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第202話 一人戦う㉑
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「あん? ……なんだいマリア、あんたもう目が覚めたのかい?」
料理長が呆れ、周囲はざわつく。
いつの間にか目を覚ました七瀬が仏頂面で料理長を睨んでいた。
「七瀬先生!!」
彼女の部下の三人がバタバタと立ち上がり、様子を確認してくる。
「……マリアって呼ぶのはやめてって……言いました……よね……?」
かなり衰弱しているようだが、意識ははっきりしているようだ。
呼び名に文句を言えるのならば、もうコイツは心配ないだろうと料理長は内心ほっとする。
「じゃあなんて言えばいいんだい?」
「……死ぬ子で」
「……洒落になってないだろう。せっかくの人の苦労を何だと思ってるんだいあんたは……」
こんなことなら姉の方はもうちょっと雑に治療してやるんだったねと、料理長は思いつつ、タフな七瀬を流石だとも見直した。
「そんな事よりも、菜々さんが死ぬつもりって!??」
宇恵がかぶりつくように七瀬に訊いた。
無意味に脈を測られたり瞳孔を覗かれたりしながら七瀬は答えた。
「菜々は……多分、ベヒモス化している……」
その言葉に周囲は再びざわついた。
所長の能力『マステマ』に洗脳されかけた私。
その闇落ちをギリギリのところで止めてくれたのが女将さんだった。
弟子である私が痛めつけられたことに怒りを表す女将。
それに対し、所長は仕方なく戦闘態勢を取る。
「……とはいえ……女将が相手か~~……こりゃぁ~~やっかいですなぁ」
構える所長の額に汗が流れる。
彼の表情にはさっきまでの余裕は一切感じられなかった。
対する女将の瞳は淀みなく静かに輝いている。
「じゃあ行くよ、覚悟おし」
――――ススス。
滑るように女将さんが距離を詰めた。
そしてその全身に、瞬時に青い鎧が現われる。
元祖家元の結界術である。
「――――ちょっとお待ちをっ!?」
――――フォンッ!!
所長も慌てて結界を張るが、
「――――練りがまだまだ」
その壁を女将がちょんと突く、
と、
――――バキャアァンッ!!
薄いガラスでも落としたように呆気なく、それは砕け散った!!
――――すごい……!!
私が手も足も出なかったあの結界を……こんな簡単に!??
あらためて女将《ししょう》の凄さを実感する。
「ち、ちょっと待って下さいな!??」
あっけなく結界を失い、丸腰状態になった所長。
全身から汗を吹き出し待ったをかけるが、当然、女将にはそんな台詞は受け入れられない。
「なにをいまさら、都合のいいこと言ってるんじゃないよ!!」
そして慈悲もなく、青の手刀が所長の頭に振り下ろされた!!
「むおっ!? ――――マステマ!!」
――――フォンッ!!
無くなった結界の代わりに、マステマが出現し所長の盾となる。
しかし女将の手刀はその悪魔すらもものともせずに振り抜かれた!!
――――ざしゅっ!!!!
縦に真っ二つに裂かれるマステマと、消滅する所長の左腕!!
「――――ぐおっ!!」
その衝撃で建屋まで吹き飛ばされる所長!!
――――ガガッシャンッ!!!!
縁側戸のガラスが砕け散り、所長の頭にバラバラと降り落ちた。
「……こ……れは……なかなか。……まだまだ、お強いですなぁ……」
背中を強打し、息をつまらせながら所長が唸った。
原子単位で消滅させられた左腕。
重傷だが、女将の本来の力を考えるとこれだけで済んだのは軽傷とも言える。
粉々に砕かれた、かつての巨大コンクリートを思い出す。
もし所長がマステマを盾にしなければ、彼の身体はいまごろああなっていたかもしれない。
その圧倒的な破壊力に、所長のみならず、私も背筋が凍る思いがした。
女将が威圧的な目で所長を見下ろす。
一撃で判明したその圧倒的な実力の差に、私は女将の勝ちを確信した。
――――チャッ。
菜々ちんが立ち上がり、銃を女将に向けてきた。
「……それ以上はお止め下さい女将」
いまさら拳銃など何の役に立つというのか?
たとえそれが結界弾だったとしても、それでも菜々ちんの出力では女将には通用しないと思う。
しかし女将は、
「――――ふむ……」
と、菜々ちんと所長を交互にみると戦闘態勢を解き、くるりと踵を返した。
そして私の胴を掴み、抱き寄せると、所長に向かって言う。
「私の用事はこの娘の回収だ。……返してもらったんなら、ひとまず引いてやろうじゃないか」
「……いいんですか、僕を捕らえなくて。異端者指定されてるんでしょう?」
埃を払いながら所長が立ち上がる。
建物から仲居さんがワラワラと出てきて私たちを取り囲んだ。
皆、手にはマシンガンを構えている。
「……止めときなよぉ……いまさらそんな物、逆に殺されるだけだからさ~~……」
そんな彼女たちを所長は制止させる。
一人の仲居が素早く所長の腕を縛り、血を止めていた。
そうだろうと思っていたが、この旅館は全てが所長とその配下に占領されていたということか。
もともといたはずの人たちはどうなったか。
彼女らの装備を見れば聞かずともわかった。
「そうだねぇ……本当ならお前たち全員のケツでも蹴り上げて廊にぶち込んでやるところだが……」
――――バラバラバラバラバラバラ!!!!
上空から軍用ヘリが現れた。
『――――っ!!』
仲居たちが一斉に銃を構える。
「だからぁ~~止めときなって……」
回転する20ミリ機関砲を見て所長が苦笑いを浮かべる。
「いまは、この娘の身を確保するのが最優先さね。お前さんをとっ捕まえるのはまた今度にしておいてやるよ」
垂らされてきた縄ばしごに掴まり、女将が言った。
私は憔悴しきりながらも、何とか絡まるようにそれに掴まって身を固定する。
「いいんですか!?」
仲居の一人が所長に進言する。
「良くはないねぇ~~……けど、ここで女将とやりあったら……被害が大きすぎるからねぇ。お互いにねぇ」
「そういうことだよ」
不敵に笑う女将。
そして徐々にヘリは上がっていく。
小さくなっていく菜々ちんを見つめる。
彼女も私を見上げてくる。
言葉は無くとも……不思議と通じた気がした。
――――私たちの友情はまだ切れていないと。
料理長が呆れ、周囲はざわつく。
いつの間にか目を覚ました七瀬が仏頂面で料理長を睨んでいた。
「七瀬先生!!」
彼女の部下の三人がバタバタと立ち上がり、様子を確認してくる。
「……マリアって呼ぶのはやめてって……言いました……よね……?」
かなり衰弱しているようだが、意識ははっきりしているようだ。
呼び名に文句を言えるのならば、もうコイツは心配ないだろうと料理長は内心ほっとする。
「じゃあなんて言えばいいんだい?」
「……死ぬ子で」
「……洒落になってないだろう。せっかくの人の苦労を何だと思ってるんだいあんたは……」
こんなことなら姉の方はもうちょっと雑に治療してやるんだったねと、料理長は思いつつ、タフな七瀬を流石だとも見直した。
「そんな事よりも、菜々さんが死ぬつもりって!??」
宇恵がかぶりつくように七瀬に訊いた。
無意味に脈を測られたり瞳孔を覗かれたりしながら七瀬は答えた。
「菜々は……多分、ベヒモス化している……」
その言葉に周囲は再びざわついた。
所長の能力『マステマ』に洗脳されかけた私。
その闇落ちをギリギリのところで止めてくれたのが女将さんだった。
弟子である私が痛めつけられたことに怒りを表す女将。
それに対し、所長は仕方なく戦闘態勢を取る。
「……とはいえ……女将が相手か~~……こりゃぁ~~やっかいですなぁ」
構える所長の額に汗が流れる。
彼の表情にはさっきまでの余裕は一切感じられなかった。
対する女将の瞳は淀みなく静かに輝いている。
「じゃあ行くよ、覚悟おし」
――――ススス。
滑るように女将さんが距離を詰めた。
そしてその全身に、瞬時に青い鎧が現われる。
元祖家元の結界術である。
「――――ちょっとお待ちをっ!?」
――――フォンッ!!
所長も慌てて結界を張るが、
「――――練りがまだまだ」
その壁を女将がちょんと突く、
と、
――――バキャアァンッ!!
薄いガラスでも落としたように呆気なく、それは砕け散った!!
――――すごい……!!
私が手も足も出なかったあの結界を……こんな簡単に!??
あらためて女将《ししょう》の凄さを実感する。
「ち、ちょっと待って下さいな!??」
あっけなく結界を失い、丸腰状態になった所長。
全身から汗を吹き出し待ったをかけるが、当然、女将にはそんな台詞は受け入れられない。
「なにをいまさら、都合のいいこと言ってるんじゃないよ!!」
そして慈悲もなく、青の手刀が所長の頭に振り下ろされた!!
「むおっ!? ――――マステマ!!」
――――フォンッ!!
無くなった結界の代わりに、マステマが出現し所長の盾となる。
しかし女将の手刀はその悪魔すらもものともせずに振り抜かれた!!
――――ざしゅっ!!!!
縦に真っ二つに裂かれるマステマと、消滅する所長の左腕!!
「――――ぐおっ!!」
その衝撃で建屋まで吹き飛ばされる所長!!
――――ガガッシャンッ!!!!
縁側戸のガラスが砕け散り、所長の頭にバラバラと降り落ちた。
「……こ……れは……なかなか。……まだまだ、お強いですなぁ……」
背中を強打し、息をつまらせながら所長が唸った。
原子単位で消滅させられた左腕。
重傷だが、女将の本来の力を考えるとこれだけで済んだのは軽傷とも言える。
粉々に砕かれた、かつての巨大コンクリートを思い出す。
もし所長がマステマを盾にしなければ、彼の身体はいまごろああなっていたかもしれない。
その圧倒的な破壊力に、所長のみならず、私も背筋が凍る思いがした。
女将が威圧的な目で所長を見下ろす。
一撃で判明したその圧倒的な実力の差に、私は女将の勝ちを確信した。
――――チャッ。
菜々ちんが立ち上がり、銃を女将に向けてきた。
「……それ以上はお止め下さい女将」
いまさら拳銃など何の役に立つというのか?
たとえそれが結界弾だったとしても、それでも菜々ちんの出力では女将には通用しないと思う。
しかし女将は、
「――――ふむ……」
と、菜々ちんと所長を交互にみると戦闘態勢を解き、くるりと踵を返した。
そして私の胴を掴み、抱き寄せると、所長に向かって言う。
「私の用事はこの娘の回収だ。……返してもらったんなら、ひとまず引いてやろうじゃないか」
「……いいんですか、僕を捕らえなくて。異端者指定されてるんでしょう?」
埃を払いながら所長が立ち上がる。
建物から仲居さんがワラワラと出てきて私たちを取り囲んだ。
皆、手にはマシンガンを構えている。
「……止めときなよぉ……いまさらそんな物、逆に殺されるだけだからさ~~……」
そんな彼女たちを所長は制止させる。
一人の仲居が素早く所長の腕を縛り、血を止めていた。
そうだろうと思っていたが、この旅館は全てが所長とその配下に占領されていたということか。
もともといたはずの人たちはどうなったか。
彼女らの装備を見れば聞かずともわかった。
「そうだねぇ……本当ならお前たち全員のケツでも蹴り上げて廊にぶち込んでやるところだが……」
――――バラバラバラバラバラバラ!!!!
上空から軍用ヘリが現れた。
『――――っ!!』
仲居たちが一斉に銃を構える。
「だからぁ~~止めときなって……」
回転する20ミリ機関砲を見て所長が苦笑いを浮かべる。
「いまは、この娘の身を確保するのが最優先さね。お前さんをとっ捕まえるのはまた今度にしておいてやるよ」
垂らされてきた縄ばしごに掴まり、女将が言った。
私は憔悴しきりながらも、何とか絡まるようにそれに掴まって身を固定する。
「いいんですか!?」
仲居の一人が所長に進言する。
「良くはないねぇ~~……けど、ここで女将とやりあったら……被害が大きすぎるからねぇ。お互いにねぇ」
「そういうことだよ」
不敵に笑う女将。
そして徐々にヘリは上がっていく。
小さくなっていく菜々ちんを見つめる。
彼女も私を見上げてくる。
言葉は無くとも……不思議と通じた気がした。
――――私たちの友情はまだ切れていないと。
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