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第178話 最強の追手①
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「足止め……彼女――――ですって?」
消えた大天狗の後に残った虚空を睨みつける先生。
足止めとは一体どういうことなんだろう?
私たちをここに留めておいて何があるというのか。
普通に考えれば、私たちを何かに近づけたくない場合。あるいは何かを私たちに追いつかせたい場合だが……。
そこまで考えて私はゾッとした。
「二人とも急いで車に乗ってっ!! すぐにこの場から離れるわよっ!!」
死ぬ子先生も同じ答えに至ったのか、緊張した面持ちで急いで車へ戻ろうとする。
私たち二人もそれに従い踵を返すが、すぐに先生の足は立ち止まった。
その目に少しの恐怖と大きな怒りを浮かべている。
その視線の先を見て、私も嫌な予感が当たったと唇を噛んだ。
乗っていたSUV、その影から一人の女性が現われたからだ。
黒いコートに長い黒髪を絡ませて現われたその女性は、いま私たちが一番会いたくなかった人物。
「……片桐……!!」
死ぬ子先生が苦々しく、絞り出すようにその名を呼ぶ。
「どうも七瀬先輩、それから宝塚さん。……真唯先輩との一件依頼ね」
JPA最強と言われているPK能力者、片桐さんだった。
所長は彼女を私たちに追いつかせるために、正也さんのファントムを利用して時間稼ぎをしていたのだ。
彼女が私たちを追ってきた理由。それはもう明白だった。
「宝塚さん、所長が呼んでいるわ。私と一緒に来てくれないかしら?」
「……断るに決まっているでしょ?」
死ぬ子先生が即座に返事するが、
「七瀬先輩には聞いていませんよ? 私は宝塚さんと話をしに来たのです」
と、片桐さんは先生の目も見ずにそう返した。
「どう?宝塚さん、私と組んで所長とともに世直しをしてみない? 私と所長、そしてあなたが組めば多分世界最強になれるわよ?」
「……世直し?」
彼女の眼力に押されながら、私は聞き返す。
と、片桐さんは少しバカバカしそうに笑って、
「世直しなんて……ちょっと恥ずかしい言葉よね? でも所長が自分でそう言っているのだから仕方ないわ。……実際は根性の捻じくれ曲がった無能者達を排除して鬱憤を晴らしてるだけのお遊びなのにね」
自分たちのやらかしていることを堂々とお遊びだと言う。
この人もどこか壊れていると思った。
「……そんなお遊びに、片桐さんも強力しているのはなぜですか?」
「私も退屈だからよ」
私の質問に、何も考える仕草もなしに即答する。
私は、かつて所長の車の中で、通行人を次々と殺していった彼女の表情を思い出した。あのときの彼女は本当に気怠そうに人を殺していた。
「そんな理由で殺人をするんですか?」
「あなたも子供の頃、アリを踏みつけて遊んだこと無いかしら?」
「……………………」
人など所詮はアリと同程度と言わんばかりのその微笑みに、私は彼女との決定的な価値観の差を感じた。
「ここであなたと道徳について討論する気はないわ。手短に返事を聞かせてくれるかしら? 私について来るのか来ないのか」
「断ったらどうなります」
そう返事をした途端、彼女の背中から戦乙女《ワルキューレ》が滲み出てきた。
「あなた以外は全滅させるわ。そしてあなたも回復力が尽きるまでいたぶって、動けなくなったら箱にでも詰めて持ち帰ってあげるわ」
そら恐ろしいことを言う。
しかし彼女ならそれが可能だろう事はその場の全員がわかっていた。
アマノウズメとの戦い。
あの有無を言わせぬ戦闘力に対抗出来る者は、この場にはいなかった。
たとえ百恵ちゃんが万全でも、太刀打ちすら出来ないだろう。
「どちらにしてもお持ち帰りさせられるのなら、ここは素直に言うことを聞いておいたほうが良いんでしょうね……?」
質問と言うより確認と言った意味合いで私は先生に声をかけた。
この場は彼女に従って付いていくしかない。
意地を張って抵抗したところで犠牲者を増やすだけで何の意味もない。
これは裏切りではなく、ほかに選択肢が無かっただけなのだ。
それを理解してほしくて私はそう言った。
足止めを食らって、片桐さんに追いつかれた時点で私たちの負け確だったのだ。
私は両手を上げて彼女の元へと歩いていく。
「……宝塚さん」
先生が無念の目で私を見てくるが、
「……大丈夫です。隙きを見つけて逃げ出します。いまはとにかく彼女との戦闘を避けることが第一だと思います」
そっと先生にそう伝える。
「悪いわね……必ず救出しに行くから」
「その言葉……めちゃくちゃ似合いませんね」
思わず吹き出しかけた。
「あら? 素直に来てくれるのね。賢い判断だと言ってあげたいけども、個人的にはつまらないかもね?」
何か荒ぶる展開でも期待していたのだろう彼女は、退屈そうに少し肩を落とす。
車の中でモゾッと動く影が見えた。
百恵ちゃんだった。
彼女は、薄く目を開けて片桐さんの後ろ姿を見ていた。
彼女はとっくに起きていて、静かに状況を観察していたらしい。
さすが戦闘班の隊長、危険な空気には敏感だ。
思わぬチャンスに私は努めて動揺しないように無表情を作る。
彼女の手に青い光が灯り、背中から霊長の翼が生える。
油断している片桐さんの背中を狙うつもりだ。
このタイミングと状況なら、もしかしたら有効かもしれない。
いくら片桐さんが最強とはいえ、百恵ちゃんのガルーダの威力も相当なものだ。
正面対決では勝ち目はないかも知れないが、不意を突き、その爆弾を一撃でも当てることが出来れば彼女にも充分勝機はある。
よし、行けっ!! ぶちかませガルーダっ!!
心で応援する私。
しかし同時に、止めろ危険だと叫ぶ私も混在していた。
消えた大天狗の後に残った虚空を睨みつける先生。
足止めとは一体どういうことなんだろう?
私たちをここに留めておいて何があるというのか。
普通に考えれば、私たちを何かに近づけたくない場合。あるいは何かを私たちに追いつかせたい場合だが……。
そこまで考えて私はゾッとした。
「二人とも急いで車に乗ってっ!! すぐにこの場から離れるわよっ!!」
死ぬ子先生も同じ答えに至ったのか、緊張した面持ちで急いで車へ戻ろうとする。
私たち二人もそれに従い踵を返すが、すぐに先生の足は立ち止まった。
その目に少しの恐怖と大きな怒りを浮かべている。
その視線の先を見て、私も嫌な予感が当たったと唇を噛んだ。
乗っていたSUV、その影から一人の女性が現われたからだ。
黒いコートに長い黒髪を絡ませて現われたその女性は、いま私たちが一番会いたくなかった人物。
「……片桐……!!」
死ぬ子先生が苦々しく、絞り出すようにその名を呼ぶ。
「どうも七瀬先輩、それから宝塚さん。……真唯先輩との一件依頼ね」
JPA最強と言われているPK能力者、片桐さんだった。
所長は彼女を私たちに追いつかせるために、正也さんのファントムを利用して時間稼ぎをしていたのだ。
彼女が私たちを追ってきた理由。それはもう明白だった。
「宝塚さん、所長が呼んでいるわ。私と一緒に来てくれないかしら?」
「……断るに決まっているでしょ?」
死ぬ子先生が即座に返事するが、
「七瀬先輩には聞いていませんよ? 私は宝塚さんと話をしに来たのです」
と、片桐さんは先生の目も見ずにそう返した。
「どう?宝塚さん、私と組んで所長とともに世直しをしてみない? 私と所長、そしてあなたが組めば多分世界最強になれるわよ?」
「……世直し?」
彼女の眼力に押されながら、私は聞き返す。
と、片桐さんは少しバカバカしそうに笑って、
「世直しなんて……ちょっと恥ずかしい言葉よね? でも所長が自分でそう言っているのだから仕方ないわ。……実際は根性の捻じくれ曲がった無能者達を排除して鬱憤を晴らしてるだけのお遊びなのにね」
自分たちのやらかしていることを堂々とお遊びだと言う。
この人もどこか壊れていると思った。
「……そんなお遊びに、片桐さんも強力しているのはなぜですか?」
「私も退屈だからよ」
私の質問に、何も考える仕草もなしに即答する。
私は、かつて所長の車の中で、通行人を次々と殺していった彼女の表情を思い出した。あのときの彼女は本当に気怠そうに人を殺していた。
「そんな理由で殺人をするんですか?」
「あなたも子供の頃、アリを踏みつけて遊んだこと無いかしら?」
「……………………」
人など所詮はアリと同程度と言わんばかりのその微笑みに、私は彼女との決定的な価値観の差を感じた。
「ここであなたと道徳について討論する気はないわ。手短に返事を聞かせてくれるかしら? 私について来るのか来ないのか」
「断ったらどうなります」
そう返事をした途端、彼女の背中から戦乙女《ワルキューレ》が滲み出てきた。
「あなた以外は全滅させるわ。そしてあなたも回復力が尽きるまでいたぶって、動けなくなったら箱にでも詰めて持ち帰ってあげるわ」
そら恐ろしいことを言う。
しかし彼女ならそれが可能だろう事はその場の全員がわかっていた。
アマノウズメとの戦い。
あの有無を言わせぬ戦闘力に対抗出来る者は、この場にはいなかった。
たとえ百恵ちゃんが万全でも、太刀打ちすら出来ないだろう。
「どちらにしてもお持ち帰りさせられるのなら、ここは素直に言うことを聞いておいたほうが良いんでしょうね……?」
質問と言うより確認と言った意味合いで私は先生に声をかけた。
この場は彼女に従って付いていくしかない。
意地を張って抵抗したところで犠牲者を増やすだけで何の意味もない。
これは裏切りではなく、ほかに選択肢が無かっただけなのだ。
それを理解してほしくて私はそう言った。
足止めを食らって、片桐さんに追いつかれた時点で私たちの負け確だったのだ。
私は両手を上げて彼女の元へと歩いていく。
「……宝塚さん」
先生が無念の目で私を見てくるが、
「……大丈夫です。隙きを見つけて逃げ出します。いまはとにかく彼女との戦闘を避けることが第一だと思います」
そっと先生にそう伝える。
「悪いわね……必ず救出しに行くから」
「その言葉……めちゃくちゃ似合いませんね」
思わず吹き出しかけた。
「あら? 素直に来てくれるのね。賢い判断だと言ってあげたいけども、個人的にはつまらないかもね?」
何か荒ぶる展開でも期待していたのだろう彼女は、退屈そうに少し肩を落とす。
車の中でモゾッと動く影が見えた。
百恵ちゃんだった。
彼女は、薄く目を開けて片桐さんの後ろ姿を見ていた。
彼女はとっくに起きていて、静かに状況を観察していたらしい。
さすが戦闘班の隊長、危険な空気には敏感だ。
思わぬチャンスに私は努めて動揺しないように無表情を作る。
彼女の手に青い光が灯り、背中から霊長の翼が生える。
油断している片桐さんの背中を狙うつもりだ。
このタイミングと状況なら、もしかしたら有効かもしれない。
いくら片桐さんが最強とはいえ、百恵ちゃんのガルーダの威力も相当なものだ。
正面対決では勝ち目はないかも知れないが、不意を突き、その爆弾を一撃でも当てることが出来れば彼女にも充分勝機はある。
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しかし同時に、止めろ危険だと叫ぶ私も混在していた。
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