超能力者の私生活

盛り塩

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第199話 一人戦う⑱

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 なんだか気持ちがいい。
 マステマの毒手に掴まれ心を支配されてく……。
 それが所長の能力だとわかっていながら、その快楽にどんどん沈んでいく自分を止められない……。
 いや、もう止める気さえ起きない。
 人を殺したくてどうしようもなくなってくる。
 それが正しいことだと疑わなくなり、そして私の心は完全に黒へと染まろうとしていた。

「いいよいいよ宝塚君、そうやってマステマに心を委ねるといい。そうすれば楽になるし、楽しくもなるってもんだよ」
 ……はい。

 そうして私の意識はマステマに完全に支配され――――、
 かけたと思ったそのとき――――!!

 ひゅるるるるるるるるるる――――ずどぉぉぉんっ!!!!
 と、いきなり何かが目の前に落下してきた!!!!

 ――――なにっ!?? 
 舞い上がる土煙の中にうっすら感じる人の気配。 
 そしてその気配はゆらりと私に近づくと、

「何をあっさり手玉に取られてんだい? この馬鹿娘が!!」

 ――――ドギャゴッ!!!!
 聞き覚えのある声とともに、頭に鉄拳を振り落としてきた!!

「―――――――――がぁっ!!!!!!!!」

 かつてないほどの痛みと衝撃が魂にズンっと響く!!
 ――――こ、この魂魄の芯にまで響く形容し難い、痛すぎる拳は……!!??

「……とは言え、お前さんにはまだ荷が重い相手だったかねぇ?」

 その声と、そのシルエット。
 意識を強制的に戻された私は、思わず涙を滲ませる。
 そしてその人の名を呼んだ。

「――――お……女将さ……~~……ん!!」

 着物に襷《たすき》をキリリと巻いて、ハチマキ姿の勇ましい老女。
 訓練所の寮長にして私の結界術の師匠、女将さんだった!!

 どうしてここに!? などと疑問はこの際いまはどうでもいい!!
 心強すぎる助っ人の登場に、私はぼろぼろ涙を流して足にしがみついた。

「お……と、これはこれは……女将、随分と年甲斐もないご登場のしかたで……」

 冷や汗を流し、呆れながら所長は空を見上げた。
 そこには主を無くして風に流されていくパラシュートが一つ。

「まったくだよ。誰のせいで冷水飲まされてると思っているんだい?」

 埃のついた着物の裾を払いながら憮然と応える女将。
 上空からは微かにジェットエンジンの音が聞こえてきた。
 まさか……あれから飛び降りて……??

『ぎ、ぎゅるうぅぅぅぅぅ……』

 女将さんの一撃で、ラミアを掴んでいたマステマは消滅している。
 開放されたラミアはショックで意識を失っていた。
 身体の自由を取り戻した私は全力で女将さんの足首を握りしめた。

「お止め、痛いから」

 そうは言うが、女将さんが来てくれなかったら私はいまごろ完全にマステマに支配されてた。そして正也さんたちのように操られて……。

 ガタガタと体が震える。
 女将さんの存在が、いままで張り詰めていた私の緊張を解いて涙を流させていた。
 そんな私を見て女将さんは薄い笑いを浮かべ、静かに所長を睨みつけた。

「……弟子を泣かせてくれた始末は……つけさせてもらうよぉ」

 刺すような視線を受けて、所長は苦い顔をしつつ、

「僕も……いちおう弟子なんですけどね……」

 と、ぎこちなく戦闘態勢を取った。




 パァーーーーーーッ!!!!
 クラクションを鳴らす。

「おい、どけ言っているんだっ!!」

 行く手を遮るように道を塞ぐ影。
 助手席の男は怒鳴りつけるが、影はそれに背中を向け、退く気配がまるで無い。

 男は懐から拳銃を取り出した。
 もしかしたらこの影はJPAからの追手かも知れない。
 そう思ったからだ。

 後ろの荷台には組織の能力者二人の遺体が積んである。
 それを取り返しに人を送ってきたのだとしたなら、この影は間違いなく何らかの能力者。
 だとしたら悠長な会話などしていられない。
 能力を使われる前に先手を打たなくてはならない。
 ただの一般人だという可能性もあるが、だとしても殺してかまわないだろう。

 どのみちもうすぐ皆殺しにするのだ。

 一人や二人、先に殺したところで問題などありはしない。
 そうして銃口を影に向けたとき、

 ――――グシャッバキバキバキバキバキャンッ!!!!
 と、いきなり乗っている車の外殻がひしゃげ始めた!!

「なっ!? なんだっ!???」

 飛び散るフロントガラスに外れるドア。
 二人の男は慌てふためき頭を押さえる。

 やはり能力者!??
 ――――しかもこの能力、この出力は!???

 影がゆっくりと振り向く。
 ライトに照らされてあらわになるその顔に、男たちは見覚えがあった。
 ……見覚えがあるどころじゃない。

「やれやれ……やっと当たりかい? もう何台関係ない車を潰したことやら」

 ウイスキーの小瓶を片手に、酒焼けしたダミ声がそうボヤく。
 180センチはゆうに超えているだろう長身に、隆々とした筋肉。はち切れんばかりにパンパンに張ったコックコートの胸元には『尾栗庵』と名が刻まれている。
 片桐監視官と並びJPA最強クラスのPK能力者と名高い、イカつい女。JPA山梨訓練所尾栗庵料理長にして最強の『念力使い』四本木 友江だった。
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