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第73話 いびつな力④
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カチャリ……。
集中治療室の扉が開けられ、私たちは中へと入っていく。
薬品臭い匂いと、一定のリズムを奏でる電子音が緊張をより高めていく。
透明で波打つカーテンの向こうに、医師らしき人影とベッドに横たわる茶色い何かが透けて見えた。
「はぁい……ご苦労さんねぇ~~」
「あ、七瀬先生。ご苦労さまです」
カーテンを開けて死ぬ子先生が中に入ると、それと入れ替わるように男性の医師が会釈をして出ていく。
私たち三人は黙ってベッドの側に立ち、そこに横たわる人物を見下ろしていた。
――――それが果たして人物なのかを考えながら。
「こ……こっ……!!」
百恵ちゃんの頬が痙攣する。
菜々ちんもさすがに顔を白くして言葉を失っている。
「……これは一体何なのだ!? 姉貴よ!!?」
吐きそうな気分をギリギリで押さえながら姉に返答を求める百恵ちゃん。
彼女の反応は当然のこと。
私たちの眼前に横たわっているのは、それが人間だと言い切るにはあまりにも歪な形をした物体だったからだ。
――――ぐにゃり……。
不気味にうごめくそれは、身体の全てのパーツが位置変換され、ぐちゃぐちゃに入り混ざり、骨が無くなったかのように全体がドロリとクラゲのように溶けてしまっている。どちらが上で、どちらが下か判別できない身体の両端に目が一つずつ付いて、それらがギョロギョロを周りを見回し、中央側面に脈絡もなく開いた口からは時々『あ、あ、あ、あ』とうめき声が上がり痙攣していた。
その声に私は聞き覚えがあり、同時になぜ彼がこうなったのか、見当がつかずに呆然と立ち尽くしていた。
「これはぁ~~……先日ぅ……宝塚が捕らえたベヒモスのぉ……成れの果てよぉ」
先生はこともなげにそう言うと、その生物の片目を指で摘んで開き、ペンライトを当てて何かを確認している。
その目は紛れもなく、あの弱ベヒモス、瞬の目だった。
「捕らえたベヒモス? いつのことじゃ!?」
百恵ちゃんが睨んでくる。
「……三日前。私の能力を解析する実験体として、先生と二人でこの男を追っていて――うっ……」
それだけ答えると私は耐えられなくなり口を押さえる。
「吐くならあっちねぇ……」
死ぬ子先生が部屋の隅に設置してある洗面台を指差す。
私はすぐにそれに飛び込み、昼のオムライスを全部ぶちまけた。
「………………」
そんな私を無視して百恵ちゃんは姉に問いただす。
「説明を頼むぞ。……ただし、真面目にな」
姉に対してまったく怖じけることなく、むしろ牽制するような目つきで睨む百恵ちゃん。さぞかし普段からストレスを感じさせられているに違いない。
「ええ~~……これでもぉ……真面目なぁ、つもりなんだけどなぁ~~……」
指を唇に添え、上目遣いで愛嬌を振りまく死ぬ子先生。
その後ろにバチッという音と共に空間の歪みが現れた。
百恵ちゃんが作り出した圧縮空気の種である。
「ん、もう……わかったわよう、面倒くさいなぁ……死んじゃうわよぅ? ……しくしく……」
そのやばい破壊力を肌で感じ取り、先生は観念して、少~~~~しだけ真面目な顔になった。
「こいつのぉ名前は藤堂瞬。十八歳でぇ地元の高校三年生ようぅ。
微弱な超能力持ちでぇ種類は浮遊系統。ただしぃ~~本人と周囲の人間にその認識は無し。二週間近く前からぁ、ベヒモス化の徴候が現れ、すぐさまぁ両親を殺害。その後も毎日のようにぃ……適当な人間を殺害して気分を落ち着かせてたみたいね」
喋り方が大分マシにまった気がするが……それでもまだ多少ウザい。外モードの先生と内モードの中間といったところか? これからはこの状態の事をハイブリットモードと呼ぼう。どうでもいいが。
「ふん。まぁ、よくある猟奇殺人者じゃな? ……それがなぜ、こんなおぞましい姿にになっておる?」
死ぬ子先生は、ことの経緯を二人に説明した。
「ふむ……ヒロインが暴走しかけた……か」
いまだ洗面台の主となっている私を一瞥し、百恵ちゃんが汗を滲ます。
「でも、自力で自分を抑え込んでベヒモス化から回避したんですよね?」
菜々ちんが先生に確認した。
「まぁ……ね。あの時はさすがの私もぉ、ちょっと死ぬかと思ったけどねぇ」
「すごいですね……普通は暴走が始まると戻ってなんか来れないのに……」
「それもぉ、宝塚さんの能力だと私はぁ、考えているわぁ」
「そんなことよりも!! この男は何がどうしてこうなったと聞いているのじゃっ!! ヒロインの暴走と関係があるとでも言うのか!??」
早く話の先が知りたいのか、痺れを切らしたようにドンドンと足を鳴らす百恵ちゃん。
「暴走の余韻で能力が過剰解放されぇ、宝塚さんはどんどん衰弱していったんだけどぉ……そんなこの子に、瞬《これ》をエサとして与えてみたのよ」
エサって……。
「瞬から精気を吸い取った宝塚さんはぁ、目論見通りみるみると回復していったわぁ。でもぉそこでぇ、一つトラブルが起こったの……」
そのトラブルとは。
瞬から精気を奪い回復した私は、代わりにミイラと化してしまった瞬の骸をぐちゃぐちゃに引き裂き初めたのだという。
その様子を見て先生たちは、やはり私が完全にベヒモス化してしまったのだと緊張したらしいが、私の怒りは瞬にのみ向けられていて、他には一切の反応を示さなかったらしい。
しかし瞬への攻撃は執拗に繰り返され、完全に破壊したと思ったら回復させ、そして吸収し、また破壊し、引き裂き、回復、吸収、破壊……。
まるで親の仇でもなぶり殺しにしているかのように、その惨たらしい行為は何度も何度も繰り返された。
そして、ひとしきりの蛮行を終えた私は落ち着きを取り戻し、気を失い、後に残ったのは……幾度の破壊と蘇生を繰り返し、細胞組織の接合に異常をきたして原型を失った肉の塊だったという。
集中治療室の扉が開けられ、私たちは中へと入っていく。
薬品臭い匂いと、一定のリズムを奏でる電子音が緊張をより高めていく。
透明で波打つカーテンの向こうに、医師らしき人影とベッドに横たわる茶色い何かが透けて見えた。
「はぁい……ご苦労さんねぇ~~」
「あ、七瀬先生。ご苦労さまです」
カーテンを開けて死ぬ子先生が中に入ると、それと入れ替わるように男性の医師が会釈をして出ていく。
私たち三人は黙ってベッドの側に立ち、そこに横たわる人物を見下ろしていた。
――――それが果たして人物なのかを考えながら。
「こ……こっ……!!」
百恵ちゃんの頬が痙攣する。
菜々ちんもさすがに顔を白くして言葉を失っている。
「……これは一体何なのだ!? 姉貴よ!!?」
吐きそうな気分をギリギリで押さえながら姉に返答を求める百恵ちゃん。
彼女の反応は当然のこと。
私たちの眼前に横たわっているのは、それが人間だと言い切るにはあまりにも歪な形をした物体だったからだ。
――――ぐにゃり……。
不気味にうごめくそれは、身体の全てのパーツが位置変換され、ぐちゃぐちゃに入り混ざり、骨が無くなったかのように全体がドロリとクラゲのように溶けてしまっている。どちらが上で、どちらが下か判別できない身体の両端に目が一つずつ付いて、それらがギョロギョロを周りを見回し、中央側面に脈絡もなく開いた口からは時々『あ、あ、あ、あ』とうめき声が上がり痙攣していた。
その声に私は聞き覚えがあり、同時になぜ彼がこうなったのか、見当がつかずに呆然と立ち尽くしていた。
「これはぁ~~……先日ぅ……宝塚が捕らえたベヒモスのぉ……成れの果てよぉ」
先生はこともなげにそう言うと、その生物の片目を指で摘んで開き、ペンライトを当てて何かを確認している。
その目は紛れもなく、あの弱ベヒモス、瞬の目だった。
「捕らえたベヒモス? いつのことじゃ!?」
百恵ちゃんが睨んでくる。
「……三日前。私の能力を解析する実験体として、先生と二人でこの男を追っていて――うっ……」
それだけ答えると私は耐えられなくなり口を押さえる。
「吐くならあっちねぇ……」
死ぬ子先生が部屋の隅に設置してある洗面台を指差す。
私はすぐにそれに飛び込み、昼のオムライスを全部ぶちまけた。
「………………」
そんな私を無視して百恵ちゃんは姉に問いただす。
「説明を頼むぞ。……ただし、真面目にな」
姉に対してまったく怖じけることなく、むしろ牽制するような目つきで睨む百恵ちゃん。さぞかし普段からストレスを感じさせられているに違いない。
「ええ~~……これでもぉ……真面目なぁ、つもりなんだけどなぁ~~……」
指を唇に添え、上目遣いで愛嬌を振りまく死ぬ子先生。
その後ろにバチッという音と共に空間の歪みが現れた。
百恵ちゃんが作り出した圧縮空気の種である。
「ん、もう……わかったわよう、面倒くさいなぁ……死んじゃうわよぅ? ……しくしく……」
そのやばい破壊力を肌で感じ取り、先生は観念して、少~~~~しだけ真面目な顔になった。
「こいつのぉ名前は藤堂瞬。十八歳でぇ地元の高校三年生ようぅ。
微弱な超能力持ちでぇ種類は浮遊系統。ただしぃ~~本人と周囲の人間にその認識は無し。二週間近く前からぁ、ベヒモス化の徴候が現れ、すぐさまぁ両親を殺害。その後も毎日のようにぃ……適当な人間を殺害して気分を落ち着かせてたみたいね」
喋り方が大分マシにまった気がするが……それでもまだ多少ウザい。外モードの先生と内モードの中間といったところか? これからはこの状態の事をハイブリットモードと呼ぼう。どうでもいいが。
「ふん。まぁ、よくある猟奇殺人者じゃな? ……それがなぜ、こんなおぞましい姿にになっておる?」
死ぬ子先生は、ことの経緯を二人に説明した。
「ふむ……ヒロインが暴走しかけた……か」
いまだ洗面台の主となっている私を一瞥し、百恵ちゃんが汗を滲ます。
「でも、自力で自分を抑え込んでベヒモス化から回避したんですよね?」
菜々ちんが先生に確認した。
「まぁ……ね。あの時はさすがの私もぉ、ちょっと死ぬかと思ったけどねぇ」
「すごいですね……普通は暴走が始まると戻ってなんか来れないのに……」
「それもぉ、宝塚さんの能力だと私はぁ、考えているわぁ」
「そんなことよりも!! この男は何がどうしてこうなったと聞いているのじゃっ!! ヒロインの暴走と関係があるとでも言うのか!??」
早く話の先が知りたいのか、痺れを切らしたようにドンドンと足を鳴らす百恵ちゃん。
「暴走の余韻で能力が過剰解放されぇ、宝塚さんはどんどん衰弱していったんだけどぉ……そんなこの子に、瞬《これ》をエサとして与えてみたのよ」
エサって……。
「瞬から精気を吸い取った宝塚さんはぁ、目論見通りみるみると回復していったわぁ。でもぉそこでぇ、一つトラブルが起こったの……」
そのトラブルとは。
瞬から精気を奪い回復した私は、代わりにミイラと化してしまった瞬の骸をぐちゃぐちゃに引き裂き初めたのだという。
その様子を見て先生たちは、やはり私が完全にベヒモス化してしまったのだと緊張したらしいが、私の怒りは瞬にのみ向けられていて、他には一切の反応を示さなかったらしい。
しかし瞬への攻撃は執拗に繰り返され、完全に破壊したと思ったら回復させ、そして吸収し、また破壊し、引き裂き、回復、吸収、破壊……。
まるで親の仇でもなぶり殺しにしているかのように、その惨たらしい行為は何度も何度も繰り返された。
そして、ひとしきりの蛮行を終えた私は落ち着きを取り戻し、気を失い、後に残ったのは……幾度の破壊と蘇生を繰り返し、細胞組織の接合に異常をきたして原型を失った肉の塊だったという。
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