超能力者の私生活

盛り塩

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第190話 一人戦う⑨

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 そしてさらに悪いことは続く、

「片桐く~~ん、小芝居は止めにしてそろそろ起きてくれないかなぁ?」

 所長が後ろで倒れている彼女にそう呼びかける。
 その声に反応してピクリと片桐さんの体が反応した。

「え……?」
 そしてゆっくりと立ち上がる姿に、私は驚き目を引きつらせた。

 確かに手応えはあった。
 打ち抜いた私の拳は頭蓋骨を砕いていたはず。
 現に、彼女の額はそこだけイビツに歪み、血は今も吹き出し続けている。

「あ~~あ……その怪我、せっかくの美人が台無しじゃないか。見てらんないから早く修復したまえよ」

 その痛々しい姿の片桐さんを見て、所長が苦笑いしながらそう言った。

「べつに小芝居していたわけじゃ無いわ。ちょっとの間だけれど……本当に気を失っていたわよ……?」

 言って額を押さえる片桐さんは、言うほど苦しんではいない。
 むしろ、少し失敗した程度の感じで、不機嫌になっているだけだ。

「まぁ、もろに食らってたからね」
「……用心すると言ってこのザマはかっこ悪いわね」
「仕方ないさ、あの攻撃に初見で対処なんて出来ないよ。……でも、もう覚えたよね?」
「もちろんよ。もう同じ手は通用しないわ」

 ――――しゅぅぅぅぅぅ……。
 額の傷が塞がっていく。
 砕かれ陥没していた骨もメキメキと盛り上がり、元の形に戻る。

「な!? ……それは……??」

 その様はまるで私の回復能力とよく似ていた。
 違うのはそれが能力のものではなく、純粋な肉体の自然治癒だと言うことだ。
 片桐さんの綺麗な顔に、いくつのも太い血管が根を張っている。
 目は充血し、焦点こそまだブレてはいないが、そこからただならぬ気配と殺気を溢れ出していた。
 私はその見慣れた姿を言葉にして呻いた。

「……まさか…………ベヒモス……!!」

 その呻きに所長が陽気に返事を返してくる。

「ピンポン、当たりだよ」

 ……なんてこと。

 さらなる絶望に奥歯を噛み締め、玉砂利を握りしめる。
 まさか片桐さんまでも……正也さんや渦女のように化け物ベヒモスに変えられていたというのか?

 これまでの片桐さんの圧倒的な能力……その秘密はまさか、ベヒモス化による能力の底上げが原因??
 所長が言った、ベヒモス作り出す目的――――その一つが、配下になってくれる能力者の強化。

 片桐さんはすでにその実験台の一人――――!?

 だとしたら、今の彼女はベヒモスとは言えど半覚醒。
 かつての瞬のように弱ベヒモス化状態のはず。
 もう一段階……意識が吹き飛ぶほどの完全暴走をしてしまったら、彼女の戦乙女《ワルキューレ》はさらなる進化をするはず……。
 もし、そうなったら一体どれだけ強力なファントムに成長するのか想像がつかない。

 そんな私の考えを、その怯えた表情から読み取った片桐さんは、

「……大丈夫よ。、もうあなたなんかに負けはしないから」

 そう言って、裸足のまま地面に下りて私の前までやって来る。
 そして――――ドゴッ!!!!

「――――がっ!???」

 私の頭を思いっきり蹴り上げてきた!!
 メキメキと骨が砕ける音が聞こえる。片桐さんのつま先と、私の頭が砕ける音だ。

「がっ――――あが、うぐ……!??」

 じゃじゃじゃと砂利を撒き散らして転がる。
 半分とはいえベヒモス化している片桐さんの脚力は凄まじい。
 その一撃で、私の体は瞬時に感覚を失ってしまう。
 砕かれた頭からは割れた花瓶のように血が漏れ出し、意識が明滅しながら消えかかる。

『ぎゅうぅぅぅぅぅ!???』

 ラミアが慌てて回復しようとするが。

『おっと、勝手な行動はしないでくれたまえよ?』

 ――――バリバリバリバリッ!!!!
 所長のテレパシーが結界を破壊し、能力を霧散させた。

「ぐぅ…………!??」

 基礎出力で負けるというのは、こうも相手の能力に歯が立たなくなるものなのか?
 能力の種類がどうあれ、結界という要素がある以上、基礎能力が高いものは弱いものの攻撃を一切受け付けない。そして強者の能力に攻撃力が無くとも、相手の結界を破壊した時点で銃などの通常武器を使えば丸腰の能力者などいくらでも殺せる。

 所長が攻撃力の持たないESP能力者だと油断した私が未熟だった。

 対能力者相手の戦いならば、基礎能力の強さがものを言う。
 遥かに熟練の所長から見れば、まだ訓練すら終わっていないド新人の私など、それこそ赤子同然に見えていたことだろう。
 終始とぼけた態度だったのは、私をおちょくっていたのではなく本当に余裕だったからなのだ。
 おまけに半ベヒモス化の片桐さんも相手なのだ、これはもう最初から勝ち負けの話ですら無かった……。

「……ちょっと、余計なことしないでくれる?」
 片桐さんが、所長を睨みつけた。

「え~~、せっかく協力してあげてるのにぃ?」
「もう負けないと言ったでしょ? それにこの子には主従関係をしっかり教えとかないと後々、使いづらくなるしね」
「シメるってやつかい? 怖い怖い。……でも、そうだねえ~~それは大事なことだよねぇ」

 頷くと所長はフッと力を抜く。
 同時に回復を妨害している念話《ノイズ》も途切れた。

「じゃあ、僕はもう何もしないよ。じっくり二人で話し合えばいいさ」

 よっこらせと縁台に腰掛け、懐からタバコを取り出して火を点ける。
 そして、さてどうなるか? とばかりに優雅な観戦姿勢に入った。

『ぎゅううぅぅぅぅぅ!!!!』

 すかさずラミアが回復能力を発動させる。
 妨害がなくなり、能力が私の身体に浸透し始めるが、一度全回復を行った私の体にはもう充分な精気は残っていない。
 だがラミアは構わず回復能力を練り続けた。
 その為に使う精気は私の体からではなく、地面から吸収して。

 しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………。

 庭園の木々たちがみるみる枯れていく。
 地中に埋まった根が、精気を運ぶパイプとなって命を私に捧げてくれていた。

「なるほど、そういう事も出来るのね。覚えておくわ」

 便利な道具でも見るような目で、片桐さんは薄笑いを浮かべた。
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