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第242話 捕縛作戦⑭
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「オジサマが好きです……ねぇ」
捕まった恋人を救うべく大猿に立ち向かう配管工になりきりながら、そう大西は呟いた。
手にはピコピコと電子音を鳴らす白黒液晶携帯ゲーム機が握られている。
「なによ突然? 恋愛ゲームでもやっているの?」
「いや、まぁ……ある意味そうなんだけどね。いまのは現実の話だよ」
転がってくる樽をギリギリジャンプで躱す。
パターンでループする単純なゲームだが、これが中々ハマりだすとやめられない。
高級革張りソファーに埋もれながら、大西は朝からずっとこれをやっている。
その向かいに腰掛けながら片桐はノートPCで、各地から送られてくる破壊活動の情報をまとめていた。
「現実?」
「……うん。いま僕、告られちゃった」
「…………誰に?」
「百恵ちゃんさ~~~~♡」
その名を聞いて片桐はアホらしいと肩をすくめる。
「あの子も一途なものね。……こんなオジサンのどこがそんなにいいのかしら」
セットの乱れたくしゃくしゃの髪に無精髭、かろうじてワイシャツとネクタイはしているものの、シワだらけでだらしがないったらありゃしない。
JPA時代は女将や仲居連中など、エチケットにうるさい人間が注意していたからまだマシだったが、そこを離れてしまってからはもう堕落し放題である。
本気でわからないと言った顔で片桐は紅茶と首を傾ける。
「おいおい失礼だね。こう見えても僕はモテるんだよ~~?」
「そんなことよりも椿のほうはどうなっているの? いまはあの宝塚との交戦中だったはずでしょ?」
「ああ、宝塚君は倒したよ」
「――――ぷ!!」
サラリと言われた爆弾発言に、思わず紅茶を弾き飛ばす片桐。
「なんか銀野君が加勢してパワーアップしたけど、調子に乗った隙きを狙って逆に椿を強化させたんだよ。そうしたらあっさり氷漬けになってくれたよ。いやぁ、彼女はほんと愉快な子だねぇ」
ケラケラと笑う大西に複雑な表情の片桐。
仮にも一時は私を追いつめたんだから、変なところで簡単に倒されるのは勘弁して欲しい……と言いたいが、それは公私混同なので黙っておく。
「で、そのままお持ち帰りしようとしたんだけど、百恵ちゃんに邪魔されてね。その最中に『好きです』だって」
ピコピコとゲーム機を鳴らしながら事も無げに言う大西。
「事態が把握できないけど……結局いまはどうなっているの?」
「いまは椿が半殺しにされたところだね。戦闘不能。命も……う~~ん、もって2、30分ってところじゃないかな?」
「そう。……新型ベヒモスっていっても、元が悪ければやはり百恵クラスには勝てないわけね」
カタカタとデータを入力していく片桐。
「おいおい、早合点はよくないな。彼女はまだまだ頑張れるよ?」
「死にかけてるって言ったじゃない?」
「2、30分は生きてるって言ったんだよ」
「……相変わらずたちの悪い男ね」
「物は大事に、最後まで使いなさいと教わってきた世代だからね。――――それよりももっとタチの悪いこと思いついちゃった」
「なに?」
「ん~~~~いまはまだ言えないかな? 言ったらさすがのキミでもドン引きしちゃうかも知れないからね。上手く言ったらそのとき教えるよ」
「あなたに対して、これ以上呆れることなんてありはしないわよ」
嫌味を言うが、そこから先は片桐も聞こうとはしなかった。
大西が思いついた企みとは百恵のことである。
いま現在、百恵クラスの能力者を支配することはマステマには出来ない。
それは術者のファントムに対する抵抗力か高いからだが、しかしそこに恋心という要素が加わったらどうなるだろうか?
『オジサマが好きです』
その言葉はすなわち自分を受け入れるということ。
宝塚の、ファントムとの驚異の相性も興味深いが、この娘のバカバカしい恋心というのも中々に面白い研究材料だ。
――――百恵も憑依対象になり得る。
これは椿の心を壊しファントムごと支配する技術を見つけたとき気付いたことだ。
そして今しがた本人から直接言われて、その目を見て確信した。
恋心と言うのもある種、壊れた心のようなもの。まともな判断が出来なくなるという点では同じようなものだ。
もし、百恵を操作可能なベヒモスへと進化させたら……一体どんな化け物が出来るのだろう。
きっと片桐くんなんぞ足元にも及ばない凶悪なモンスターが出来上がるのは間違いない。
そう考えて大西はニヤける。
宝塚と百恵。
二人の化け物候補を手に入れたら、この国どころじゃない。世界すら相手に戦争《おあそび》したって、いいところまでいけるかもしれない。
一気に広がった混沌の未来を夢見て大西は、悦に笑った。
そして椿に念話を送る。
『その子供も重要試験体だ。キミは死んでもソレは逃がすな』
と。さらに菜々にも送る。
『椿を犠牲に百恵くんを潰してみるよ。キミは銀野くんの動きに注意しつつ二人の回収を行ってくれ』
と、すかさず返事が返ってくる。
『……部下が両方やられました。補充をお願いします』
『わかっているよ。近くの構成員を向かわせるように片桐くんに頼んでおくから、それから菜々くんは戦闘に加わっちゃダメだよ、大事な体なんだからね?』
と、言いながら懐から取り出したキーホルダーを見る大西。
そこにはひとつ、その革張りのホルダーに似つかわしくない無骨な鍵がぶら下がっていた。
『わかっています』
短く、そして苦々しくそう言うと、菜々からの念話は途絶えた。
捕まった恋人を救うべく大猿に立ち向かう配管工になりきりながら、そう大西は呟いた。
手にはピコピコと電子音を鳴らす白黒液晶携帯ゲーム機が握られている。
「なによ突然? 恋愛ゲームでもやっているの?」
「いや、まぁ……ある意味そうなんだけどね。いまのは現実の話だよ」
転がってくる樽をギリギリジャンプで躱す。
パターンでループする単純なゲームだが、これが中々ハマりだすとやめられない。
高級革張りソファーに埋もれながら、大西は朝からずっとこれをやっている。
その向かいに腰掛けながら片桐はノートPCで、各地から送られてくる破壊活動の情報をまとめていた。
「現実?」
「……うん。いま僕、告られちゃった」
「…………誰に?」
「百恵ちゃんさ~~~~♡」
その名を聞いて片桐はアホらしいと肩をすくめる。
「あの子も一途なものね。……こんなオジサンのどこがそんなにいいのかしら」
セットの乱れたくしゃくしゃの髪に無精髭、かろうじてワイシャツとネクタイはしているものの、シワだらけでだらしがないったらありゃしない。
JPA時代は女将や仲居連中など、エチケットにうるさい人間が注意していたからまだマシだったが、そこを離れてしまってからはもう堕落し放題である。
本気でわからないと言った顔で片桐は紅茶と首を傾ける。
「おいおい失礼だね。こう見えても僕はモテるんだよ~~?」
「そんなことよりも椿のほうはどうなっているの? いまはあの宝塚との交戦中だったはずでしょ?」
「ああ、宝塚君は倒したよ」
「――――ぷ!!」
サラリと言われた爆弾発言に、思わず紅茶を弾き飛ばす片桐。
「なんか銀野君が加勢してパワーアップしたけど、調子に乗った隙きを狙って逆に椿を強化させたんだよ。そうしたらあっさり氷漬けになってくれたよ。いやぁ、彼女はほんと愉快な子だねぇ」
ケラケラと笑う大西に複雑な表情の片桐。
仮にも一時は私を追いつめたんだから、変なところで簡単に倒されるのは勘弁して欲しい……と言いたいが、それは公私混同なので黙っておく。
「で、そのままお持ち帰りしようとしたんだけど、百恵ちゃんに邪魔されてね。その最中に『好きです』だって」
ピコピコとゲーム機を鳴らしながら事も無げに言う大西。
「事態が把握できないけど……結局いまはどうなっているの?」
「いまは椿が半殺しにされたところだね。戦闘不能。命も……う~~ん、もって2、30分ってところじゃないかな?」
「そう。……新型ベヒモスっていっても、元が悪ければやはり百恵クラスには勝てないわけね」
カタカタとデータを入力していく片桐。
「おいおい、早合点はよくないな。彼女はまだまだ頑張れるよ?」
「死にかけてるって言ったじゃない?」
「2、30分は生きてるって言ったんだよ」
「……相変わらずたちの悪い男ね」
「物は大事に、最後まで使いなさいと教わってきた世代だからね。――――それよりももっとタチの悪いこと思いついちゃった」
「なに?」
「ん~~~~いまはまだ言えないかな? 言ったらさすがのキミでもドン引きしちゃうかも知れないからね。上手く言ったらそのとき教えるよ」
「あなたに対して、これ以上呆れることなんてありはしないわよ」
嫌味を言うが、そこから先は片桐も聞こうとはしなかった。
大西が思いついた企みとは百恵のことである。
いま現在、百恵クラスの能力者を支配することはマステマには出来ない。
それは術者のファントムに対する抵抗力か高いからだが、しかしそこに恋心という要素が加わったらどうなるだろうか?
『オジサマが好きです』
その言葉はすなわち自分を受け入れるということ。
宝塚の、ファントムとの驚異の相性も興味深いが、この娘のバカバカしい恋心というのも中々に面白い研究材料だ。
――――百恵も憑依対象になり得る。
これは椿の心を壊しファントムごと支配する技術を見つけたとき気付いたことだ。
そして今しがた本人から直接言われて、その目を見て確信した。
恋心と言うのもある種、壊れた心のようなもの。まともな判断が出来なくなるという点では同じようなものだ。
もし、百恵を操作可能なベヒモスへと進化させたら……一体どんな化け物が出来るのだろう。
きっと片桐くんなんぞ足元にも及ばない凶悪なモンスターが出来上がるのは間違いない。
そう考えて大西はニヤける。
宝塚と百恵。
二人の化け物候補を手に入れたら、この国どころじゃない。世界すら相手に戦争《おあそび》したって、いいところまでいけるかもしれない。
一気に広がった混沌の未来を夢見て大西は、悦に笑った。
そして椿に念話を送る。
『その子供も重要試験体だ。キミは死んでもソレは逃がすな』
と。さらに菜々にも送る。
『椿を犠牲に百恵くんを潰してみるよ。キミは銀野くんの動きに注意しつつ二人の回収を行ってくれ』
と、すかさず返事が返ってくる。
『……部下が両方やられました。補充をお願いします』
『わかっているよ。近くの構成員を向かわせるように片桐くんに頼んでおくから、それから菜々くんは戦闘に加わっちゃダメだよ、大事な体なんだからね?』
と、言いながら懐から取り出したキーホルダーを見る大西。
そこにはひとつ、その革張りのホルダーに似つかわしくない無骨な鍵がぶら下がっていた。
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