超能力者の私生活

盛り塩

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第232話 捕縛作戦④

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 ――――パキパキパキパキ……。

 逃げ惑う人々が、その走る姿のまま身体を固められる。
 物質にある熱を亜空間転送(アスポート)する氷室《ひむろ》 椿《つばき》は全ての物を瞬時に凍らせることが出来る能力者だ。
 元々はとある構成員のスカウトで入ってきた彼女だが、大西がその才能をいち早く見抜き、マステマによって憑依強化させた。

 周囲半径約50メートルほど氷の世界に変えられた川崎市の交差点。
 人、車、建物はもちろん、空気まで凍らされて、大きな氷柱が地面から突き出すように生えてきている。
 その範囲内に入り、菜々は凍らされた通行人の一人を手で押してみる。
 と、バキッっと音がしてその男の足首が折れ、バランスを崩した身体はそのまま凍った道路に叩きつけられた。

 ガシャンッ。
 あっけない音がして、男の身体はバラバラになった。

「……まったく、恐ろしい能力ね……。あなた本当に一週間前まで無能力者だったの?」

 冷や汗を流しながら椿に振り向く菜々。
 聞かれた椿はゆっくりと振り返り、

「……はい」

 公立高校のブレザーを着ながら無表情でただ一言そう答える椿。
 その目にはほとんど光は宿っていなかった。

「……ふうん。応対は相変わらず変わりなしか……」

 つまらなそうに菜々は呟いた。

 椿は能力強化とともに実験体でもあった。
 大西の完全体ベヒモス作成計画の実験である。
 マステマの憑依によるベヒモス化にはいくつか成約があった。
 そのうちのひとつが、憑依させる能力者はある一定以下のレベルでなければいけないということ。

 相手の技量が高ければ弾かれてしまうからだ。

 なので操れる人間はせいぜいがJPASレベル程度なのだが、そのレベルの能力者
をいくら強化したところで、素で一流の能力者には到底敵わないし、敵うレベルにまで強化させてしまうとほとんどの場合が暴走してしまい、制御が効かないただの化け物と化してしまう。

 ごくまれに、そのレベルにまで強化しても暴走しない片桐や菜々のような個体がいるが、それは本当に奇跡の相性と言っていいめぐり合わせで。大西がここ十年探し続けてやっと見つけた二人なのだ。
 大西の本当の目的――――それは片桐や菜々のような、いや、それ以上の超強化に耐えられる能力者を探し出すことだった。

 しかし、そんな奇跡の個体は闇雲に探したところで到底見つからず。いつしか大西はマステマの憑依と能力者との相性を研究するようになった。

 どう取り憑いたら暴走しにくくなるか?
 どう操ったら暴走しないか?
 暴走しにくい能力系統は?
 本人の性格? 血液型? 正座? 趣味? 

 ありとあらゆるものを調べた。
 しかしこれといった核心的な発見はなかった。

 唯一わかったのは暴走するしないには能力者のレベルは関係無く、持って生まれたファントムとの相性によるものだと言うこと。
 たとえどんなに弱いファントムだろうと、それとの相性が良ければ無理やり強化したところで暴走はしない。
 だから大西は、宝塚とその彼女のファントム『ラミア』に目をつけた。
 彼女たちの、奇跡とも言える相性ならばきっと片桐をも超える超強化にも耐えてくれるだろうと思ったからだ。

 しかし、将来有望な彼女をJPAがそうやすやすと手放してくれるはずもなく、けっきょくのところ宝塚を手に入れる為には実力で奪い取るしかなくなった。
 だがその為には戦力が圧倒的に足りなかった。
 なのでマステマを使って新たな兵士を作っていたのだ。
 とは言え、ただの弱能力者を強化したところでJPAの一流能力者に対抗出来るほどの能力者は作れない。

 ではどうするか?
 暴走させずに、何とか弱能力者を超強化するにはどうしたらいいのか。
 答えは意外と簡単だった。

 ファントムに精神を食われる前に、そもそも壊しておけばいいのだ。

 壊れた精神ならば、いくらファントムがその支配権を奪ったとしても自由に動かせはしまい。

 だって壊れてしまっているのだから。

 エンジンが回らない車を奪い取るようなものだ。

 だから大西は椿の精神を壊した。
 念話で、親友を殺した罪悪感を何度も何度も反芻させて。

 そうして出来上がったのがいまの彼女である。

 彼女のファントムは完全に彼女の精神を支配してしまっている。
 しかし大西によって壊されてしまった彼女の精神は、乗っ取られていながらも虚無で無抵抗な存在。

 だから無闇な暴走はしない。
 できない。

 こちらの命令も簡単なものなら素直に聞く。
 壊すついでに念話を駆使してそう強く暗示をかけておいたからだ。

 結果、強力だが、まるで人間味のないロボットのような不器用な物が出来上がった。しかしそれでもJPAに対抗する兵士としては充分に期待出来るだろう。

 後はどこまでの強化に彼女が耐えられるかだけど……。

 菜々は他人事のように、ゆらゆらと佇む椿を見つめた。

 遠くからこちらに向かってくる軍用ヘリのローター音が聞こえた。
 自衛隊……? いや、JPAのコブラか?
 菜々は強化された念視を飛ばした。
 枯れ葉の破片から情報を得る。

 ヘリの中には宝塚女優ヒロインが緊張した面持ちで座っていた。 
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