超能力者の私生活

盛り塩

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第221話 悪の食い合い③

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 八王子のとあるビル群の狭間で、最恩菜々は逃げ惑う群衆を眺めていた。

 それを追いかける二体のベヒモスは男、女、大人、子供、一切の区別なく目につく者から片っ端に食い、引きちぎっていた。

 それらを他人事のように眺め、出来るだけ気配を消す菜々。

 ベヒモスはその習性で、より強い超能力者に惹きつけられる。
 それはファントムがより良い宿主を探す本能から来る行動なのだが、そのせいで少しでも能力を発動すればこちらに向かってきてしまうからだ。
 それさえ断ってしまえば、奴らは今度は動く者に向かって牙を剥く。
 だから菜々はこのバス停の椅子にのんびり腰掛け、黙ってその惨劇を観覧していた。

 暴れている二体のベヒモスはここに座っていた老女と小さな少年だ。

 その二人に、大西から転送されてきた二体のマステマを憑依させた。
 本人たちは気づいていないようであったが、二人はごく弱い超能力者だった。
 その微弱なファントムをマステマは何の苦もなく支配下に置き、そして暴走させた。

 菜々はアンテナの役割を持っていた。

 大西の能力『念話』の有効範囲は本人の目の届く範囲まで。
 マステマの操作範囲も本来はそれと同じ。

 しかし、菜々の能力と組み合わさればその範囲は格段に広くなる。

 菜々の能力『念視』は植物限定でそれを媒体とし、残存思念を映像として読み取る能力。有効範囲は100メートル程だが、マステマによって半ベヒモス化させられた場合、その能力は進化し性能は格段に上がる。
 有効範囲は100キロにも及び、その手にする情報も映像だけはなく、音や質感までも三次元的に解析することが出来るようになる。

 大西はそんな菜々の長射程に注目し、念話で菜々の探索能力を逆流することにより彼女の感覚を共有することに成功した。
 つまり、菜々の視界は大西に筒抜けであり、である以上、菜々を介して大西は彼女の視界範囲でも念話とマステマを発動することが出来るようになった。

 正也と渦女をベヒモス化させたのはそういうカラクリで、いま暴れている二体のベヒモスも同じように大西の意志で暴走させたものだ。

 ――――自分はただ所長の使い魔みたいなものだな。ほんと……道具でしかない。
 菜々は自嘲ぎみに笑った。

 死ぬ子先生はどうやらそのことに気づいたようだった。
 現実に起こったことと仮説と推論でそれに至ったようだが、さすが、とぼけたフリしてその洞察力は凄まじいものがある。

 先生や百恵ちゃんは生きているのだろうか?
 気になった。
 いますぐにでも能力を飛ばして確認したいが、それをすると大西にまでその情報を渡してしまうことになる。
 それに相手が能力者なら菜々の能力波が届いた瞬間、結界でそれを探知出来る。女将や料理長クラスのベテランならばその反応から菜々の居場所を推察することもやってのけるだろう。
 なのであまり迂闊に連発出来る能力でもない。

 辺りから人の気配が消えた。
 代わりに静けさと血の匂いが押し寄せてくる。
 頭を食われて胴体だけになった警官を引きずりながら、子供のベヒモスは新たな獲物を探してゆっくりと歩いている。
 老女の方は食事中。肥えた中年の腹にかぶりつき中を啜っている。
 ……ベヒモスとはいえ……よくあんなモノ食べられるものだ。と、菜々は飼育観察でもする気分でそれを眺めていた。

『やあ、菜々くん。どうだい、実験は順調かなぁ?』

 突然、大西所長から念話が入った。
 その瞬間、菜々の結界が僅かに反応してしまい、それを二体のベヒモスに気付かれてしまう。

『ぐるあぁぁぁ……』『ぐじゅるるるぅぅぅ……』

 美味そうな能力者の気配に二体はヨダレをだらだら流して菜々へと向き直った。

「所長……少しタイミングが悪いですよ……」
『おや? 何があったんだい?』
「……ご自分の目で確かめてくださいな」
『どぉれ』

 菜々の視界がハッキングされる。
 菜々の眼には、いままさに自分に飛びかかろうとしている二体のベヒモスが映っていた。

『あっと……なるほど、ごめんごめん。これは僕のせいだね、すぐ処分するよ』

 二体のベヒモスが菜々の体に、その牙を突き立てようとした瞬間。

 ――――ドグムっ!!
 ――――――――バッパァァァァァァァァンッ!!!!

 と二体の身体は同時に弾け飛んだ。

「…………………………………………」

 菜々の体に、グチョグチョになった肉片と臓物、血と体液がバケツを引っくり返したように浴びせられた。
 そして依り代《うつわ》を失った二体のマステマは菜々の中に戻り、所長の元へと帰っていく。

『う~~ん。いまのようすを見るとまだまだ制御しきれていないようだねぇ……』
「……そうですね。完全に見境がなく、いつものベヒモスとなんら変わりないですね」
『う~~ん……もうちょっと調整してみようか?』
「それはご勝手に……」

 ベトベトに汚れたセーラー服を脱ぎながら菜々はそっけなく応えた。
 そして手短なブティックに入ると適当な着替えを物色する。
 下着を選んでいると、

『ぬふふ……このまま見てていいかなぁ』
 と、大西のいやらしい声が伝わってきた。

「好きにしたらいいと思いますけど……日報には付けときますよ?」
『う……ごめん……止めとくよ……』

 残念そうな声とともに、大西の気配がぷつんと切れた。
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