超能力者の私生活

盛り塩

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第65話 ドキドキ大作戦④

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 少年にナイフが振り下ろされる。
 何とか腕で防いだ少年だが、傷は深く悲痛な悲鳴が上がる。

「ぎゃああぁ、痛い、痛い痛いっ!! やめてっやめてっ!!」

 暴れて道路に伏す少年。その上にまたがる瞬。
 その頭を押さえつけ、暴れられないように固定する。
 そしてその背中めがけて三度《みたび》腕を振り上げた。

「やめなさいっ!!」
 その腕が振り下ろされるより一瞬早く、駆けつけた私は銃を構え、瞬を制止させた。

「――――?? ……だれ?」

 表情の無い顔で見返してくる瞬。
 今までのベヒモスとは違い、激しく狂った様子はない。
 会話も出来るようだが、しかしそれが逆に恐ろしい。

「その子を離しなさいっ!!」
「あんた……さっき喫茶店にいた……?」

 私と、そしてその後方の車にいる死ぬ子先生の存在にも気がついた瞬は、さっきまでの無表情が一変し、みるみる険しい顔になった。

「あの女……!! あんたもあの女の仲間か!?」
 激しい警戒心をその顔に現し、少年を吊り上げて後ろ手を捻り、それを盾代わりに私を睨んだ。

「あうっ!! 痛ったっ!!!!」

 血をボタボタと流す少年は恐怖で震え、思うように力が入らず暴れることも出来ない。その首にナイフを当て、瞬は口を開いた。

「さっき、あの女……俺に何をした? 何か電流が走った感じがしたが……あの瞬間から気持ちがざわついて堪らない……いつもは夜になるまで待てるのに……今はもう待てない……とにかく人を殺したくて、食いたくて堪らないっ……!!」

 そう言うと、口の端からボタボタと涎を垂らす。

「せっかく……我慢していたこの気持を……今夜じっくり食ってやろうと思ってた女を……あの女に触れられた途端、全部吹き飛んだ、理性もタガもっ!! ……何をした?? 俺にいったい何をしたぁっつっっ!????」

 ――――いや、むしろそれはこっちが聞きたい!!
 白い目でバカを振り返るとヤツは私から視線を逸らす。
 ……なるほど、そういう事か。

 ――――おそらく、おそらくだけど、あの女、瞬のファントムに結界で刺激を与えて無理やり暴走させたんじゃないか? 能力を探ってみたとかぬかしていたが多分それは大嘘。やつの本当の狙いはこの騒ぎを起こすことだったんだ!!

『だよなぁ~~?』と言う目つきで睨みつけるがアホは知らぬ顔。

 また私を騷ぎに巻き込んで、そのドサクサの窮地で新たな能力を目覚めさせてみようとかなんとか言う魂胆なのだろうが、それじゃあこの少年は丸っきり私たちのとばっちりを食らったってことになる。

「痛い……痛いよ……助けてよ」

 すまん少年。あとでお姉ちゃんがあの山姥《やまんば》を冥府に送るからそれで許してくれ。

「はぁ……はぁ……だ、ダメだ、ダメだもう収まらない……」

 瞬の目が激しく痙攣し始めて、額に血管が浮かび始める。
 暴走に拍車がかかってきたみたいだ。
 瞬は持っていたナイフを落とすと、かわりに少年の体を組み締め、その肩にかぶりついた!!

「ぎゃああぁぁっ!!!!」

 ぶしっ!!
 肉を食い千切られ、少年は激しい悲鳴を上げる。

「やめなさいっ!!!!」

 彼を助けるため、瞬の足めがけ引き金を引くっ!!
 ぐっ、ぐっ!!
 しかし引き金は固定されて動かない。

 ――――安全装置かぁ~~~~~~!???

 気付き、慌てて解除を試みるが、しかし何をどうやったらいいかさっぱり解らない。
 瞬の牙がふたたび少年を襲う。

「ぎゃぁっ!!!!」
「だから!! やめなさいっ!!!!」

 諦めた私はもう、銃を放り投げて丸腰のまま瞬に飛び掛かった!!

「――――あん?」

 武器を捨てた女が何を出来る、と言わんばかりに瞬は片眉を釣り上げ、少年から牙を外す。そして私を迎撃するべく拳を繰り出してきた。
 弱いとはいえ、覚醒したベヒモスの一撃はプロボクサーのそれと同等。

「その子を、離しなさいっ!!」
 しかし私はその拳に臆することなく額をぶつけに行った!!

 ゴッ――――ゴスッ!!!!

 皮がめくれ、血が吹き出す。
 しかし私の額は瞬の拳を弾き飛ばし、その勢いのまま彼の鼻っ柱を破壊した!!
 怪我を恐れる必要のない私の、それもおデブ状態の全体重をのせた必殺の頭突きだ、レスラー相手でも通用する自信がある!!

「ガッ!!????」

 鼻血を拭き上げ、吹き飛ぶ瞬。
 私も血を流すがすぐに収まる。

「大丈夫っ!!??」

 少年を救い出し、抱きかかえる。
 瞬はよろよろと後退し、よほど一撃が堪えたか、それとも体格的に勝てないと思ったかスクーターに飛び乗り逃げようとする。
 私はそれには構わず少年の体を回復させようと能力使用を試みた。

 ――――が、

「あほかーーーーーーーーっ!!!!」
「――――ぐふぅ!!??」

 ホイルスピンしながら突進してきた死ぬ子の車に跳ね飛ばされた。
 飛ばされながら、なんとか少年だけは逃したのは表彰モノだろう。

「馬鹿やってないでヤツを追うわよ!! 乗りなさいっ!!」
 叫んで、私を車へと引っ張り上げるドアホ。

「な、何を!??」
「こんなつまんない事で能力を使おうとしてるんじゃないわよ!! 後で実験出来なくなったらどうするの!?」

 瞬はすでに走り出している。
 それを追いかけタイヤを鳴らす先生。

「こんな事って、あの子を助けようと!!」
「どっかの誰かが救急車でも呼んでるわよ、いいからほっときなさい!!」
「あんた悪魔か何かか!??」
「どう思ってもいいけど? あの餓鬼にはあのくらいの恐怖と痛みを勉強させて丁度いいくらいよ、むしろ更生するわよ!!」
「……くっ!!」

 にしても鬼だろうと思ったが。
 だがそれを議論しても、そもそもの正義感が違うのだ、どうにもならないだろう。

「いい? またあいつに騒動起こされても面倒だから、もう適当に拉致るわよ?」
「拉致る?? どうやってっ!???」
「こうやってよっ!!」

 言うと死ぬ子先生はアクセルをベタ踏みし、瞬のスクーターに並びかけるとハンドルを思いっきり横に切った。

「――――!????」

 ガンッ、ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

 吹き飛ばされ、転倒したスクーターはアスファルトを削りつつ、大通りへと飛び出して行った。
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