超能力者の私生活

盛り塩

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第74話 いびつな力⑤

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「それが……この肉の塊というわけか……」

 さすがに見るに堪えないのか、顔を歪めてハンカチを口に当てている百恵ちゃん。
 私を一瞥するその瞳には少しだけ恐れの色が混ざっていた。
 私は先生の話を聞くにしたがって、徐々にその時の様子を思い出していた。
 とはいえ、思い出せたのは目に映っていた景色だけで、私の意識というか、何を考えていたのかまでは思い出せなかった。

 多分、自我が無かったんだと思う。

 私であり、私でない何かが目の前の標的を本能のまま壊していく様を、別の私が他人事のように眺めている……そんな記憶だった。

「まぁ、そういうわけでねぇ……宝塚さんって怒らすと怖いみたいなのよぉ。
 だからぁ、これからチームになる二人にはぁ彼女の能力をよく知っておいてもらおうと思ってねぇ~~……うふふふふ」
「これは……宝塚さんがワザとやったってわけじゃないんですよね?」

 これまで黙っていた菜々ちんが口を開く。

「そうよ、おそらく昔のトラウマが引き金になって引き起こされた暴走ねぇ~~。ベヒモス化ギリギリだったんじゃないかしらぁ? でもぉ、これは私の勘だけれどぉ~~宝塚さんはぁ、ベヒモス化しないんじゃないかと思っているわぁ」

「……どういうことですか?」

「楠隊員がぁ……ベヒモス化から回復したわよねぇ? どうもぉ、宝塚さんの能力はぁ精神の浄化作用も持っているみたいでねぇ、それがぁ、宝塚さん本人にもかなり影響していると思うのよぉ。でなければぁ、あの状態から持ち直すなんてぇ……ありえない事よ~~……?」
「……そんなに危なかったんですか?」

 菜々ちんの言葉に大きくうなずく先生。

「この化け物はもう元には戻らんのか?」
 百恵ちゃんが私と瞬を交互に見て先生に尋ねる。

「さぁねぇ……何度も回復を繰り返した結果がぁ、コレだからねぇ……やってみないことにはわからないけどぉ~~……」

 全員の視線が私に集まる。
 私はひとしきり吐いたおかげで少しは気分が落ち着いたが、ショックはまだ残っていた。

「宝塚さぁん? コレちょっと治してもらえないかしらぁ~~……」

 外れた網戸でも治せと言わんばかりに、お気軽に言ってくる先生。

「と、言われてもですな……」
「コレをやらかしたのはぁ~~、暴走寸前のあなただからぁ、素面だったらまた違う結果がみれるかもしれないからぁ……ねぇ?」
「うむ、やってみよヒロインよ」

 確かに、いくらこの男が猟奇殺人犯で救う価値が無くても、このままこの姿で放置するのは私としても後味が悪すぎる。
 罪を償わせるとしても、いったんは元に戻さねばならない。
 ……戻せるものならば。

「で、でも私……いまだに能力とか自分の意志で使ったこと無いし……」
 そう言うと、ぷちっっと何かが切れる音がした。

「な・ん・だ・と!????」
 音は百恵ちゃんのこめかみから発せられたようだ。

「あら、そういえばぁ……そうだったわねぇ~~……うふふふふふふふふ」

 ニタリ顔の先生が愉快そうに、ブチ切れた妹を眺めている。
 そしてよろよろと歩んできた百恵ちゃんが私の服をガシッと掴むと、そのまま捻り締め上げてワナワナと肩を震わす。

「吾輩は……吾輩は…………」

 彼女のジト目が大きく見開かれ、殺気を帯びて私を睨む。
 ――――そして叫んだ。

「吾輩はこんなド素人に競争で負けたと言うのかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!?????????????」




 次の日。
 私は旅館の裏手にある山の裾に呼ばれていた。

 時刻は午前六時。
 朝日を背に立つ少女が一人。

「遅いぞヒロインっ!! 
 初日からそんな事でこれからの訓練が務まると思っているのか!!」

 竹刀をビシンと地面に叩きつける百恵ちゃん。
 彼女のやる気は満々で、ジャージにスニーカー、頭には鉢巻まで巻かれている。

 あの後、私の技量の低さを知った彼女は怒り狂い、せめて能力くらいは自由に使いこなせるようになって貰わなければ、負けた側の立場がなさ過ぎる、とのことで私の訓練を買って出てきたのだ。
 彼女も私と同じ訓練生なのだが、すでに教練からは卒業し、あとは実績を積んで卒業資格を得るだけの段階にいるという。
 なので死ぬ子先生も基礎訓練は百恵に任せると快諾し、全てを妹に丸投げしたのだ。

 ……というか、これも計算ずくだったような気もするが……あの女狐が……。

 とももかく、そんなわけで私はこれからしばらく百恵ちゃんの下で訓練を受けることになってしまった。

 当面の目標は、自由に能力を行使出来るようになること。
 そしてあわよくば、瞬の状態を回復させることが出来るようになること。そうすれば私の能力の汎用性の高さを証明することになり、今後の活動と、ベヒモスの研究にに大いに役に立つとのことだが、そこまでは難しくてよくわからない。
 私としては自分のしでかしてしまった事の始末をつけれれば何でも良かった。
 なので多少の厳しい訓練も我慢するつもりでやって来たのだが……。

「……いや、だって……まだ朝の六時よ? 早すぎるんじゃ??」

 日の出を指差し、思わずぼやく。
 寒さに体も凍えている。季節はもう11月だ!!
 こんな冬の朝早くから、いったい彼女は何をするというのか!?

「ばかものっ!! 
 朝はこのくらいから始めんと吾輩が小学校に遅れるではないかっ!!」

 そっちの都合か~~~~いっ!!
 てか小学校って……微笑ましいな、オイっ!!
 彼女の学校生活がどんなものか異常に気になるのは私だけだろうか……。

「とりあえず貴様に必要なのは基礎体力だっ!! まずはランニングから始めるぞっ!!」

 そしてビシッと竹刀で指すのは山の頂上。
 ……まさか、この山を走って登れとでも言うのだろうか……?

「では、行くぞっ!! 遅れるなよ!!」

 小さな体を軽快に跳ねらせ、そのまさかだよ、とでも言うように百恵ちゃんは山の坂道へ消えていく。

 私は……黙って反対方向へと歩いて行った。
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