超能力者の私生活

盛り塩

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第241話 捕縛作戦⑬

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『……僕の願いは同胞たちの心の解放さ。仲間たちがこれまで受けてきた業を世間にお返ししようとしているだけだよ。能力者同士で争うのは僕の本心じゃない。とくに百恵くん、かわいいキミとは戦いたくないんだよ?』
『オジサマ……』

 自分でも聞こえるほどに心臓の鼓動が高くなる。

 自分だってオジサマと戦うなんて絶対にしたくない。
 いますぐにでも寝返って飛び込んでしまいたい。
 しかし百恵は揺れる心を強い意志でグッと押さえつけ、大西に言葉を返した。

『……私……吾輩は……そっちには…………行けません』
『……なぜだい? 僕とキミは戦う理由なんてないだろう? まさかキミともあろうものが安い正義感にでもなびいてしまったのかい?』
『……戦う理由なら……あります』
『ふむ……?』
『吾輩は……オジサマが好きです』

 これ以上赤くならないほどに赤くなって百恵はそう言った。
 大西に対し、ここまではっきりと気持ちを伝えたのは初めてだったからだ。

『…………』

 対して大西は沈黙で返した。

 気持ちは充分に知っていたが、いまここでそれを言う乙女の思考が理解出来なかったからだ。
 百恵は構わず言葉を続ける。

『誰が死のうが……世の中がどうなろうが、吾輩にとってはどうでもいいこと。耳聞こえのいい綺麗事とは裏腹に、差別と格差が蔓延し……弱者を踏みつけ搾取するを良しとするこの腐った世界。たとえ打ち壊されても自業自得じゃと吾輩はそう思っております』
『すばらしい。ならばなおさら僕たちと――――』
『でも、』

 価値観の合致に喜び、ならばと手を伸ばす椿の手を無視し、百恵は言う。

『そんなことも吾輩にとってはどうでもいい事なのです。……吾輩の望みはオジサマを殺させないこと。あなたを護ることこそ吾輩の望みなのです』
『……ほう?』

 手を引っ込めて大西が問う。

『だったらなぜ僕の元に来ないんだい? ……キミのやっていることは言葉とは全く逆だよ? 護るべき相手にする目つきじゃないよね、それは』

 百恵の目はすでに恋する乙女のそれではなく戦士の瞳に変わっていた。

『逆? いいえ、これでいいんです……。死地へ向かうあなたを止める事。それこそが――――』

 ――――ドンッ!!
 百恵の身体が結界の青に包まれた。

 同時に背中から猛々しい咆哮とともにガルーダが現れ、翼を大きく開いた。
 それは疑いようもない戦線布告の合図だった。
 そして百恵は迷いのない瞳で言い放つ。

『それこそが吾輩の使命だと思っています!!』

 叩きつけられる信念。
 同時に、椿との間に圧縮空気の種が出現する。

『そうか、ありがとう。……そして残念だよ百恵くん』

 大西は椿に戦闘を指示する。
 指示を受けた椿は、その虚ろな目に僅かな光を宿らせ、

「……雪女郎《ゆきじょろう》」

 と己のファントムを呼び起こす。
 途端に彼女の背中から妖艶な和服美人が出現し、

 ――――ピキッパリパリパリパリッ!!!!

 絶対零度の息を吐き出した!!
 その冷気に、一瞬にして空間が凍りつく。
 大気の水分が作り出した大きな氷の壁が二人を分断し、地面から突き出てくる氷柱が氷の槍となって百恵を襲う――――が、

 ――――グドムッ!!!!

 カウンターとばかりに圧縮空気が爆発した。

『無駄だよ。その程度の炸裂圧ではこの氷の壁には通用しない』

 大西の言う通り、爆圧は氷の壁に遮られ椿には一切届かない。
 逆に、押し返された爆風が槍とともに襲いかかってくる!!

「承知です!! ――――ガルーダ!!」

 ――――グドムッ!!!!

 跳ね返ってくる爆圧にさらにもう一つの爆弾をぶつける。
 相殺し合った爆発エネルギーは、そのまま百恵の体をはるか後ろへとはじき出した!! 襲い来る氷槍をかわし、さらに地面へ向けてもう一発、威力を調整した空気爆弾を放つ!! すると百恵の体は上空へと舞い上がる。
 その様はまさに空の王者ガルーダの如し。

『――――っ!? なるほど、最初から回避が狙いだったってことかい!?』

 渦女との戦いの時にも見せた百恵の飛行術。
 少し前までは一直線に弾き飛ぶくらいしか出来なかったものを……隨分と成長したものだ、と大西は嬉しくなった。

「ここまで離れればその氷は届くまい!! 椿よ、お主に恨みは無いが退治させてもらうぞ――――うなれガルーダァァァァァッ!!!!」

 百恵の叫びとともに、椿を中心にして無数の圧縮空気が出現する。
 その一つ一つの秘める力は回避用に放ったさっきの比では無い。

『――――っ!?』
 雪女郎は椿を守るため四方に氷の壁を張った!!

 ――――グドッガァァァァァァァァァァァッンッ!!!!

 炸裂する空気爆弾!!
 弾け飛ぶ氷の壁!!
 粉塵と割れた氷の乱反射で、辺りの視界は一瞬にしてゼロになった。

 ――――とすっ。

 充分に離れた位置に着地する百恵。
 やがて視界が晴れ、中のようすが明らかになる。

「…………ふん、所詮は即席の戦士よ。他愛も無い」

 勝負など最初からわかっていた事だと、感情の起伏もなしに百恵はそう呟いた。
 腫れた視界の中からは、四肢から血を吹き出し、意識無く地面に伏せっている椿の姿があった。

 防御にと張った自らの氷が、爆圧によって逆に凶器となり突き刺さっていた。
 そうでなくとも、宝塚から受けたダメージでかなり弱っていたようすだった。
 そこにガルーダの集中爆破をくらっては、いくら新型ベヒモスだろうが耐えられたものではなかったのだろう。

 その哀れな操り人形の姿を見つめて、百恵は小さな声で「すまぬ」と呟いた。

 彼女もまた能力者。
 自分たちの同胞だったのだから。
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