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第180話 最強の追手③
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私と片桐さんを乗せた車は名神高速を西へと進んでいた。
訓練所がある山梨とは逆の方向である。
「……どこに行くつもりですか」
「京都よ。そこのとある旅館に大西はいるわ」
「なぜ京都に?」
「……しば漬けが大好物なんですって」
退屈そうに窓の外を眺めながら片桐さんはそう答えた。
運転は名も知らぬ若い男性がやっている。
助手席にも同じくらいの男性が座っていて、マシンガン片手に油断なく私を監視していた。
「あなたは好き? しば漬け」
どうでもいい質問をしてくる片桐さん。
「好きですけど……」
「そう、うらやましいわね」
意味深にそう返事すると彼女は黙り込んでしまう。
「先生たちは無事なんですか?」
怪我の回復もさせてもらえないまま連れ去られたのだ、いまはとにかくそれが心配だった。
「これから私たちの一員となるあなたには、もう関係の無いことよ?」
ある程度予想していたその返事に、私は怒りを込めた目で彼女を睨みつける。
関係なくなんか、あるものか。
「……もし三人をこれ以上傷つけたのなら、このまま玉砕覚悟で暴れますよ? たぶん片桐さんには勝てないでしょうけれども、死んでやることくらいは出来ます」
その言葉を聞いて薄く笑う片桐さん。
「あら、ずいぶん自信家ね? それは私に殺させるくらいまでは食らいついてやるって挑戦かしら?」
「殺してしまわないと……私は無限に暴れますよ? 周囲の命を食べ続けながら」
『ぎゅるるるるる……』
私の顔の横でラミアも威嚇の声をあげた。
その目は私に向けるいつのも無邪気なものではなく、獲物を捕食すようとする蛇そのものの眼光だった。
それを見て片桐さんは微笑んだまま肩をすくめる。
「……嫌われたものね。いいわ、そうなったら殺してあげる。……でも出来れば私もあなたを失いたくはないのよ? お互い敵対しないように祈りましょう?」
「私を騙したんですか?」
「ついてこなければ皆殺しにすると言っただけよ」
結局、彼女の口からは三人の無事を約束する言葉は出てこなかった。
私は、最悪の展開にそなえて本当に覚悟を決める必要があると思った。
雨に濡れたアスファルトの上に、拘束された三人の女性が座らされている。
七瀬マリア、百恵、最恩菜々の三人だ。
彼女らは十数人の武装した男たちに取り囲まれて、抵抗することも許されず地べたに膝を付かされている。
戦闘系能力者の百恵は片腕を失い、とりあえずの止血はされているものの、そのダメージの深さから意識は朦朧として息も絶え絶えである。
首には超能力を相殺させる効果のある首輪《ブレーカー》かはめられていて、彼女らにはもう抵抗する手段は残されていなかった。
片桐と宝塚を乗せた車が見えなくなったのを確認して、男の一人が下卑た笑いを浮かべながら菜々に近づいた。
「おかしな真似をしたらタダじゃおかないわよ?」
その男に向かって七瀬は殺気を剥き出しにする。
囚われた三人の美女に、三下の男ども。こんな場面で起こってしまう悲劇なんて一つしかない。
普段の自分ならおちゃらけて、逆に相手を誘ってやるくらいの事をしてみせるものだが、生徒がその毒牙にかけられるのを黙って見ているほどにはまだ狂っていない。
百恵《いもうと》の容態も気になる。
何かが起こった時には、たとえこの身が蜂の巣にされても雑魚どもは皆殺しにしてやろう。七瀬はそう覚悟を決め、結界術のスタンバイに入った。
しかし、その男の取った行動は予想外のものだった。
「申し訳ありません最恩訓練生。片桐監視官の指示とは言え、窮屈な思いをさせました」
そう言って菜々の首輪と手首の拘束を外したのだ。
七瀬はそれを見て一瞬目を大きくするが、すぐに全てを悟ったように笑みを浮かべ肩を落とした。
「そう……。あなた最初から所長の側だったのね?」
自由にされ、締め付けられていた手首をもんでいる菜々に問いかける。
菜々はそんな七瀬を感情の無い目で見下ろし、言った。
「……私が仕えているのは片桐さんです。所長じゃありませんから」
「そうだったわね……。あなたは片桐の助手だったわね」
「死ぬ子先生鋭いから……途中で気付くと思いましたよ」
「片桐が所長の側についたと聞いた時から一応ね、疑ってはいたのよ。……でも、何でかしらね、あなたが敵だとはどうしても思えなかったのよ」
自嘲ぎみに笑いながら七瀬は答えた。
「負の思考が売りの先生にしてはずいぶん楽観的でしたね」
言いながら菜々は男から自分の愛銃であるベレッタ92を受け取り、弾を確認する。
「いつから裏切っていたの?」
「ずっとですよ。もう何年も前から」
「そう。……所長たちの逸脱っぷりにどうして本部が介入しないのか不思議に思っていたけど」
「はい。私が情報操作して言い訳が立つレベルにまで改ざんしてました」
「どうりで……ね」
「宝塚さんのお目付け役として選ばれたのも、最初から所長と片桐さんが彼女を欲しがったからですよ」
「……でしょうね。それで私はその流れのまま、あなたを彼女と百恵のチームに入れちゃったってわけよね?」
「そうですね。ま、そうでなくても所長が適当な理由をつけて私を彼女の側に置いておいたでしょうけど」
「なら正也や渦女はあなたの仲間だったのでしょう? よく殺されるのを黙って見てたわね? それともあの時は本当に気を失っていたのかしら?」
「まさかですよ。ちゃんと起きていました。でも私の任務は彼らの手助けじゃありませんでしたから。……私の仕事は、宝塚さんの能力開発を見守ることと、本人の意識の誘導、それともう一つ」
そう言って菜々は七瀬の額に銃口を押し付けた。
「時が来たら邪魔者を排除することです」
訓練所がある山梨とは逆の方向である。
「……どこに行くつもりですか」
「京都よ。そこのとある旅館に大西はいるわ」
「なぜ京都に?」
「……しば漬けが大好物なんですって」
退屈そうに窓の外を眺めながら片桐さんはそう答えた。
運転は名も知らぬ若い男性がやっている。
助手席にも同じくらいの男性が座っていて、マシンガン片手に油断なく私を監視していた。
「あなたは好き? しば漬け」
どうでもいい質問をしてくる片桐さん。
「好きですけど……」
「そう、うらやましいわね」
意味深にそう返事すると彼女は黙り込んでしまう。
「先生たちは無事なんですか?」
怪我の回復もさせてもらえないまま連れ去られたのだ、いまはとにかくそれが心配だった。
「これから私たちの一員となるあなたには、もう関係の無いことよ?」
ある程度予想していたその返事に、私は怒りを込めた目で彼女を睨みつける。
関係なくなんか、あるものか。
「……もし三人をこれ以上傷つけたのなら、このまま玉砕覚悟で暴れますよ? たぶん片桐さんには勝てないでしょうけれども、死んでやることくらいは出来ます」
その言葉を聞いて薄く笑う片桐さん。
「あら、ずいぶん自信家ね? それは私に殺させるくらいまでは食らいついてやるって挑戦かしら?」
「殺してしまわないと……私は無限に暴れますよ? 周囲の命を食べ続けながら」
『ぎゅるるるるる……』
私の顔の横でラミアも威嚇の声をあげた。
その目は私に向けるいつのも無邪気なものではなく、獲物を捕食すようとする蛇そのものの眼光だった。
それを見て片桐さんは微笑んだまま肩をすくめる。
「……嫌われたものね。いいわ、そうなったら殺してあげる。……でも出来れば私もあなたを失いたくはないのよ? お互い敵対しないように祈りましょう?」
「私を騙したんですか?」
「ついてこなければ皆殺しにすると言っただけよ」
結局、彼女の口からは三人の無事を約束する言葉は出てこなかった。
私は、最悪の展開にそなえて本当に覚悟を決める必要があると思った。
雨に濡れたアスファルトの上に、拘束された三人の女性が座らされている。
七瀬マリア、百恵、最恩菜々の三人だ。
彼女らは十数人の武装した男たちに取り囲まれて、抵抗することも許されず地べたに膝を付かされている。
戦闘系能力者の百恵は片腕を失い、とりあえずの止血はされているものの、そのダメージの深さから意識は朦朧として息も絶え絶えである。
首には超能力を相殺させる効果のある首輪《ブレーカー》かはめられていて、彼女らにはもう抵抗する手段は残されていなかった。
片桐と宝塚を乗せた車が見えなくなったのを確認して、男の一人が下卑た笑いを浮かべながら菜々に近づいた。
「おかしな真似をしたらタダじゃおかないわよ?」
その男に向かって七瀬は殺気を剥き出しにする。
囚われた三人の美女に、三下の男ども。こんな場面で起こってしまう悲劇なんて一つしかない。
普段の自分ならおちゃらけて、逆に相手を誘ってやるくらいの事をしてみせるものだが、生徒がその毒牙にかけられるのを黙って見ているほどにはまだ狂っていない。
百恵《いもうと》の容態も気になる。
何かが起こった時には、たとえこの身が蜂の巣にされても雑魚どもは皆殺しにしてやろう。七瀬はそう覚悟を決め、結界術のスタンバイに入った。
しかし、その男の取った行動は予想外のものだった。
「申し訳ありません最恩訓練生。片桐監視官の指示とは言え、窮屈な思いをさせました」
そう言って菜々の首輪と手首の拘束を外したのだ。
七瀬はそれを見て一瞬目を大きくするが、すぐに全てを悟ったように笑みを浮かべ肩を落とした。
「そう……。あなた最初から所長の側だったのね?」
自由にされ、締め付けられていた手首をもんでいる菜々に問いかける。
菜々はそんな七瀬を感情の無い目で見下ろし、言った。
「……私が仕えているのは片桐さんです。所長じゃありませんから」
「そうだったわね……。あなたは片桐の助手だったわね」
「死ぬ子先生鋭いから……途中で気付くと思いましたよ」
「片桐が所長の側についたと聞いた時から一応ね、疑ってはいたのよ。……でも、何でかしらね、あなたが敵だとはどうしても思えなかったのよ」
自嘲ぎみに笑いながら七瀬は答えた。
「負の思考が売りの先生にしてはずいぶん楽観的でしたね」
言いながら菜々は男から自分の愛銃であるベレッタ92を受け取り、弾を確認する。
「いつから裏切っていたの?」
「ずっとですよ。もう何年も前から」
「そう。……所長たちの逸脱っぷりにどうして本部が介入しないのか不思議に思っていたけど」
「はい。私が情報操作して言い訳が立つレベルにまで改ざんしてました」
「どうりで……ね」
「宝塚さんのお目付け役として選ばれたのも、最初から所長と片桐さんが彼女を欲しがったからですよ」
「……でしょうね。それで私はその流れのまま、あなたを彼女と百恵のチームに入れちゃったってわけよね?」
「そうですね。ま、そうでなくても所長が適当な理由をつけて私を彼女の側に置いておいたでしょうけど」
「なら正也や渦女はあなたの仲間だったのでしょう? よく殺されるのを黙って見てたわね? それともあの時は本当に気を失っていたのかしら?」
「まさかですよ。ちゃんと起きていました。でも私の任務は彼らの手助けじゃありませんでしたから。……私の仕事は、宝塚さんの能力開発を見守ることと、本人の意識の誘導、それともう一つ」
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