超能力者の私生活

盛り塩

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第201話 一人戦う⑳

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 そう宣言すると三人の男たちは神妙にうなずいた。
 目をつむり精神を統一し始める料理長。
 そして百恵の体に手を触れると、彼女は静かにファントムを呼び出す。

「さあ、これからが本番だ出ておいで、ファントムよ」

 ――――ブワァァァァァァァァッ!!!!

 呼びかけに応じるように、料理長の背中から一体のファントムが現れる。
 足元まで伸びた白く長い髪に、真っ黒の肌。一糸まとわぬ姿のその美女は、料理長に仕える『魔女ランダ』であった。

「……あ、相変わらずエロい…………」

 そのあられもない姿に思わず赤面してしまう宇恵。

「……いいからお前は邪魔が入らないように道を見張ってな」

 不機嫌にそう言うと、料理長は百恵の体に指を巡らせた。
 それを祈るように見つめる瀬戸。

「まずは心臓だ、やさしくおやりよ」

 その指示に従って、やさしく調整された念力がランダから供給される。
 それを料理長は百恵の心臓に向けて浸透させた。

 と――――、
 ――――どくん。

 止まっていた心臓が再び鼓動を始めた。

「よし……そのままそのまま……慎重に慎重に……」

 力加減とリズムを崩さないように細心の注意で念力を操っていく。
 ――――どくん、どくん、どくん、どくん。
 やがて規則的な伸縮を始める百恵の心臓。

「も、百恵様――――、」
 心配と期待が合わさった顔で瀬戸が百恵の顔を覗き込む。

「まだだ、まだ蘇生しちゃいないよ」

 いま百恵の心臓を動かしているのは念力の力ランダである。
 能力による直接的な心臓マッサージ。
 強引な力技だが、とにもかくにもこれで体内の血はまた流れ出す。
 そしてその状態からさらに、

「次は肺だね」
 肺の活動も念力によって強制的に行わせる。

「――――かはっ!!」

 百恵の口から声が漏れた。
 しかしそれは念力によるピストン運動に連動して出てしまったもの。
 百恵の体はまだ自分の力では動いていない。

「止血だよ早くしな!!」
 心臓を動かしたことによって腕と背中の傷から血が吹き出し始めた。

「はい!!」

 それを三人の研究者たちがそれぞれ分担して処置を始める。
 その間も心臓と肺は料理長によって動かされ続けている。

「……止血は終わったかい? じゃあいよいよ本格的にやるよ」

 汗を滲ませながら料理料は百恵の身体全体に指を這わせた。
 そして浸透していった念力は他の臓器のみならず、細胞一つ一つを運動させる。

 顎から汗がポタポタとしたたり落ちた。

 三トンもの車を軽々持ち上げる力を持つ念力《ランダ》。
 それほどの力で、この幼く柔らかな身体を擬似的に動かそうというその操作は、難解をとうに超しているが、しかし料理長は本来これを本職としていた。

 離れた物体を自由に動かすことが出来る能力――――念動力。

 戦闘に使えばこれほど強力なものはない。
 しかし料理長はそれが念力の正しい使い方だとは思っていなかった。
 むしろ後方支援――――治療にこそ、その本領を発揮すると思っている。
 傷を細胞レベルで塞ぎ、千切れた血管をつなぎ合わせ、止まっている身体に無理やり命の炎を再点火させる。

 それこそが念動力の一番良い使い道だと考えていた。

「ランダ……気を抜くんじゃないよ……。もう少し、もう少しだ!!」

 百恵の体にまだ温もりは戻ってきていない。
 自力では動いていないということ。
 心臓のリズム、力の強弱、血の流れ、それらを同時に操り、傷も少しずつ塞いでいく。
 その複雑な並列作業を一人でやってのける料理長の能力操作力は他の者より桁が二つほど違っていると宇恵は舌を巻く。
 ほんの少しでも力加減を間違えたら百恵の血管や神経はズタボロになる。
 そうなればたとえ蘇生出来たとしても元の姿には戻らない。
 ほんの数ミクロンの誤操作で、百恵の運命は決まってしまう。
 そんな精密作業、自分にはとても無理だと苦笑いをする。
 瀬戸が祈るように地べたに頭をつけている。

 やがて――――。

 ――――どくんどくんどくんどくん。

 小さな力が念力を押し返してきた。

「――――!? きたよっ!!」

 舞い戻った命の気配に、料理長が歓喜の目を開き瀬戸を呼んだ。
 その声に飛び起き、駆け寄り、かぶりつくように顔を覗き込む。

「――――百恵……様」

 死人の灰色だった顔に、ほんの少し赤みが戻ってきていた。
 それを見て瀬戸は大粒の涙をぼろぼろ落とす。
 料理長は徐々に念力を弱めていく。

 それに取って代わるように百恵の身体はどんどんと赤みを増していった。



 バララララララララララ――――。
 組織と提携している特別病院へと向かうヘリの中
 百恵の蘇生に続いて、その姉も蘇生させた料理長はさすがに精魂尽き果て、立てないほどに消耗していた。

「ありがとう御座います料理長」

 深く深く礼をする瀬戸。

「なに、菜々のやつが綺麗に急所を避けて撃っていてくれたおかげだよ。そうでなけりゃ手の施しようがなかったよ。……宝塚でもない限りね」
「宝塚さん……大丈夫でしょうか……」

 宇恵が不安げにつぶやく。

「女将が向かったんだ、大丈夫だろうよ。……ほんとはわたしも加勢しに行きたかったが、この体力じゃ無理だね。……歳は取りたくないよ」
「菜々は……」

 瀬戸が暗い顔をしてうつむく。
 その言葉を引き継ぐように、別の声がその言葉を続けた。

「菜々は……死ぬつもりかもしれない……わ」

 そう口を開いたのは、蘇生されたばかり、いまだ半死半生の七瀬マリアだった。
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