超能力者の私生活

盛り塩

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第137話 森田真唯⑤

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 ぽたり、ぽたりと真唯さんの汗が絨毯に染みる。
 彼女の汗は止まる気配はなく、目は血走り、身体は小刻みに震えている。

「だ、大丈夫なんですか、真唯さん……ずいぶん苦しそうなんですけど」
 心配して私が言うと、

「真唯の能力はね、強力だけれどもその反面、身体への負担も大きいのよ」
 と、先生が慣れた雰囲気で答えた。

「能力の力加減にもよるけども、全力で使ったら一回で二、三日は寝込んじゃうわね」
「そんなにですか??」
「なに言ってんの、あなたも同じようなもんでしょ? もっともあなたの場合は寝込む代わりに脂肪を消費しているけどもね」

 そう言って私の腹をポンポン叩く死ぬ子先生。
 失礼な、今の私は腹なんぞ出とりゃせんぞ?

「でも、治療法を発見してしまえば、それで世界中の人を救うことが出来ますよね? その代償が二、三日寝込む程度なら充分凄い脳力ですよ」
「ところがどっこい、そうは簡単にいかないのよ?」

「?」

「治療法を見通すって言ってもね、それは理屈で示されるんじゃなくて、なんというか……神託や天啓みたいな形で記されるのよ」
「……お告げ? みたいな?」
「そう、そんな感じね。例えばあなたが風邪を引いたとするじゃない? すると彼女はこう言うの『リンゴを食べて暖かくして寝ていなさい』って」
「なんじゃそりゃ??」

 ガクッとずり落ちる私。

「でも、その通りにすればきっとあなたの風邪は治るわよ?」

 そりゃまあ風邪程度なら大抵それで治るでしょうよ。

「でも、あなたには『リンゴ』って言ったけども別の人には「イチゴ」って答えたりするのよ」
「まあ、イチゴもビタミンCが多いですからね」
「また別の人には茹で上がるほどに暑いお風呂に入れと言う」
「……無理やり汗を流せば治ることもあるでしょう」
「さらに別の人にはパソコンでHな画像を見なさいと……」
「ちょっとまて、それは関係ないと思う」

 条件反射でそうツッコむ私だが、しかし先生はニヤリと笑い、

「それが真唯が言うと、それでなぜか治っちゃうのよね」
 と肩を竦める。

「どういう事ですか?」
 呆れて問う私。でも先生は首を横に振る。

「それは分からないわね。でも、とにかく真唯の天眼通が見通した通りの事をすると望んだ通りの結果が出るのよ。不思議だけどもね、運命や因果でも見通しているのかしらね?」
「じ、じゃあ治療法って言うのは……」
「そう、あくまでその患者個人にしか通用しない風水的なものがほとんどで、とても学会なんかで発表できる根本的な解決法とは無縁なシロモノね」
「なあんだ、そうなんですか……まぁでも凄いですよ。それでも真唯さんの言う通りにすればどんな病気も治っちゃうんですから」


 またまた思わせぶりに先生は私を見た。

「ある時、末期がんの患者さんが彼女を尋ねてきたわ、その人はもう全身にがん細胞が転移していて、とても助かる状態じゃ無かった。そんなその人に彼女は治療法を教えてあげたわ。……なんて言ったと思う?」

 ええ? 末期がんの治療法だって……??
 抗がん剤治療とか、放射線とか……いや、もっときっと非科学的なものだろう。

 神託やお告げ的なもので言うと……。

「お、お遍路巡りとか……?」
「人を十万人殺しなさい、ですって」
「ウンガッ――――ゲフゲフッ!!!!」

 間髪入れず言われたその答えに、思わず私はコーヒーを喉に詰まらせた。

「じゅ……十万人…………殺すって????」

「意味はわからないわ。でも天眼通でそう見えたのだからしょうがないわよね」
「……そ、それでその人はどうしたんですか?」

「馬鹿にするなと怒って、その後すぐ死んだわ」

「も……もし、その人がホントに十万人殺していたら……?」
「多分、回復してたでしょうね。真唯の能力でそう見えたのだからその結果は絶対よ、意味はさっぱりわからないけどね」

「で、でも……ただの人間に十万人を殺すなんてこと……」
「出来ないわね。……だからその人はどのみち助からないって事だったのよ。それでも助かりたかったらその不可能をやってのけなさいってことね。誰が言ってるんだか知らないけれども」

「つまり……方法は解るけども、それをやってのけれるかどうかは別問題だと……」

「その通りよ。彼女の能力は万能だけれども、残酷でもあるのよ。それで随分と歯がゆい思いをしてね、そんなどうにもならない試練を背負った患者さんを見ているのが辛くて真唯は大きな病院から去ったのよ」
「余計な事まで言わないでくれる? 集中が乱れるわ」

 そこまで黙って画像に集中していた真唯さんが口の軽い先生に文句を言ってくる。

「あら、おほほ……♪ こっちの事は気にしなさんな、ほらほらちゃんと集中して」

 先生の言葉に無言で汗を流す真唯さん。

「はぁ……そんな凄い能力ならこの写真の男の正体を探ることなんて朝飯前ってことですか」
「そういう事よ。このレベルの仕事ならただの透視……とはちょっと違うけども、真唯なら大して難しい話じゃないはずよ?」

 友の優秀さを誇るように先生は胸をそらした。
 透視能力……正直、私はただ物を透かして見るだけのものだとあなどっていたが実はとんでもない能力《ちから》だった。
 それを極めた彼女の目はまさに神から授かりし神具にも匹敵すると言っても言い過ぎではないのかも知れない。
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