1 / 262
プロローグ
しおりを挟む
「――――ふん、貴様の命運もここまでだな。暗黒騎士アルテマよ」
「聖騎士……クロード……貴様ごときに倒されるなら……」
聖剣を構えるクロードの前で、アルテマは膝を折り、眼下の暗闇を見下ろした。
吊り橋の隙間からのぞき見えるその闇は、吸い込まれるように先が見えない。
次元の狭間と噂されるこの渓谷は、一度落ちたら死体すらも拾われることのない奈落への入り口と言われている。
背後からは別の兵士が迫って来ている。
魔力も尽き果て、肩に矢を受け、もはや剣すらもまともに振る事が出来ないアルテマは、文字通り絶体絶命の窮地に立たされていた。
「クロード様、その女は帝国の近衛騎士。捕らえれば大きな武功になりますぞ!!」
背後からの兵士がクロードに向かって進言してくる。
「……充分承知している」
クロードは薄く笑うと、侮辱するようにアルテマの兜に剣先を引っ掛けた。
全身を黒い鎧に包まれている暗黒騎士アルテマは、その顔も仮面と兜で覆われている。
その兜を、聖剣の切っ先でジリジリと上へと剥いでいく。
カラン、と仮面が外れ落ちた。
兜も脱がされ橋板へと落とされる。
あらわになるアルテマの素顔。
それを見たクロードはさらに愉快そうに笑みを深めた。
「ハ――――ハッハハハハハ!! 声の具合で察しはついていたが、やはり老けたババアか、帝国一の美人騎士と歌われたアルテマも、蓋を開ければこんなものよ」
バサリと長い黒髪を揺らして兜の下から現れたのは、年の頃なら四十半ば、整った顔立ちだが、とうの昔にその魅力の頂上を降りた熟女の顔だった。
その額には魔族の証として二本の鋭い角が生えていた。
「クロード殿、その噂はもう二十年ほど昔のことですぞ」
「ん? そうか、そうであったな!! ふっははははははははははは!! これは失礼したな? しかしどうだ、こんな女を捕らえて帰ったとして何の楽しみがある?」
「いえ、楽しみというか……人質として大きな価値があります」
もっともな意見を言う兵士だが、
「興味無いな」
半笑いでそれを一蹴するクロード。
「それよりも、幾度もこの俺を退けてくれた忌まわしき暗黒騎士の正体が、こんな年増の魔女だと国民に知られるほうが問題よ」
言って剣を構え直すクロード。
それを怨念を込めた目で見返すアルテマ。
「聖騎士クロード……。貴様ら聖王国の行いは……必ずや暗黒神様の怒りを呼び覚まし、その強欲とともに炎の渦に飲み込まれるだろう。その時を……私は黄泉の国で楽しみに待っているぞ」
「言いたいことはそれで終わりか? ――――何っ!?」
その言葉が終わらない内に、アルテマは目の前から消えていた。
吊り橋の綱が激しく軋む。
――――飛び降りたのだ。
躊躇なく。
「馬鹿な――――」
あっけなく、静かに、風の音だけが響いていた。
しばし悔しそうに闇を見下ろしていたクロードだが、やがて剣を収めるとアルテマが残していった兜を手に取った。
「首を逃したのは口惜しいが、こいつを証拠として持ち帰る。お前らはうまく口裏を合わせておけ」
「了解しました」
敬礼すると、クロードと兵士たちは揺れる吊り橋から立ち去り、帰路へとついた。
――――カッ!!!!
――――その背後で雷光にも似た光が、谷底から放たれていた事に気づかずに。
「聖騎士……クロード……貴様ごときに倒されるなら……」
聖剣を構えるクロードの前で、アルテマは膝を折り、眼下の暗闇を見下ろした。
吊り橋の隙間からのぞき見えるその闇は、吸い込まれるように先が見えない。
次元の狭間と噂されるこの渓谷は、一度落ちたら死体すらも拾われることのない奈落への入り口と言われている。
背後からは別の兵士が迫って来ている。
魔力も尽き果て、肩に矢を受け、もはや剣すらもまともに振る事が出来ないアルテマは、文字通り絶体絶命の窮地に立たされていた。
「クロード様、その女は帝国の近衛騎士。捕らえれば大きな武功になりますぞ!!」
背後からの兵士がクロードに向かって進言してくる。
「……充分承知している」
クロードは薄く笑うと、侮辱するようにアルテマの兜に剣先を引っ掛けた。
全身を黒い鎧に包まれている暗黒騎士アルテマは、その顔も仮面と兜で覆われている。
その兜を、聖剣の切っ先でジリジリと上へと剥いでいく。
カラン、と仮面が外れ落ちた。
兜も脱がされ橋板へと落とされる。
あらわになるアルテマの素顔。
それを見たクロードはさらに愉快そうに笑みを深めた。
「ハ――――ハッハハハハハ!! 声の具合で察しはついていたが、やはり老けたババアか、帝国一の美人騎士と歌われたアルテマも、蓋を開ければこんなものよ」
バサリと長い黒髪を揺らして兜の下から現れたのは、年の頃なら四十半ば、整った顔立ちだが、とうの昔にその魅力の頂上を降りた熟女の顔だった。
その額には魔族の証として二本の鋭い角が生えていた。
「クロード殿、その噂はもう二十年ほど昔のことですぞ」
「ん? そうか、そうであったな!! ふっははははははははははは!! これは失礼したな? しかしどうだ、こんな女を捕らえて帰ったとして何の楽しみがある?」
「いえ、楽しみというか……人質として大きな価値があります」
もっともな意見を言う兵士だが、
「興味無いな」
半笑いでそれを一蹴するクロード。
「それよりも、幾度もこの俺を退けてくれた忌まわしき暗黒騎士の正体が、こんな年増の魔女だと国民に知られるほうが問題よ」
言って剣を構え直すクロード。
それを怨念を込めた目で見返すアルテマ。
「聖騎士クロード……。貴様ら聖王国の行いは……必ずや暗黒神様の怒りを呼び覚まし、その強欲とともに炎の渦に飲み込まれるだろう。その時を……私は黄泉の国で楽しみに待っているぞ」
「言いたいことはそれで終わりか? ――――何っ!?」
その言葉が終わらない内に、アルテマは目の前から消えていた。
吊り橋の綱が激しく軋む。
――――飛び降りたのだ。
躊躇なく。
「馬鹿な――――」
あっけなく、静かに、風の音だけが響いていた。
しばし悔しそうに闇を見下ろしていたクロードだが、やがて剣を収めるとアルテマが残していった兜を手に取った。
「首を逃したのは口惜しいが、こいつを証拠として持ち帰る。お前らはうまく口裏を合わせておけ」
「了解しました」
敬礼すると、クロードと兵士たちは揺れる吊り橋から立ち去り、帰路へとついた。
――――カッ!!!!
――――その背後で雷光にも似た光が、谷底から放たれていた事に気づかずに。
1
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる