超能力者の私生活

盛り塩

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第224話 悪の食い合い⑥

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 百恵が階下へ降りるまでにさらに数回、銃声が響いていた。
 生徒たちの悲鳴も徐々に大きくなって、一階への階段は上へと逃げてくる下級生たちで一杯になっていた。
 誰かが転倒し、それがきっかけで折り重るように子どもたちが詰まっている。

「おい!! 何しているお前たち!! 早く進まんかっ!!」

 顔面を蒼白にした初老の男が、進まない子どもたちを階下で怒鳴りつけていた。
 校長先生だ。
 ――――ドガガガガガガガガガガッ!!!!
 また銃声が鳴り響く。

「ひぃ!! な、なんだあいつらはっ!! 強盗か?? テロか!?? 戦争か!??? ここは小学校だぞ!?? 気でも狂っているのか!???」

 怯え、目の前の小さな生徒を掴むと、その男はまるで雑草でもむしるかのようにその子を後ろへと投げ飛ばした。

「ええい、どけっ!! のろまなクズガキどもが!! こんなところで、殺されてたまるか!! あんな気のふれた社会不適合者どもにこの私が殺されることなどあってはならんのだ!!」

 グズグズと進まない子どもたちに耐えかね、醜く怯えた校長は次々と生徒をむしり取り、階段を上がってくる。転んで立ち上がれない生徒の背を踏みつけてようやく二階に上がったところで百恵と鉢合わせした。

 一部始終を見ていた百恵の表情は――――無。

 彼女を無視してさらに上に上がろうとする校長。

「はぁはぁ……真面目にコツコツ頑張って……コネと人脈を大切にして……ようやく
良い天下り先を用意してもらえるまでになったと言うのに、なんてことだ……これも私の責任になるというのか?? ……冗談じゃないぞ。私は被害者だ、何の責任も無い善良な被害者だ……」

 誰もいない三階への階段を登りながら、職務を放棄し、自分だけは助かろうとする醜い老豚《おろかもの》を見上げ、百恵は小さく呟いた。

 ――――ガルーダ、と。

 上から降ってくる汚れた血を躱すように手すりを飛び越え、階下へと降りる百恵。
 下級生たちを踏まぬように器用に手すりを滑って一階に降り立つと、そこには地獄絵が広がっていた。

 ――――むわぁ……と血の匂いが漂ってくる。

 一直線に伸びた廊下に、数え切れないほどの子どもたちが血だらけになって倒れていて、そのほとんどはすでに絶命している。
 機銃で射抜かれた壁は、廃墟のように半壊し崩れ、ガラス片とともに子どもたちの上に積もっていた。

「――――なん……だ、これは??」

 人の死にざまなど見慣れているはずの百恵だが、同じ学び舎の友がそうなっている光景はさすがに彼女の顔を歪ませた。

「……あ、あ……うぐう……」

 倒れている下級生の中からうめき声が聞こえた。
 まだ息のある生徒がいる。
 百恵はその少年の元に駆け寄った。

「大丈夫かっ!! しっかりしろ、いま救急車を――――」

 呼んで抱き上げた百恵の言葉が途切れた。
 少年の下半身が無くなっていたからだ。
 装甲車の弾をもろに食らったのだろう。
 コンクリートすら貫通する12,7ミリ弾にとって、子供の華奢な身体など紙くずも同然で、その餌食になったのはこの少年だけじゃない。
 倒れている者の半分は、彼のように身体が紙くずのように引きちぎられ、あるいは弾け飛ばされて無惨極まりない状態。

 そして後の半分は――――、

「へっへへへへへ…………いやぁ~~無邪気に走る子供を端から順に撃ってやるのって……気持ちが良いなぁ……へっへへへ」

 廊下の突き当りからゆらりと現れたのは、装甲車から降りてきた男たちの一人。
 その顔に百恵は見覚えがあった。

「お、おヌシは――――……」
「ああ、百恵隊長、お久しぶりです。……死んだと聞かされていましたが?」

 その男はかつて、JPASの戦闘班に所属していた一人で、百恵の部下でもあった男だった。

「……402番か?」

 百恵がそう呼ぶと男は苛ついたように舌打ちし、マシンガンを百恵に向けた。

「……その呼び方は止めにしてもらえませんか? 俺はもう隊長の……あ、いや」

 男は一旦言葉を切り、ガラリと表情を変え言い捨てる。

「――――もうオメェの部下じゃねぇんだから、ナメた呼び方してんじゃねえぞ、クソガキが!!」
「……ほう?」

 すでに息絶えた少年を横たえ、百恵は殺気を帯びた目で立ち上がった。




「……組織から外れて何をしようが、誰の下に付こうが吾輩の知ったことでは無いが……しかし、どういうつもりじゃおヌシら? ……殺す前に、この馬鹿げた騒ぎを起こした理由はきいておいてやる」
「へ……へへへ……」

 百恵の本気の殺気に、男は完全に気圧され冷や汗を流してしまうが、しかし近くから聞こえてくる他の仲間が放つ銃声と悲鳴を耳にすると、ふたたび気持ちが高まり恐怖心が麻痺してくる。

「理由か、そうだなぁ……通りかかったから?」
「あ?」
「たまたまここの前を通りかかったんだよ。したら運転してた大森がよ、急にハンドル切って校門に突っ込んじまったんだ。で、銃座に上がったかと思うと高笑いしながらガキを殺し始めたんでな、俺たちは『ああそうか』てなもんで、ヤツの復讐に付き合ってやってるのさ。へっへへへへ……まぁ、友情ってやつか?」

「復讐じゃと?」

「ヤツも故郷でかなりのイジメにあったクチだからなぁ。校庭で遊ぶ無邪気でモテそうな陽キャを見てムラついたんじゃねぇの? その辺りは語らずともお察しでだ」
「……………………これは、オジサマ……いや、お前らのボスの指示か?」
 
 すでにキレそうな感情をギリギリで抑えて百恵が問いただす。
 402番は薄ら笑いを浮かべながらヘラヘラと答えた。

「へへへ……俺たち『エノクの審判』に下された指示は唯一つ『己の正義を行使しろ』だ」
「エノクの審判……!? 己の正義じゃと……?」

 上の階からも銃声が聞こえてきた。
 遅れて届く悲鳴を聞きながら、百恵はかつての402番ぶかを、敵を見る目で睨んでいた。
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