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第254話 捕縛作戦㉖
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殺していいかと尋ねたとき、彼女はそれを拒絶しなかった。
それが菜々ちんにできる、精一杯の私へのメッセージだったのだろう。
彼女はマステマに支配されている。
そしてその支配を通じて彼女の行動は所長に筒抜けになっているはずだ。
だから彼女は迂闊なことを何も言えない。
たとえ敵対したくなくとも、彼女は私と敵対しなければならない。
どんな弱みを握られているかわからない。
しかし確実にそうしなければならない理由があるのだ。
だから私は演技した。
そして聞いた『殺していいか』と。
裏切りを悟らせず所長《マステマ》の呪縛から彼女を引き離すのはこれしかないと思ったから。
彼女はそれに『無言』という形で応えてくれた。
つまりそれは『助けて』のサイン。
私たちだけにしか解らない、かすかな――――糸一本ぶんの信頼だった。
「ぐ……うぅぅぅ……」
菜々ちんが苦しそうな声を上げ、私をうらめしげに睨み上げる。
私はそれを鬼の目で見返す。
これも全て演技。
だけども、彼女から精気を吸っているのも、彼女が苦しんでいるのも本当だ。
本気で殺し合っていなければ意味がないから。
しかしそれもマステマを引きずり出すまで。
あの悪魔の呪縛さえ断ってしまえば、私はすぐにでもこの辛い演技をぶん投げる。
みるみると菜々ちんの皮膚が枯れていく。
意識も朦朧となって掴む手も力が抜けていく。
――――マズイ、このままじゃ本気で殺してしまう。
回復術に切り替えてマステマを強制的に引きずり出すか? いや、それをしたら彼女を生かしているとバレてしまう。
そうなればまた菜々ちんは利用されるだろう。
あくまで自然な形で彼女を舞台から下ろすには、やはり最後まで敵として扱わなければならない。
でもこのままだと……菜々ちんの命は持ってあと数秒。
中にいるはずのマステマも精気を吸われているはず。
菜々ちんを殺したら、その時はマステマも消滅するときだ。
そうなる前に、マステマはきっと彼女の中から飛び出してくる。
その瞬間を狙って倒すしかない。
彼女の命が尽きるまでに。
「うぁ………ぁ…………」
菜々ちんのうめきが小さくなってくる。
腕はガクンと落ち、目から命の光が消えかかったそのとき――――、
『う、ぐはぁーーーーーーーーっ!!!!』
苦痛の呻きとともにマステマが彼女の背中から飛び出してきた!!
そしてひどく焦った顔で私を見下ろすと、所長の声が頭に響いてくる。
『た、宝塚くん、ま、待ちたまえ!! まさかキミ、菜々くんを本気で――――』
――――ブツっ!!!!
所長には悪いが、いまは会話している暇がない!!
瞬時に練り上げさせた結界術をもって、その回線を強制的にカットする。
そしてその青の光を拳に一点集中させた私は――――、
「消えろ、この死神がーーーーっ!!!!」
正真正銘マジの怒りの鉄拳をマステマにぶち込んだ!!!!
――――ドガッ!! バキャァァァァァァァァァァッンッ!!!!
『グ、グギャァァァァァァァァッ!!!!』
結界術によって精神体に直撃ダメージを食らったマステマは瞬時に爆裂霧散する。
私はそれに歓喜することもなく、余韻に浸ることもなく、菜々ちんにかぶりつくように抱きついた!!
「ラミア!! 回復術!! お願い、全力でお願い!!!!」
『ぎゅるぅぅぅぅ!!』
言われずともと、素早い反応でラミアが回復術を練り上げてくれる。
それを即座に菜々ちんへと注入する私。
彼女の体は完全に干からび、呼吸も、鼓動も、生命の気配も全てが無になっていた。
ギリギリまでマステマに粘られたせいでここまで衰弱させなければならなかった。
よほど菜々ちんを失うのが嫌だったのだろう。
ヤツが出てきたのは彼女の命が消えるほんの一瞬前だったのだ。
出てきた瞬間、吸収を止めた。
――――止めたつもりだった。
菜々ちんの体が回復する。
肉付きは戻り、肌もみずみずしく髪もサラサラになる。
ほどけてしまった三つ編み。
ストレートヘアになった菜々ちんはまるで女神のように神々しく美しかった。
私は見とれながら菜々ちんの頬を撫でた。
――――冷たかった。
冗談であってほしいと放心し、笑い、恐る恐る……鼓動を確かめた。
なにも聞こえなかった。
「ラミア……ちょっと……ラミア? ちゃんとしなさいよ、まだ治りきって……いない、みたい……よ」
言いながらボロボロと涙がこぼれてきた。
『きゅうぅぅぅぅぅぅぅ…………』
ラミアの辛そうで悲しい声。
私はその声の意味を理解していた。
回復術はきちんと施行された。
彼女は完全に回復していた。
回復出来るところまでは。
いかにラミアの回復術とはいえ、消えた魂までは復元出来ない。
ひんやりとした菜々ちんの体が私の体温を奪っていく。
まるで私を責めるみたいに。
彼女の魂はもう……そこにはなかった。
それが菜々ちんにできる、精一杯の私へのメッセージだったのだろう。
彼女はマステマに支配されている。
そしてその支配を通じて彼女の行動は所長に筒抜けになっているはずだ。
だから彼女は迂闊なことを何も言えない。
たとえ敵対したくなくとも、彼女は私と敵対しなければならない。
どんな弱みを握られているかわからない。
しかし確実にそうしなければならない理由があるのだ。
だから私は演技した。
そして聞いた『殺していいか』と。
裏切りを悟らせず所長《マステマ》の呪縛から彼女を引き離すのはこれしかないと思ったから。
彼女はそれに『無言』という形で応えてくれた。
つまりそれは『助けて』のサイン。
私たちだけにしか解らない、かすかな――――糸一本ぶんの信頼だった。
「ぐ……うぅぅぅ……」
菜々ちんが苦しそうな声を上げ、私をうらめしげに睨み上げる。
私はそれを鬼の目で見返す。
これも全て演技。
だけども、彼女から精気を吸っているのも、彼女が苦しんでいるのも本当だ。
本気で殺し合っていなければ意味がないから。
しかしそれもマステマを引きずり出すまで。
あの悪魔の呪縛さえ断ってしまえば、私はすぐにでもこの辛い演技をぶん投げる。
みるみると菜々ちんの皮膚が枯れていく。
意識も朦朧となって掴む手も力が抜けていく。
――――マズイ、このままじゃ本気で殺してしまう。
回復術に切り替えてマステマを強制的に引きずり出すか? いや、それをしたら彼女を生かしているとバレてしまう。
そうなればまた菜々ちんは利用されるだろう。
あくまで自然な形で彼女を舞台から下ろすには、やはり最後まで敵として扱わなければならない。
でもこのままだと……菜々ちんの命は持ってあと数秒。
中にいるはずのマステマも精気を吸われているはず。
菜々ちんを殺したら、その時はマステマも消滅するときだ。
そうなる前に、マステマはきっと彼女の中から飛び出してくる。
その瞬間を狙って倒すしかない。
彼女の命が尽きるまでに。
「うぁ………ぁ…………」
菜々ちんのうめきが小さくなってくる。
腕はガクンと落ち、目から命の光が消えかかったそのとき――――、
『う、ぐはぁーーーーーーーーっ!!!!』
苦痛の呻きとともにマステマが彼女の背中から飛び出してきた!!
そしてひどく焦った顔で私を見下ろすと、所長の声が頭に響いてくる。
『た、宝塚くん、ま、待ちたまえ!! まさかキミ、菜々くんを本気で――――』
――――ブツっ!!!!
所長には悪いが、いまは会話している暇がない!!
瞬時に練り上げさせた結界術をもって、その回線を強制的にカットする。
そしてその青の光を拳に一点集中させた私は――――、
「消えろ、この死神がーーーーっ!!!!」
正真正銘マジの怒りの鉄拳をマステマにぶち込んだ!!!!
――――ドガッ!! バキャァァァァァァァァァァッンッ!!!!
『グ、グギャァァァァァァァァッ!!!!』
結界術によって精神体に直撃ダメージを食らったマステマは瞬時に爆裂霧散する。
私はそれに歓喜することもなく、余韻に浸ることもなく、菜々ちんにかぶりつくように抱きついた!!
「ラミア!! 回復術!! お願い、全力でお願い!!!!」
『ぎゅるぅぅぅぅ!!』
言われずともと、素早い反応でラミアが回復術を練り上げてくれる。
それを即座に菜々ちんへと注入する私。
彼女の体は完全に干からび、呼吸も、鼓動も、生命の気配も全てが無になっていた。
ギリギリまでマステマに粘られたせいでここまで衰弱させなければならなかった。
よほど菜々ちんを失うのが嫌だったのだろう。
ヤツが出てきたのは彼女の命が消えるほんの一瞬前だったのだ。
出てきた瞬間、吸収を止めた。
――――止めたつもりだった。
菜々ちんの体が回復する。
肉付きは戻り、肌もみずみずしく髪もサラサラになる。
ほどけてしまった三つ編み。
ストレートヘアになった菜々ちんはまるで女神のように神々しく美しかった。
私は見とれながら菜々ちんの頬を撫でた。
――――冷たかった。
冗談であってほしいと放心し、笑い、恐る恐る……鼓動を確かめた。
なにも聞こえなかった。
「ラミア……ちょっと……ラミア? ちゃんとしなさいよ、まだ治りきって……いない、みたい……よ」
言いながらボロボロと涙がこぼれてきた。
『きゅうぅぅぅぅぅぅぅ…………』
ラミアの辛そうで悲しい声。
私はその声の意味を理解していた。
回復術はきちんと施行された。
彼女は完全に回復していた。
回復出来るところまでは。
いかにラミアの回復術とはいえ、消えた魂までは復元出来ない。
ひんやりとした菜々ちんの体が私の体温を奪っていく。
まるで私を責めるみたいに。
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