超能力者の私生活

盛り塩

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第183話 一人戦う②

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「さ、さ、食べようじゃないか宝塚くん。鹿肉は食べたことはあるかい? ジビエだけどもクセがなくって柔らかくて美味しいよ。地酒もあるからね、どんどんやってくれたまえ」

 緊張した面持ちでうつむいている私に、いつものとぼけた口調で料理を促してくる所長。仲居さんがいい頃合いに煮えた肉を小鉢によそってくれるが、とてもそれに手を付ける気にはならなかった。

「あのねぇ、一応この子は未成年なんだからお酒を進めるのはどうかと思うわよ?」
「かたいこと言わないでくれよぅ片桐く~~ん。そんなものはこの国が勝手に決めている適当なルールだろう? 僕たちには関係のないことさ」
「ルールではなく、飲ませて酒乱だったらどうするのって話よ。せっかく連れてきたのにもうなんて嫌よ私は、働き損もいいとこだわ」
「おいおい……本人を前に処分とか悲しい言葉を使わないでくれよ? すまないね宝塚くん怖がらないでくれたまえよ?」

 そう言って微笑みかけてくる所長の目は笑ってはいたが、その奥にどす黒い気配を感じた。雰囲気は努めてほがらかに装ってはいるが、二人は私への警戒を怠っていないと感じた。

「……私をどうするつもりですか」
「おや、急くねぇ? いきなり本題かい?」

 わざとらしく肩をすくめながら、小鉢をつつく手を止める所長。

「片桐くんから話は聞いていないかい?」
「……お二人に協力しろとは聞きました」
「うんうん……で、もちろんそのつもりなんだよね? だからここに来てくれたんだろう?」
「脅迫されて連れてこられただけです。勧誘に応じたつもりは無いです」
「あれぇ~~そうなのぉ?? おいおい片桐くん、丁重に扱うって約束だっただろう?」
「充分丁重に扱ったわよ。傷一つ付けていないわ」

 よく言う、確かに傷付けられてはいないが、一歩間違えば殺し合いになっていたはずだ。無事ここに着いたのは、お互い距離を取った結果にすぎない。
 ジト目の視線を送る私。目をそらす片桐さん。

「にしてはご立腹だねぇ……。まぁ片桐くんは、こういう交渉には不向きだと知ってて向かわせた僕にも責任があるよ。ごめんね宝塚くん、乱暴されたんだね? それは僕があやまるよ。……なにせこっちも今、人手不足なもんでね」
「ちょっと――――」

 その言い分に文句を言い返そうとする片桐さんだが、その声にかぶせるように私は声を張った。

「あなた方は一体何をしているんですかっ!!」

 ――――ダンッ!! と強くテーブルを叩く。
 揺れた食器が音を立て、グラスが倒れかけた。
 その剣幕を冷たい目で睨んでくる片桐さんと、それとは対象的に興味深げな表情で見つめてくる所長。

「真唯さんも、正也さんも渦女さんも死にました!! そんな事になったのは全てあなたたちの暴走が原因です!? どうしてこんな事をするんですか!?? どうして仲間同士で殺し合わなきゃいけないんですか!??」

「それはキミたちが抵抗するからじゃないか?」

 動じず、あっさりと答える所長。
 仲居さんにお酌をさせながらまるで緊張感がない。

「僕の目的は正也くんがおおむね説明してくれたよ?」
「……娯楽でやってると言うんですか?」
「究極的には、ね」

 何一つ悪びれる様子もなく、お猪口を傾ける。
 そしてそれをタンッと置くと少し前のめりになって話を続けた。

「……僕はねぇ、心底人間が嫌いなんだよぉ~~。キミも聞いただろう? 正也くんや渦女くんの過去のお話をさ」
「…………………………………………」

 確かにその話を聞いたときはショックだった。
 話の中に出てくる所長を英雄だとも思ったくらいだ。

「彼女たちは本当に可哀想な子たちでね。……本人たちは何も悪いことはしていない。ただほんの少し他とは違う個性を持っていただけなんだ。……それだけだよ。それだけで尊厳を踏みにじられるどころか、人生も狂わされ、未来を取り上げられ、親まで殺されてしまったんだよ? ヒドイと思わないかい?」
「そ……それは、もちろん。……でも二人は所長が救ったはず……」
「救っちゃいないよぉ~~www」

 自嘲気味に笑って所長はまたお酒に手を伸ばす。
 仲居さんがまたお酌をしようとするが、それを手で制し、手酌でお猪口を満たす。

 片桐さんが仲居さんに目で合図を送ると、彼女は礼をして立ち上がり、そそそと部屋を出ていった。
 彼女からかすかに血の匂いが漂ってきたのは多分勘違いじゃ無いと思った。

「確かに復讐させてあげたけどね。でもそれじゃ全然足りない。彼らの受けた心の傷はそんなものじゃ全然、癒えやしないんだよ。……それにね、なにも彼らだけが特別じゃないんだ。彼らと同じように、いわれのない無残な虐待を受けた能力者って数え切れないほどいるんだ。そしてそれは今も刻一刻と増え続けているんだよ」

 入学説明会のときに話されたイジメ件数、何十万の話を思い出す。
 その七割が私たちの同胞である超能力者だと言うことも。

「そんな悲劇がなぜずっと無くならないと思う?」

 お酒を傾けつつ、問いかけてくる。
 それはイジメや差別がなぜ無くならないかと聞かれるのと同じくらいなわかりきった質問だった。
 そしてその答えはもうすでに答えてあった。

「それが人にとって丁度いい娯楽だからです」

 かつて答えた言葉を繰り返して口にした。
 それを聞いた所長は上機嫌で笑う。

「あっはっはっはっはっ!! そうだねぇ、あの時もキミは同じことを言っていたねぇ~~、なつかしいなぁ……。僕はねぇ、あのときキミからその言葉を聞いて嬉しかったんだよ」
「? ……なぜですか?」

「キミの中に、僕と同じ狂気を感じたからだよ」
 その言葉を聞いて、私は湧き上がる不快感と見透かされた引け目を同時に感じてしまった。 
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