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プロローグ

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「――――ふん、貴様の命運もここまでだな。暗黒騎士アルテマよ」
「聖騎士……クロード……貴様ごときに倒されるなら……」

 聖剣を構えるクロードの前で、アルテマは膝を折り、眼下の暗闇を見下ろした。
 吊り橋の隙間からのぞき見えるその闇は、吸い込まれるように先が見えない。

 次元の狭間と噂されるこの渓谷は、一度落ちたら死体すらも拾われることのない奈落への入り口と言われている。

 背後からは別の兵士が迫って来ている。
 魔力も尽き果て、肩に矢を受け、もはや剣すらもまともに振る事が出来ないアルテマは、文字通り絶体絶命の窮地に立たされていた。

「クロード様、その女は帝国の近衛騎士。捕らえれば大きな武功になりますぞ!!」

 背後からの兵士がクロードに向かって進言してくる。

「……充分承知している」

 クロードは薄く笑うと、侮辱するようにアルテマの兜に剣先を引っ掛けた。
 全身を黒い鎧に包まれている暗黒騎士アルテマは、その顔も仮面と兜で覆われている。
 その兜を、聖剣の切っ先でジリジリと上へと剥いでいく。
 カラン、と仮面が外れ落ちた。
 兜も脱がされ橋板へと落とされる。

 あらわになるアルテマの素顔。
 それを見たクロードはさらに愉快そうに笑みを深めた。

「ハ――――ハッハハハハハ!! 声の具合で察しはついていたが、やはり老けたババアか、帝国一の美人騎士と歌われたアルテマも、蓋を開ければこんなものよ」

 バサリと長い黒髪を揺らして兜の下から現れたのは、年の頃なら四十半ば、整った顔立ちだが、とうの昔にその魅力の頂上を降りた熟女の顔だった。

 その額には魔族の証として二本の鋭い角が生えていた。

「クロード殿、その噂はもう二十年ほど昔のことですぞ」
「ん? そうか、そうであったな!! ふっははははははははははは!! これは失礼したな? しかしどうだ、こんな女を捕らえて帰ったとして何の楽しみがある?」
「いえ、楽しみというか……人質として大きな価値があります」

 もっともな意見を言う兵士だが、

「興味無いな」

 半笑いでそれを一蹴するクロード。

「それよりも、幾度もこの俺を退けてくれた忌まわしき暗黒騎士の正体が、こんな年増の魔女だと国民に知られるほうが問題よ」

 言って剣を構え直すクロード。
 それを怨念を込めた目で見返すアルテマ。

「聖騎士クロード……。貴様ら聖王国の行いは……必ずや暗黒神様の怒りを呼び覚まし、その強欲とともに炎の渦に飲み込まれるだろう。その時を……私は黄泉の国で楽しみに待っているぞ」
言いたいことまけおしみはそれで終わりか? ――――何っ!?」

 その言葉が終わらない内に、アルテマは目の前から消えていた。

 吊り橋の綱が激しく軋む。

 ――――飛び降りたのだ。
 躊躇なく。

「馬鹿な――――」

 あっけなく、静かに、風の音だけが響いていた。

 しばし悔しそうに闇を見下ろしていたクロードだが、やがて剣を収めるとアルテマが残していった兜を手に取った。

「首を逃したのは口惜しいが、こいつを証拠として持ち帰る。お前らはうまく口裏を合わせておけ」
「了解しました」

 敬礼すると、クロードと兵士たちは揺れる吊り橋から立ち去り、帰路へとついた。

 ――――カッ!!!!

 ――――その背後で雷光にも似た光が、谷底から放たれていた事に気づかずに。
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