超能力者の私生活

盛り塩

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第110話 隠された記憶⑦

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「しかし……何度見てもいい気分はしないねぇ……」

 所長はベッドに横たわる瞬をしかめっ面で見下ろす。
 あれから一寝入りした私はすっかり回復し、体型も元に戻っていた。
 時刻はもう夕方の六時を回っている。
 ほんの三、四時間ほど仮眠する予定だったのが、ずいぶん寝坊してしまったようである。

 菜々ちんたちに、なぜ途中で起こしてくれなかったのかと尋ねたが、起こそうとすると指をカジってくるので誰も手出しは出来なかったそう。

「……で、能力の方はもう使えるようになったのかしらぁ」

 もぞもぞと不気味に蠢く瞬に、聴診器を当てながら死ぬ子先生は聞いてきた。

「ラミア、どうかな?」
『きゅ~~~~っ!!』

 私が訊ねると彼女は元気一杯に両腕で○を描いた。

「……大丈夫そうね」

 それを見て先生は聴診器を外して、瞬の体に繋がっているあらゆる管も次々と外していった。
 情報元を絶たれた計器たちが一斉にアラームを鳴らすが、カタカタと流れる指さばきで先生がキーボードを叩くと、それらは全て大人しくなる。

「さ、これで準備は出来たわ。早いとこお願いね」
「……いいのかいこんなに管外しちゃって? 生命維持に必要な物じゃ無かったのかい?」
「器具を巻き込んで復元されるのを防ぐ為ですわ。蝿人間のようなものを見たいのならば繋ぎ直しますけど?」

  所長の疑問に先生は事も無げに答える。

 実際のところ、私の回復能力はその対象にしか影響を及ぼさないが、しかしそれは今までの話。これから行うのは、単に怪我を治すといった簡単なものではなく、捻じくれ曲がった存在エネルギーを元の流れに復元する作業になるのだ。

 当然、いままでよりも高度な能力行使になるだろうし、まわりの環境がそれにどう影響してくるかは誰にもわからないのだ。
 当の本人の私でさえ今から何をすればいいのか半分以上理解していないのだから先生が慎重になるのも致し方無いのある。

「……いや、大丈夫かい宝塚くん? ……なんか今、独り言で『私ですら何をすればいいかわからない』とか呟いていたけど……?」

 だめだ。声に出ていたらしい。

「あのねぇ……。
 ……今からあんたがやる仕事はね、隠された瞬の記憶のガギを外すことよ。
 例の封印された十分間の記憶ね。
 極端な事を言えば、べつに身体なんかどうでもいいの、記憶――――つまり脳味噌さえ復元できればそれでいいのよ。
 彼が、どこの誰にどんな細工されたか知らないけれども、記憶が完全消去するなんてありえないから。脳味噌にしかけられた物理、精神、心理、全ての余計な要素を記憶以外排除してクリアな状態に戻せば必ず隠された記憶は姿を現すわ。わかった?」

「最後の二行がわからん……」

 頭を抱えてうずくまる私を、よしよしと撫でてくれる菜々ちん。
 百恵ちゃんは理解したような顔をしているが、何も言わないところをみると虚勢《しったかぷー》の可能性が大である。

「まぁ~~つまり、彼の記憶を隠している何かを『存在』ごと排除してしまおうって事だよね。胡麻塩にお湯をかけて胡麻だけ取り出す様なものかな?」

 所長がわかりやすく解説してくれる。

「なるほど、かなり理解しました」
「食べ物で例えられると理解が早いのね……覚えておくわ」

「そんな事よりもいいのか? 瞬のやつが痙攣し始めておるぞ!??」

 現金な私とそれに呆れる先生の傍らで、百恵ちゃんが不安な声を上げる。
 見ると瞬という名の肉の塊は、その身体のどことも言わない端をバタつかせ、ベッドを揺らし始めている。

「……ど、どうしたのこれ」
 私が訊くと、

「そりゃ生命維持装置を外したんだから苦しむでしょうよ……はあはあ。
 はやく能力をかけてあげないと、彼……もっと苦しんで、はぁはぁ、すぐに死んでしまうわよ? はぁはぁ……いや、もういっそのことこのままでも、ぐふふふ」

 不気味な肉塊がのたうつ姿をみて興奮する筋金入りの生物《なまもの》。
 ポタポタと涎を垂らして、このままでは本当に死ぬまで鑑賞していそうなので、私は急いでラミアに命じた。

「ラミア、彼を元の存在に戻してあげて。そして余計な細工があったらそれは全て排除ね、出来る?」

 専門的な詳しいことはわからないので、一言で『余計な細工』と表現したがラミアはそれを難なく理解して能力《ちから》を練り始めた。

 やがて、いつもよりかなり時間は掛かったが、生成された能力を私に受け渡してくれる。
 私は、いつもより遥かに複雑で強力な力に一瞬たじろぐが、ラミアを信じてそれを発動させた。

 瞬の肉体に手を触れ、能力を解放する――――と、
 ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 身体が、かつてのように黄金に輝き出し、髪が無数の蛇へと変化する。

「な……なんだいそりゃあ……??」

 先日の女将との私闘を直接見ていない所長と先生は、まるで神話の怪物メデューサの如く変化した私の容姿に口を塞ぐのを忘れている。

「……呆れた。報告で聞いてはいたけど……これは本当に暴走に近い状態ね。
 普通の能力者ならこの時点で正気なんて保っていられないわ、もう殆どファントムと同化している状態だもの……」

 先生が何やらブツブツ言っているが、難しいことは私にはわからない。
 私はとにかく今の役目に集中した。
 神経を研ぎ澄まし、能力を瞬の肉体へと浸透させていく。
 すると、むくむくと肉体が変化し始め、シュウシュウと湯気のようなものが上がってくる。
 私が回復する時と同じ現象だ。

 よしよし、いけるぞ! なんだ簡単じゃないか?
 そう油断したとき――――、

 バチバチバチバチッ!!!!

「なっ!??」
 ――――――――バジィッ!!!!

 不意にファントム結界が激しく反応し、私は吹き飛ばされた。
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