじゃ。……今回は効果が無かったみたいじゃが、何度も繰り返せばきっと良くなるじゃろう。来週また来るが良いぞ」
「おお……そいかいのぉ。そうなるとよいのう……わしゃもう一度、この孫の顔を見たくてのう……藁《ワラ》をもすがる気持ちじゃて……」

 そう言って残念そうに肩を落とす最後の患者さん。
 隣にはそのお孫さんとおぼしき、小さな男の子がお婆さんを気遣うように手をつないで立っている。
 お婆さんの目は瞑られていた。
 数年前に病で全盲になってしまったらしいのだ。

「大丈夫じゃ大丈夫じゃ」と背中を摩りながら玄関先のタクシーまで案内する占いさん。その後を巫女姿のアルテマも付いてくる。
「……のお、きっと治るじゃろう?」

 そう言って占いさんはアルテマに語りかける。
 アルテマはそのお婆さんに向かって丁寧にお辞儀をしながら、

「大丈夫でしょう。先生のお力ならばその患者さんきっとまた良くなります」

 と静かにそう言ってあげた。
 つまりは『悪魔憑き』なので回復可能だと言うことだ。
 それを確認して、うんうんと笑う占いさんだが、

(じゃあなんで早く治してやらんのじゃ)
 と、小さく耳打ちし、アルテマを突っついてきた。

(憑いてる悪魔が厄介だからだ。この婆さん……下手すればアンタよりヒドい悪魔に取り憑かれてるかも知れんぞ?)
(なんと、そうなのか!?)

 先日の山羊悪魔を思い出す。

(やってやれんことも無いが、いまは危険を冒したくない。元一や六段も悪魔祓いに協力してくれるが、慣れるまでは小さな悪魔で経験を積んだほうが良いだろう)
「何をこそこそ言っとるんかいのぉ?」
「ああいや、こっちの話じゃよ。……お主の目はきっと良くなるから、必ず除霊に通うんじゃぞ」

 慌てて取り繕い、自然を装う二人。

「……? そうさせてもうらうよぉ。……しかし、一回のお祓いが千円っぽっちでいいのかい? それじゃあ商売にならんだろうに……」
「いやいや、そもそもわたしは棒を振っとるだけで……あいや、何でも無い」
「?」

 不思議な顔をして帰っていく盲目のお婆さん。
 見送って部屋に戻ると飲兵衛がバテてひっくり返っていた。

「……なんじゃい、いい若いもんが情けないのう」
「朝から昼《いま》までズッとマッサージしとったんや、そらひっくり返るわ!!」
「なぁ……ふと思ったんだが」

 そんな汗だくの飲兵衛を見て、アルテマがずっと思っていた疑問を口にする。

「……やるのは除霊だけでいいんじゃないのか? マッサージまでしてやる意味があるのか?」
「お前……いまそれ言うか!? そもそも発端はお前が持ち込んだ話やないけ、それをどうにかこうにか辻褄合わせようとワシが苦労しとると言うのに!!」
「まあまあ、細かいことは良いわ。なら次回からわたしとアルテマの除霊だけにするが、それでいいな」

 かくして『奇跡の元医者』と爆上がりした飲兵衛の株は、たった一日で急落下し、忘れ去られることになるのだった。




 ――――そして開門揖盗《デモン・ザ・ホール》!!
 お昼ごはんをたっぷりと平らげたアルテマは元気に呪文を唱えた。

 ワカメと油揚げの味噌汁に冷凍ミニハンバーグ。
 お腹はこれで満たされた。

 元一が倒してくれた蜘蛛の悪魔。
 そして六段が締め上げてくれた大鼠の悪魔。
 これで魔素もそこそこ溜まった。

 準備は万端である。
 場所はいつもの校庭広場。
 メンバーも勢ぞろいである。

 唱えてしばらく待つと、

 ――――カランカランカラ~~ン!!
 応答のベルが鳴り響いた。
 色は薄い黄金色。
 アルテマの師匠。ジルの物であった。




「まぁ、ではそれがその異世界の解毒薬ですか?」

 アルテマによって目の前に掲げられた薬の小箱をマジマジと見つめるジル。
 見たこともない鮮明な色が散りばめられた箱に、まるで本物かと見間違うほどに実写的に描かれた錠剤の絵が書かれている。
 それだけで異世界の文化レベルの凄さがわかると、その目は驚きと好奇心に満ち、キラキラしていた。

「はい。こちらの飲兵衛が調べてくれました。汚染された水の腐食による病はこの薬で治すことが出来るようです」
「……素晴らしいです。ええと……これは何と読むのでしょうか?」

 箱に書かれた、おそらくこの薬剤の名前なのだろう文字を見てジルは困ったように首をかしげた。

「……これは……『ビタットスメクタ・アルファB錠』と書いてあります」

 箱を見つめてやや読みづらそうに、それでも充分流暢に読み上げてみせるアルテマ。

「そうですか……びたっとすめくた? ……ええと、あるふぁびー錠ですか。すごいですねアルテマ、もうそちらの言葉が読めるようになったんですか!?」

 名前よりも、そっちに驚いて目を丸くするジル。

「……いえ、これは最初から……。あれ? そういえば何故私はこっちの世界の文字が読めるのだ?」

 そう言われてアルテマも不思議に首を傾げる。
 会話の補助は婬眼《フェアリーズ》の機能を一部常時使用することによって出来るようにはしていた。
 だから声での会話はある程度は問題ない。
 皇帝やジルも同じ要領で会話していたのだが、しかし、それはあくまで会話の補助であって文章の解読とはまた違う。
 現にジルはこちらの世界の言葉『日本語』は話せても、読むことは出来なかった。
 それが何故、自分は出来てしまっているのだろう?

 ……もしかして、こっちに飛ばされた時の空白の時間が何か関係しているのだろうか? 
 色々考えてみるアルテマだったが、もちろん答えなど出るはずがなかった。
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